第5話 イア

 最初に目に入った天井のしみに見覚えがあった。

 身体は痛むものの首を動かすことはできた。

 部屋の隅には戸棚があり、そこに置かれた木彫りの人形でここが“我が家”だと分かった。


「気づいたかー?」

 かけられた声にも聞き覚えがあった。


「おじ、さん……」

 細い声しか出ない。

 腕は上手く動かないし、体も起こせない。


「寝とけ寝とけ。ひでえ傷だったんだ。生きてるのが不思議なくらいだよ」

「傷……」

 頭がぼんやりして上手く記憶を引き出せない。

 どうしてここにいるのか、なぜ怪我をしているのか分からない。

 けれど次第に意識の片隅に、小さな影が浮かんでくる。


「誰か……」

「んん?」

 俺の様子におじさんが耳を澄ませる。

「誰か、いません……でしたか」

「誰かって、誰だ?」

 聞き返されて、自分でも答えられない。


「誰か……俺以外の、人……」

 何かを察したのか、おじさんは半分目を閉じて首を振った。

「残念だが、見つかったのはカイル、お前さんだけだよ。どでかい煙が森の方で上がってよ、それからもの凄い音と地震があって、村の男たちで見に行ったんだが……戦場跡みたいだったよ。地面が焼け焦げて、でっかい穴が開いてて、そこにお前さんが倒れてた。周りには誰もいなかった。たしかにお前さん一人だったよ」

「そう……ですか……」


 俺の思い違いだろうか?

 森の中で、何かがあった。

 そこに俺が居あわせた。

 それ以上のことが分からない。

 考えると頭が痛くなる。


「今は寝とけ。ばーちゃんが処置してくれたから大丈夫だ」

「……はい」

 まぶたは重く、開けていられなかった。

 粗末な木の扉が閉まる音が遠くに聞こえ、それから何も見えなくなった。




□□□




「──やっ!」

 暗いに声が響いて、気づくと目の前に少女がいた。

 美しい銀髪の、青く透き通った瞳をした──裸の少女。


「よかったね、生き延びたね!」

「君は……」

 少女は俺の前に四つん這いになって、顔をこちらにぬっと近づける。

 口を左右に大きく開いて笑顔を作り、中にのぞく歯は数本が鋭く牙のように尖っている。


「イアだよ! !」

 少女が言って、体を左右にくねくねと揺らす。

 最初は幻覚に見えたけど、何度か見直して確認した。

 彼女の頭から白い角が二本、にょっきりと生えている。

 背中には瞳と同じ透き通るような青色をした、鱗に覆われた翼。

 そして尻から伸びる同じ色のしっぽ。

 その姿はまるで──


「イア……」

「忘れちゃったの? もしかして聞こえてなかったの?」

 思い出せない俺を見て、イアは不機嫌そうにぷくりと頬をふくらませる。

 しっぽが抗議の意思を示すように上下に何度か揺れる。


「すまない。いろいろと曖昧で……」

 周りを見渡すとそこは黒一色の世界だった。

 初めてではない、見たことのある場所だった。

「ここは……“夢の世界ドーム”か?」


「正解!」

 イアは嬉しそうにその場で跳ねる。

 “夢の世界”は精霊と契約者が対話する精神空間。

 精霊契約の場でもあり、互いの理解を深める交流の場でもある。

「それじゃあ君は、なんだな」

 

 状況を把握したのを見ると、少女は四つん這いの姿勢からちょこんと膝を折って座り直した。

 なるべく首から下に目を向けないよう顔を上げると、少女と視線が重なる。

 幼さはあるものの、思わず目を奪われるくらい美しい。

 

「それじゃあ、改めて」

 少女は大きく息を吸って、それから名乗った。

「私はイア。“竜精ドランシー”だよ」


「竜精──」

 聞いた事はある。

 伝説上の存在として、おとぎ話として、あるいは──神話として。

 史上の災厄、“嵐の大戦テンペスト”で滅んだとされる最強の生物、“ドラゴン”。

 その魂を身に宿すとされる、この上なく希少な精霊。


「竜精が、どうして」

 どうして、俺のところに。

「決まってるでしょう」

 イアは更に顔を近づけ、俺を上目で覗き込んだ。


「私と、契約して」

 青い瞳の反射が眩しくて、何が映っているのか分からない。

「あなたならきっと、私の願いをかなえてくれる。私も、あなたの力になれる」

 イアは俺を射ぬくように、青い瞳を真っすぐ向けた。


 俺は今、どんな顔をしているのだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る