第9話 嵐の前

 翌日から俺は起き上がり、イアを連れて村を見て回った。

 彼女は「俺を追ってきた女」として周知されていて、と囃したられた。

 女性が若いうちに嫁ぐことは珍しくもないのに、やはり容姿のせいだろう。

 とりあえず13歳という“設定”にしておいたけど、俺は何度も「うそつけ」ととがめられた。

 なにも怒ることはなかろうに……。

 

 イアは大体10歳ぐらいに映るようだ。

 言動はそれよりもだいぶ幼く、“夢の世界ドーム”の彼女と比べ退行が感じられた。

 自身や世界の状況を整然と説いた彼女はおらず、村の様子一つ一つを俺に質問し、何か見つければ面白そうに観察し、小さな子どもに交じって遊び出す。

 周囲すべてに興味を持つ姿は、幼児のようだ。


 考えて、彼女は生まれて日が浅いのだ。

 与えられた使命のことは分かっていても、この世界の細かな知識はないのだろう。


「嫁さんていうか、子どもができたみたいだな」

 同い年の知り合いが言った。

「そうだな……あと嫁じゃない」

 幼な妻いじりはもう定番になって、俺はあきらめてしまい、イアはなんでか喜んだ。




 イア(俺)を襲った黒い獣はまだ見つかっていなかった。

 冒険者稼業をあきらめかけて村へ戻ったけれど、イアという精霊に出会ったことで風向きは変わった。

 昏睡により鈍っていた体の勘はほぼ戻っていたし、そろそろ出発すべき頃合いだった。

 しかしやはり、あの獣のことが気がかりだった。


「獣の気配を感じ取れないのか?」

 イアに聞くと、彼女は少し意識を集中してから首を振った。

「ううん、今はだめ。近づいてくれば分かると思うけど……」

 イアは家の床で、大量の布を開いてたたんでを繰り返していた。

 ときどき服の下でしっぽがはためき、薄い布がひらりとめくれあがる。

 くつろいでいるときは、体の特徴が自然と現われるようだ。


 何にでも興味を持って人懐っこく接するイアは、みんなに好かれた。

 人々は村の工芸品である鮮やかな布衣装を彼女に与え、着せ替えした。

 を選んでおきなさいな、と機織りの女性たちに言われたのをどう受け取ったのか、イアは毎日のように布とにらめっこしては色合わせしていた。


 俺の方はこの先の計画を考えていたものの、肝心の目的地が曖昧なままだった。

「お前の言う“安らぎの地ティルナノグ”はどこにあるんだ?」

「うーん、わかんない!」

 イアに尋ねても、ろくな答えは返ってこない。

「でもね、近づいたらイアには分かるんだ。てくるんだよ!」

 本当に大丈夫だろうか……。


 とにかく大きな町に出てみることだ。

 人が多く集まる都市。

 何かを探すにはまず情報が必要になる。


 それに金の問題。

 長い旅になるのならそれなりの資金が必要だ。

 大きな町になら仕事もあるだろう。


「……カイルは」

「ん?」

 イアが顔を上げて俺を見ていた。

「カイルは強くなって、どうしたいの?」

「……」

 幼い眼に、純粋な疑問が浮かんでいた。


「村の人にカイルのこと聞いてみたけど、みんなちょっと言いにくそうだったよ。カイルのこと、心配してるみたいだった」

「それは……」

 俺が冒険者になった理由の大きな一つ。

 強くなり、力を手に入れた先の目的。

 おそらくは富や名声以上に、俺が求めているもの。


 言うべきなのだろう。

 彼女は俺の精霊。

 これから生死を共にする相棒パートナーなのだから。


「……ある人物を探している。俺の家族、一族を殺し、そして生まれ故郷を焼き払った奴だ」

 俺から全てを奪い、憎しみを与えた敵。

 俺の中に“炎”を植えつけた張本人。

「冒険者になって経験を積んで強くなる。いつかそいつを見つけ出して、この手で必ず殺す」


 あの時、あの瞬間から今まで消えることのない、憎しみの焔。

 敵を目の前にするといつも、抑えきれずに燃え上がる衝動。

 こうして考えている今も、ふつふつと滾る憤懣。


 芽生えかけた“炎”は、イアの声にかき消される。

? ふくしゅうか!?」

 意味が分かっているのか、なぜかイアは興奮していた。

 気持ちの良い話ではないだろうに、“宿敵を倒す”という部分が琴線に触れたようだ。

 無邪気な様子に、なんだか力が抜けてしまう。


「そのためにはイア、お前の力が必要になる。たのむぞ」

「もちろんだよ!」

 イアはにっこりして言った。

「イアはカイルのだからね!」


 頬を引っ張ると、イアは「あいぼうれしゅ」と言い直した。

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