第11話 竜の戦士の炎

 瞬き。

 剣閃。

 火花。

 

 猛獣の頭が近づいては離れ、俺の剣が相手の脚をぎりぎり捉え損ねる。

 強い。

 冒険者として戦ってきたどんな敵よりも強い。

 魔物モンスターとしての組成マテリアルが根本から違う。

 イアが言ったように、この獣は無風の刻ドルドラの終わりを告げるなのかもしれない。


 けれど戦える。

 戦えている。


 獣とぶつかり合っても、俺の体は、剣は押さえつけられはしない。

 正面から切り込めば、確実に獣の体にダメージを入れられる。

 獣の方がむしろ俺の剣撃を警戒して、回避からの反撃カウンターを繰り返している。


 イア──最後の“竜精ドランシー”。

 彼女がいるだけで、力が湧きあがってくる。




《大丈夫、カイル?》

「ああ、少しだけど、“力”が馴染んではきてる」

 答えて、呼吸を整える。


 膨大な“力”の奔流は疲労を伴う。

《その調子。ちょっとずつ、ちょっとずつ、!》

「なんだその表現」

 あのちっこいのがどんどん増えていく様を想像する。

 うーむ……。


《カイル、全然負けてないよ!》

「ああ。だけどこのままだと決定打がないな……」

 そう、決定打。

 では出せない力。


 イアが供給する精霊の力を、制御できているとはとても言えない。

 けれど引き出す力を絞ることで何とか均衡バランスをとっている。


 強さとは均衡。

 今の自分に見合うだけの力を、そのぎりぎりのラインを保ち続けること。

 それが崩れたとき、“炎”が噴きあがる。


「──」

 獣の下の地面が焼けている。

 時間が経つごとに唾液の量が増えている。

 苛立っている。

 焦っている。

 そして恐れている。

 “炎”が放たれることを。

 相手の内面を想像する余裕が、今の俺にはある。


 ──できるか。


「イア、力をもらうよ」

 俺の心はイアと繋がっている。

 内に生じた緊張を、彼女は直感的に理解する。

《うん、大丈夫》

 その声にはがある。

 俺にはできると、彼女は信じている。

 これまで数多くの精霊が同じように信じてくれた。

 俺はその期待を、ことごとく裏切ってきた。

 

《安心して。イアは、全部受けとめるよ》

 少しの震えが、彼女の声で収まる。

 剣を強く握り直す。


 ──ありがとう。

 ならば俺も、“竜の戦士ドラグナー”に恥じない姿を。


 全身に力がみなぎっていく。

 イアの“竜”の力が流れ込んでくる。

 膨大な力は“均衡”を崩す。

 俺の中に眠る炎に薪をくべる。

 

 空気の変化に気づいて、獣が飛びこんでくる。

 動きが止まって見える。

 “竜”の力の前に、それはもはや障害ですらない。

 

 熱い。

 身体が、燃えるように熱い。

 表に浮かび上がってくる。

 胸の内から噴きあがった“炎”が、握りしめた剣にまとわる。


 “炎”の中に、イアの気配が宿っている。

 彼女の力が、彼女に宿る“竜の魂ドラゴンハート”が、俺の“炎”と混じり合う。


 憎しみの炎が変化していく。

 醜く邪悪な憎悪の焔は、穢れなく清廉な“聖なる炎ホーリーフレイム”へと昇華する。

 これが竜の力の本質なのだろうか?

 かつて地上を支配した最強の存在。

 神にも等しい“聖なるもの”。


《熱くないよ、カイル──》

 イアの声が響く。

 まるで地下に眠る竜たちの微睡のように、優しく。

《──とっても、


 獣が迫る。

 聖なる光に誘われるように。

 偉大なる竜に、拝謁を願うように。

 聖地を目指す、巡礼者のように。


 彼もまた求めている。

 “安らぎの地ティルナノグ”に、たどり着くことを。

 

 ──ならば。



「《竜の導きの炎フレアガルナフ》」



 送り出そう。


 この光で。



□□□



 閃光と、遅れて爆発。

 そして立ち上る炎の柱。

 

 誰もが動きを止めた。

 人も、獣も、星さえも。

 美しく猛る炎に目を奪われた。


 誰もが炎の中にを見ていた。

 すぎさった過去、きたる未来。

 拭えない悲しみ、抑えきれない歓喜。

 それはなんでもなく、同時にすべてだった。

 世界そのものが、その炎の中に含まれていた。


 誰もが知らぬうちに悟った。

 ここから、何かがはじまるのだと。  

 


□□□



 膝が地面に着くと、力が抜けて立ち上がれなかった。

 剣で体を支え、辺りを見渡す。

 ほとんど形を成さない、焼け焦げた獣の"肉"が横たわっていた。


「やったね、カイル!」

 イアが飛び出してきた。

 竜の翼をはためかせ、尻尾を激しく振り回している。

 その体には火傷一つ見られない。

 

 ああ、やったのだ。


「ありがとう、イア」

 脱力した体から、感謝の言葉をひねりだす。

「もの凄い力が出たよ」

「カイルがやったんだよ! イアは力を流しただけだもん!」

 その力こそが特別なんだ。

 本当に、君に会えてよかった。




「……まったくのぉ」

 獣のから声がした。

「まったくまったく、やってくれたのぉ……」

 消し炭のような肉が蠢き、まるで粘状生物スライムのようにぐねぐねと動く。

 それはやがて一つの──精霊の形をとる


「なんだ、こいつは……」

 俺もイアも、視線を宙に向けて固まる。

 イアを一回り大きくした体格の女性型精霊が、宙に浮かんでいた。

 全身を黒いドレスのようなローブで包み、烏のような黒羽が空を遮った。

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