第12話 黒精

「我の"ホリン"がやられてしまうとはなぁ……腑抜けた地上の民にも、骨のある者がおるではないか」 

 黒い精霊は地面に残った獣の肉を見て、さぞ無念そうに首を振った。

「いたしかたあるまいか。“竜精ドランシー”がまさか“災厄ディアドラ”とくっつくなど、予想できるはずもないからのぉ」


 なんだ。

 なんなんだこいつは?

 敵なのか?

 黒い獣に宿っていた精霊、なのか?


 そして──"災厄"。

 と言ったのか、俺のことを?

 

「お前は、誰だ」

 かすれつつある視界を振り払い、俺は"黒精ブラクシー"を睨みつける。

 立ち上がろうとするも、足が震えている。

 身の丈を超える力を行使した代償リスク

 イアは黒い精霊を見つめたままピクリとも動かない。

 信じられないものを目撃したかのように、半分口を開けて呆然としている。


 黒精は俺たちを見て、くすくす笑う。

「そう急ぐな。意識を保つのが精いっぱいではないか」

 あざけるような口調の中に、歪んだ興味が見える。

「どうやら今竜精を排除するのは不可能のようだが、構わんさ。災厄がなら時間の問題、どのみち我ら"眷属トゥハナ"を阻めはせぬ」

「眷属──!」

  

 はじまっている、すでに。

 無風の刻ドルドラが終わり、新たな嵐が来る。


「また会おうぞ、幼き竜精と──災厄の戦士。その力、ひとまず見事であった」

 黒精は言って、黒い翼で空高く上がっていく。

「こたびの“この世の果てフィニステール”、最後に残るのは誰か……楽しみよのぉ」

 言い残して霧のように消えていく。

 呆気にとられ、俺たちは動けなかった。


 それからしばらく、俺もイアも言葉なく空を見続けた。

 雲のない夜空はこんな時でも綺麗で、嵐が控えているなんて想像もできなかった。



□□□



「カイル!」

 おじさんの声に振り返る。

「勝ったんだな!」

 傷を負い、服をぼろぼろにして、それでもおじさんは元気に走ってくる。

「狼どもは逃げてったよ。みんな怪我してるが、死人は一人も出てねぇ」

 よかった、守れたんだ。

 俺だけじゃない。

 イアと、村のみんなの力で。

 

 ……そう、イア!

「あ、イア」

「え?」

 宙に浮いたイアが、集まってくる村人たちに振り向いた。

「……」

 顔に喜びを張りつけたまま、誰もが固まっていた。

「イアちゃん……」

「精霊だったのか!?」

「しかも、その姿……え、え?」

「竜……じゃないか!?」


 勝利の喜びと精霊への驚きとで、真夜中の村の広場が沸きに沸いた。

 治療師のばあさんだけが、「あたしは気づいてたけどね」とか言ってたけど本当だろうか。

 年配の村人の中には、イアに祈り始める者もいた。

 どれだけ伝説が風化しようと、竜が特別な存在であることに変わりはない。


 裸のイアに、女性たちがあわてて布を被せる。

 もみくちゃにされながら、イアは言われるまま前だけを辛うじて隠している。

 翼や尻尾がどうにも邪魔だ。

 彼女によく似合う服をつくろってもらおう。


 彼女の喜ぶ顔を想像すると、胸があたたかくなった。

 そうだ。

 イアは俺の炎を"あったかい"と言ってくれた。

 それは彼女が、俺にくれたもの。


 全てを焼き尽くすはずの炎。

 消えることのない憎しみの焔。

 イアと歩むこれから先、変わっていけるだろうか。

 傷つけ滅ぼすものから、温め守るものへと。

 



 村人に囲まれて楽しそうなイアを見て、俺の眼は閉じる。

 

 ……“災厄の戦士”。

 黒精の残した言葉が、意識が落ちる直前に響いた。

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