第10話 再戦

 収穫のない一日を過ごし、夜が更けた頃だった。

「カイル……!」

 イアが震えだして、俺は彼女の肩を抱いた。

 

 ほどなくして村全体が揺れるような轟音が鳴る。

 森の中で聞いたのと同じ、息が止まるような威圧感。

「お互い再戦リベンジだな」

 素早く装備を整えて、俺はイアの手を取った。


「いこう、イア」

「うん」

 イアはうなずくと、霊体化して俺の“中”に入った。




 村人たちが扉や窓の隙間から恐る恐る顔を出している。

 広場まで出ると、少し遅れておじさんや警備隊の男性たちが広場に集まってきた。

「カイル! 今のは──」

だよ」

 俺は裏手の高台を指さした。

 巨大な三角の頭に乗った赤い瞳が、闇の中に浮かびあがる。

 

 四肢には灰色の爪が万全整っていた。

 俺と同様、獣も体を癒していたのだろう。

 そして性懲りもなくイアを追ってきた。


「カイル、?」

 おじさんたちの反応は、あの時の俺と同じ。

 |、

 ありえない存在が、目のまえにいる。

 何かが間違っている。


「正体は分からないけど、今まで見たことがないくらい強い奴だよ」

 獣は俺を真っすぐ見ている。

 俺の中にいる精霊イアを。


「あんなのと相討ちに持ってったのか。さすが冒険者だな」

 槍を持つおじさんの手が震えている。

 それでも逃げようとはしない。

 おじさんはずっと村のために生きてきた。

 何があっても、守るべきものを守ろうとする人だ。


「あの子はどうした?」

「地下に隠したよ、大丈夫」

 答えた矢先、警備隊の一人が叫んだ。

「──獣が!?」

 村の周りを取り囲むように、狼が群れを成していた。

 黒獣とは違う、森に生きる獣たち。

「狼を従えたのか……!」


 狼たちの目は黒獣と同じように赤く光っている。

 強制的に従わされたのか、何かの魔法を行使されたのか。

 どちらにせよこの数は厄介だ。


「狼どもは任せろ。お前はあの化物を頼む。お前にしか手におえんだろ」

 素早く判断し、おじさんは警備隊を促した。

「……押しつけることになっちまうが」

 苦渋の声には、俺への信頼がある。

 俺を、信じてくれている。


「いや、むしろありがたいよ」

 俺がイアの力をどれだけ引き出せるかは未知数だった。

 森を一面焼いてしまったように、力を制御できるかどうかも分からない。

 黒獣と一対一サシで戦えるなら好都合だ。


「狼どもをカイルに近づけさせるな。火と魔力灯で周囲を照らせ!」

 おじさんの号令で武装した村の男たちが散開する。

 俺は獣を見上げ、剣を抜いて構える。

 村の鍛冶師が新たにこしらえてくれた、業物の刀身が鈍く光る。




 獣が吠え、脚で地面を踏み鳴らす。

 崩れた岩が転がって、地面に激突した反動で俺の方に勢いよく飛んでくる。


「いくぞ、イア!」

 体の“内”から、精霊の力を吸い上げる。

 とたんに、周囲の動きが

 回転する岩の動きが、飛び散る破片までもが、細部まで見てとれる。


「──」

 今まで契約してきたどの精霊とも違う。

 ただの“強化”じゃない。。

 自分の存在が、

 

 これが、“竜”の力。


 ──

 

「──うぁっ!?」


 剣が黒獣の脇をかすめ、崖の岩盤を削り取った。

 壁に激突する前に、なんとか足を使って高台の上に着地する。

 獣の方が戸惑って、体を捻って俺を見ている。

「あ、あれ」


 獣を真っ二つにするつもりで俺は跳んだ。

 けれど、


《カイル、落ち着いて!》

 “中”からイアの声が聞こえる。

「い、イア!」

《大丈夫だよ! ゆっくり、ゆっくり、!》

「あ、ああ」


 力の制御を掲げたばかりじゃないか。

 頭を振って自分を戒め、もう一度で獣に向かう。

 下のほうから男たちと狼の声が入り混じって聞こえる。


 みんなが戦っている。

 “あの時”のように。


 獣が向く。

 剣を構える。


 俺は強くなった。

 “あの頃”の、無力なガキじゃない。


《来るよ、カイル!》

 そして。

 今は“彼女”がいる。

 最強の、竜の精霊が。




 黒獣と俺と、ほとんど同時に跳んだ。

 奴は爪で、俺は剣で、互いの四肢を狙う。


 体が交錯し、激しく衝突する

 かん高い音が暗い宙に響いて。

 星の瞬きの下に、灰色の爪が飛ぶ。


 互いが地面に降りたち、素早く向かい合う。

 獣の爪を一本、切り落とした。

 弾かれも、押し負けもしなかった。

 


「──」

 獣が首を振ると熱い唾液が地面を焼いた。

 同時に、切り落としたはずの爪が再生する。

 この回復力はやはり尋常じゃない。


 構わない。

 再生できなくなるまで切り刻んでやる。

 心は静かで、焦りも恐れもない。

 “炎”は胸の奥におさまっている。


 両手で剣を構える。

 胸の中にイアを感じる。

 まるで背中に竜の翼が生えたように頼もしかった。

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