第2章 できない魔法使い

第14話 彼女も追放されたようで

 ああ、最悪!


 苛立つ心をロッドに預け、足元に叩きつける。

 魔力のこもった杖の先端が、地面をくぼませる。

 周りの人が驚いて振り返るけれど、何も見なかったように通り過ぎていった。

 我に返って、その場を離れる。


 建物の影に入って気を落ち着けると、心底のため息が出た。

「……どうしてだろ」

 

 ほんと、どうしてだろ。

 どうして、私は……。



□□□



 新しい仕事クエストについて話し合うため、冒険者組合ギルドの一室に私たち一団パーティは集められた。

 見わたすと一団の“シールダー”、ファーガスの姿が見えない。

 代わりに初めて見る、私以外の“魔法使い”がいた。


 話し合いの間にそれぞれの役割が割り振られたけれど、私に目を向ける者はいなかった。

「んじゃ二時間後に指定の場所で。準備しといてくれ」

 団長リーダーのケルマトが言うと、みんな何事もなかったように外に出ていく。

 

「あの、私は……?」

 する感じをこらえて、私は聞いた。

「ああ、ディーネ」

 彼は顔を上げると、何でもないことのように告げた。

「お前はもう必要ない。お別れだ」

「……は?」


、見ただろ? 新しい魔法使いが入ったんだ。だからお前はもういらない」

「な、何言ってんの?」

 私は机を叩いて抗議の意を示したけれど、ケルマトの表情は冷たいままだった。


「あの子さ、もう“第五階サンキエム”の魔法を使えるんだ。スゲェよな、お前より年下なのに、努力してる」

 ぞわっと背中を走ったのは何だったんだろう。

 衝撃、嫉妬、悔しさ……それとも、絶望?


「わ、私は……」

「いつまでたっても“第三階トワジエム”どまりのお前じゃ、今回の仕事は……いや、これからの仕事にはついていけねーよ。魔力量は確かに多いけどさ、必要なのは手数レパートリー威力パワー。低級魔法をちまちま撃ってられてもな、時間ばっかかかって効率悪いんだよ」

 

 体が震える。

 現実を突きつけられていた。

「わ、私だって、努力して、毎日欠かさず、訓練もして──」

 口を動かすたびにみじめになる。

 まだしがみつこうとしてる。

 

「結果が出なかったら意味ねーのさ、ディーネ」

 にらまれて、言い訳の全てが消えてなくなる。

「みんな優しいからさ、口には出さなかったけど、うんざりしてたんだぜ。いつまでたっても成長しないお前をな。ファーガスはかばってたけど、さすがにもう限界だよ」


 さよならだ、ディーネ。


 その言葉はもう遠くに聞こえていた。

 代わりに頭を満たしていたのは“疑問”。

 、という“謎”。


 


 続くケルマトの言葉は怒りを呼んだ。

「……まあでもさ、俺は結構お前のこと気に入ってるんだぜ? 見た目は良いし、実家もだろ?」

「な……!?」

 全身に鳥肌が立つ。

 私を見るケルマトの視線は、侮蔑から色欲へと変わっていた。


 彼が肩に手を伸ばしてきたとき、私の中で何かが崩れた。

「部屋に来いよ。お前の態度次第じゃ、これからもそばに置いてやる。仕事に参加できなくても、後方支援サポートくらいはできるだろうし。なんなら、お前のメイドも一緒に──」

 

 気づけば平手でケルマトの頬を張っていた。

 “あばずれビッチ”という言葉を聞き終える前に、部屋を飛び出した。

 集まっていた冒険者や職員たちが驚いている。

 彼らの視線全てが、私を見下しているように感じられた。

 ……実際、そうだったのかもしれないけれど。

 


□□□



 それから少し経って、今。

「はぁ……これからどうしよ……」

 所属していたパーティは上級とまでは言えなくても、堅実に仕事をこなしてきて評価は高い。

 すぐに私の悪評が広まって、ギルドに居場所はなくなる。

 低級な魔法使いが一人、行くところなんてあるだろうか。


 ……屋敷に戻る?

「それはだめ」

 それだけは……自分が許せない。

 くだらない自負プライドかもしれないけれど、それだけは。


 とんがり帽子を脱いで裏返す。

 縫い付けられた頭文字イニシャルは私のものじゃなくて。

「……やっぱり、私じゃだめなの?」

 持ち主のことを思い出すと、涙がにじんでくる。

 決して消えることのない、温かくて眩しい記憶。




「あのー、もしかして君、魔法使い?」

 不意に声をかけられて、跳び上がりそうになった。

 ごまかすようにゆっくりと帽子をかぶり直す。

 目の前に男が一人と──小さな女の子。

 腰には剣を提げていて、冒険者だろうか?


 今更私に声をかける冒険者なんているわけない。

 だったら……。

 

「何よ、? 間に合ってるんだけど」

 答えると、男は慌てた様子で手を振り否定した。

「あ、いや。仕事で探索に向かうんだけど、魔法使いがいてほしいなと思って……それで声をかけてみたわけで」

「おねえちゃんが美人だから、“わんちゃん”狙ってみたの!」

「変なこと言うな、アホ!」

「ふわぁ~」

 男は女の子の頬を引っ張って、「ごめん、余計な事ばっかり言うやつで……」と目の前で戯れだす。


 なんなの、この人たち……。




 それが私──魔法使いディーネ・マクニースと彼ら──冒険者カイル・ノエと精霊イアとの出会いだった。


 振り返ると本当に偶然で──運命的な出来事だった。

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