第13話 二度目の旅立ち

 獣の脅威は過ぎ去り、いつも通りの村の風景が戻ってきた。

 襲撃による細かな被害があちこちにあり、俺は村人たちと一緒に修復作業を行った。


 俺の"炎"は、望まぬものを何も傷つけなかった。

 精霊も、人びとも、場所も。

 今まで制御できずに目の前のものを焼き尽くしてきた"炎"を、倒すべき敵だけに向けることができた。

 何もかも、のおかげだ。


 ……その彼女はというと。

「かわいい!」

「かっこいい!!」

「しっぽさわっていい!?」

「ふわぁ~」

 大人気だった。


 村の子どもはイアに群がって、物珍しそうに竜精ドランシーの体を見ては触っていた。

 イアはもう“特徴”を隠すことなく見せていて、子どもたちに触られるままだ。

 角や翼はともかくしっぽは敏感なようで、根本を握られるとぶるぶるっと体を震わせる。

 機織りが急ごしらえしてくれた、翼と尻尾の穴をあけた服を着ていて、白と青の生地が織り込まれた衣装がよく似合っている。


「まさか契約精霊がドラゴンだったとはなぁ……」

「なにかと思ってたが、これはとんでもないことだぞ」

「やっぱりお前はなにかよ、カイル」

 村人たちはみんな驚き戸惑っていた。


のいいことだよ」

 治療師のばあさんは俺に言った。

「このあたりは一帯竜の住処だった。嵐の大戦テンペストで彼らが消えてしまった後でも、“記憶”は残っていたんだね。それがあの子をこの土地に生み出したんだろう」

 そして生まれ故郷からこの村へと引き取られた俺が、彼女と出会った。

 偶然と必然、両方の導きによる出会い。

 それを“運命”と捉えるのは、感傷に過ぎるだろうか?


「あの子を大事にしておやり。人と精霊は両輪。互いが互いを必要として、助け合うものだ」

「もちろんだよ」

 これから先、俺とイアはお互いのために生きる。

 それぞれの目的を果たすため、それぞれが全力を尽くす。


 ……その目的について。

 ばあさんに“安らぎの地ティルナノグ”について聞いてみたけど、案の定「知らん」と返ってきた。

「“この世界のどこかにある”ってイアは言ってたけど」

「ならそうなんだろうさ。あの子のために、お前ははいずり回ってでもそれを探さなきゃならんよ」


 突き放すようでいて口調は柔らかい。

 俺にもイアにも、ばあさんは実の孫を見守るように接してくれた。

「大丈夫さ。物事にはってのがある。それを上手くとらえることができたら、あとは乗っかってくだけさ。流れの先にまた何かがあって、それに流されていく。旅も人生も、その繰り返しだよ。今は“竜精”という流れに身を任せて、とにかく歩き回ることさね」

 

 ……そうなんだろう。

 実際、今はそうする他ない。


「頑張るんだよ、カイル。お前がこの村に来たときからずっと、あたしはお前のことが心配だった。自分の内側にあるに怯えて、押しつぶされそうだった。でもイアと一緒にいるお前を見てね、だって思ったよ。お前さんは大丈夫さ」


 

 いろんな人が俺にそう言ってくれた。

 なら信じようじゃないか。

 

 



 出発の日、村人たちが総出で見送りに出てくれた。

 ばあさんや鍛冶屋のおっさんは選別に、道具アイテムをいろいろとくれた。

 機織りたちはイアのために、鮮やかな青白の服を仕立ててくれた。

 銀髪と青い鱗に合わせた、可憐さと同時に神聖な雰囲気のある素敵なローブ。


 豊かではないのに、「イアちゃんへのだよ」と、みんなが旅費を少しずつ出しあってくれた。

「みんな、ありがとう!」

 イアが礼を言うと、村人たちが一斉に別れの声を上げた。

 泣き出すものもいた。

 誰もがイアを可愛がり、愛してくれた。

 いまや伝承の中にだけ謳われる存在となった竜。

 その魂を宿す彼女の短い滞在は、村人にとって神話の再来だったのかもしれない。


「おじさん、村のことお願いします」

「ああ。“結界術”専門の魔術師を呼んで、村を防備してもらうよ」

 おじさんは神妙な表情で言った。

「今でも信じられないが、あの獣を見た後じゃな……」


 無風の刻ドルドラの終わりは、村の人たちも伝えた。

 これから人々にとって苦難の時代が訪れる。

 できることなら俺の手で、それを終わらせたい。

 旅の中で強くなって。

 誰かを傷つけるためでなく、守るための力を身につけるんだ。



□□□



 肩が痛くなるまで手を振って、俺とイアは再び森の中に入った。

 黒い獣がいなくなり、そこは俺が知る静かで深い森に戻っていた。

「カイル、これからどこに向かうの?」

「ロンゴード」

 俺は答える。


 大陸の中央、湖に近い大きな街。

 いくつか候補を考えて、かつて冒険者として活動していた西の地方を避け、俺は東を目指すことにした。

 ……元の仲間たちに会いづらいこともあるけど、合理的に考えた結果でもある。

 ロンゴードには名のある冒険者組合ギルドもあるし、物流の中継点として多くの人や物が集まる。

 まずはそこを拠点に金を稼いで、できる限りの情報を手に入れるのだ。


「じゃあ早く行こう、カイル!」

 イアがうずうずした様子で翼を開き、宙に羽ばたく。

「しゅっぱーつ!」

 そのまま一人で森の中を飛びまわり、どんどん俺から離れていく。


「ちょ、イア、待て!」

 あわてて彼女を追う。

 イアは振り返って手招きする。

 俺を呼ぶ声が森に響いて、木々の隙間から差す光が笑顔を照らす。


 前に森に入った時とは全く違う。

 困難な未来を前にしても、どうにも心が軽い。

 一人の小さな精霊が、俺に希望をくれた。


 大丈夫だ。

 俺たちなら、大丈夫だ。




 勢いよく森を翔けていくイアの背中を目指して、俺は全力で走りだした。 

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