第8話 目が覚めて

 目が覚めると、村の人たちが俺を囲んでいた。

 みんな喜んで、俺に声をかけた。

 結局一週間も俺は眠っていたらしい。

「一時はどうしようかと思ったけどな、よかったよかった」

 おじさんは安堵した様子で何度も首を縦に振った。

「あたしの治癒術ヒールもまだまだいけるだろ?」

 幼い頃からお世話になっていた治癒師のばあさんは、毎日俺の様子を見に来てくれたらしい。

 おかげで酷かった怪我もほとんど痕が残らずに済みそうだ。


 そして……

「うんうん、よかったね、カイル!」

 村人たちの間に一人、少女が当然のように交じっている。

「……何やってんだ、お前?」

 美しい銀髪と、宝石のように青い瞳の少女は、満面のにこにこ顔を俺に向けていた。


「イアだよ!」

「いや、そうだけど……」

 謎に自信たっぷりの彼女に呆れる。

 わざわざ人型になって、イアは目覚めた俺を迎えた。


「お前さんが寝てるうちに訪ねて来てな」

 おじさんが説明をする。

「なんでも、お前さんと“離れられない関係”なんだってな」

「……」

 イアを細めで見ると、まったく悪びれる風もなく笑顔のままだ。

 ……契約破棄してやろうか。

 どんな代償リスクがあるかは分からないが。


「健気じゃないか。たった一人で森を抜けてきて、服が……そう、でね」

 おばあさんは気まずそうに伏目になる。

 イアは簡素に繕った布を身にまとっていた。

 いかにも長くしまっていたお古を、慌てて取り出してきたかのようだ。


「冒険者になるつって村を出て行ったと思ったら、こんな若い嫁を見つけてくるなんてな、大した奴だよ」

「あんたは何かと思ってたけど、まさかこんな、ねぇ……」

「いや、違うんで……」


 周りの人たちに否定しようとするけれど、その前にイアが俺の体に飛びこんできた。

「よかったね、カイル! !」

 “夢の世界ドーム”では感じられなかった、森で会ったときには余裕がなかった、彼女の“肌”の感触が伝わる。

 柔らかく、温かい。

 彼女が“竜の魂ドラゴンハート”を宿した存在であることを、忘れそうになる。


 何を思ってかイアの髪に触れた。

 銀の髪はさらさらしていて、心地良い。

「えへへ」

 イアが嬉しそうに俺を見上げた。

 “夢の世界”の彼女よりずっと幼く見える。


 俺がいなければ、彼女はあのまま獣に喰われていたかもしれない。

 出会ったのが彼女でなければ、俺はあのまま獣にやられていたかもしれない。

 偶然の出会いが、お互いを救った。

 彼女に会えて、良かったと思う。


 ……それはそうとして。

「誤解を招くような言葉は口にするなよ」

「ふわぁ~」

 イアの頬を引っぱると、柔らかい皮膚がびよ~んと伸びた。


 今のところ精霊だとは思われておらず、おじさんたちはイアを人間の子どもとして扱っている。

 イアの“擬態”は大したもので、しっぽや牙などはしっかり隠れているし、霊力オーラも漏れ出ていない。

 契約精霊であることを明らかにすること自体は構わないけれど、やはり彼女は“竜精ドランシー”。

 彼女自身が“最後”と言った、あまりに希少すぎる精霊。

 今は伏せておいた方がいいのかもしれない。




「それでよ」

 おじさんが真面目な顔になった。

「一体、何があったんだ?」

 森で起きた異変のこと、そこに倒れていた俺。


 イアのことは伏せつつ、俺は黒い魔物との遭遇について話した。

 辻褄が合うように、俺は獣と互角の勝負を繰り広げて、最後は相討ちになったことにした。

 イアはその間黙って話を聞いて、ふんふんとうなずいていた。

 その調子で今後も空気を読み続けて欲しい。

 

「現場に獣の“死痕”はなかった。まだ生きているかもしれんな」

 おじさんは村の周囲を警戒するよう、見廻り組に伝えた。

 若い男性からなる警備隊で、村を出なければ俺も入っていただろう。

「俺も行くよ。俺が倒すべきだった相手だから」

 言うと、おじさんは手を突き出して止めた。

「ここは俺たちに任せとけ。まだ全快はしてねぇんだから」


 みんなが出ていくと、最後に残ったばあさんが思い出したように尋ねた。

「あんた、冒険者やってたんなら、“精霊契約”はできたのかい?」

 どきんと心臓が鳴った。

 俺が“精霊殺しシーサイド”であることを、村の人たちは知らない。

 どれだけの精霊を殺してきたか知らない。


 くいっと腕を引かれた。

 イアが、にこっと俺に笑いかけた。

 ……ありがとう。

「うん。事情があってすぐには見せられないけど、よい精霊に会えたよ」

 答えると、ばあさんは年を取っていよいよ小さくなってきた目で俺を見て、それからうなずいた。

「そうか、それならよかったよ。オーシャのは当たらなかったようだね」

 俺が何か言う前に、ばあさんは背を向けて出ていった。


「ねぇ、オーシャって?」

 聞きながら、イアはベッドにひょこっと腰を下ろした。

「俺に剣を教えてくれた人。もう村を出て行ってしまったけど」

「ふうん……」

 



 夜が更けて、イアは俺のとなりに横になった。

 小さな体を、俺にぴったり押しつけている。

「……なあ、まさかお前このまま眠るつもりか? 精霊なら“中”に入って──」

「ここで寝る! カイルと一緒に!」

 そう言ってイアは両腕を俺に巻きつける。

 

 振り払うこともできず、もてあますように頭をなでると、イアは嬉しそうにくすくす笑った。

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