第2話 精霊殺し

 目的の町に着くと、老人はささやかな謝礼金くれた上に、宿に一泊させてくれた。

 多少懐に余裕があったとはいえ、先のことを考えるとありがたい。


 誘われるまま町の酒場で食事をとった。

 提供される安酒や豊かと言えない食事は、故郷のものに似ていて懐かしい。


 離れたテーブルに座る男たちが、これ見よがしに武器を腰にさげている。

 これから冒険者として名を上げようとしているのか、それほど経験豊かには見えなかったものの、体の内側には精霊の気配が感じとれた。


 老人の話につきあって酒を進めていると、冒険者を辞めた日の夜が思い出された。



□□□



 世話になった人たちに挨拶しようと酒場に入りかけたとき、中から知った声が聞こえた。


「出てってくれてせいせいしたわ、ほんとうに」

「あいつにいられたら俺たちの評判まで下がっていくからな」

「実際そばにいて怪我を負ったり、精霊を焼かれたりした方もいるわけですからね」

「剣の腕は認めざるをえないが、それだけではだめなのだろう」


 元仲間たちは正直な心情を吐き出していた。

 全て事実だし、文句の言う立場にはない。

 中に入る前に気づけたのはむしろ幸いだ。

 建物の影に隠れるように身を翻したとき、また声が聞こえた。


「最初からなんかおかしいって思ってた。あいつの“炎”、精霊の力じゃないんでしょう?」

「魔法でもないし……彼は一体何者だったのでしょうね」


だよ」


 酔った声が、(元)仲間たちに加わる。

 見知った顔の、中級冒険者の男だった


「あんたんとこの一員だからこれまで遠慮してたが、今はもう違う。だからはっきり言うよ。あいつは“悪魔デーモン”だ。魔物モンスターだ」

「……根拠は?」

 さすがに団長は冷静で、男に理由を問いただした。


 男が答える。

「あいつののは知ってるだろう。力を解放する時、赤く、赤く、悪魔みたいに赤く光るのを」

「精霊の力を宿すものなら当然その影響を受ける。魔法使いの魔力オーラの色が、契約精霊によって変化するように」


 落ち着いた団長に、男はひるまなかった。

「それだけじゃない。前にあいつと一緒に仕事をしたことがある。ゴブリンのロード、中等級のなかじゃそれなりの相手だ。俺たちは苦戦していたが、あいつが止めを刺した、自分の精霊ごとな。その時に俺は見たんだよ。あいつの血のように赤い目と、体を包むをな」


 心臓が激しく打ち、呼吸が苦しい。

 額に汗がにじむ。


「あのとき俺の精霊も焼かれかけたが。あの野郎気にもしちゃいなかった。んだぜ。あのとき周りで慌てふためく俺らを見て、そして焼け死んでいく自分の精霊の様子を見てあざ笑ってたんだ。虫けらを見るみてぇに、自分がもっとだとでも思ってるみてぇに──悪魔みてぇに口元歪めてな」


 違う。

 違うんだ。

 俺は──


「あいつを追い出したのは大正解だよ、ヒューイット団長。だができることなら、今のうちに首を取っておいたほうがいいぜ。このままだとあの野郎、きっと将来。仲間を傷つけるぐらいじゃすまねぇ、もっとどでかいことをな」

「……忠告に感謝するよ」

 団長が答えて、杯に残った酒を飲み干してから席を立った。

 

 反射的に走り出していた。

 団長が殺しに来るという確信があったわけじゃない。

 けれど殺しに来ないという確信もなかった。

 俺のとる最善は逃げること、もう二度と彼らの前に姿を見せないことだった。


 数日ほとんど睡眠もとらずに移動して、ようやく追っ手が来ないと安堵した。

 それから訪れた集落で、老人に出会ったのだ。



□□□



 もちろんそんな話を口に出しはしなかった。

 冒険者としての過去を聞かれたときには適当な話をでっち上げた。

 本名も名乗らなかった。

 唯一語った真実は、まともに精霊契約できなかったことだけだった。


 それでも一晩の間、老人は何度も俺を評価し褒めてくれた。

「大丈夫さ。あんたは若いし、この先まだまだチャンスがある。あんたは優しくて勇気があるし、剣の腕も大したもんだ。間違いなく良い冒険者になれるさ。きっとあんたにぴったりの精霊が現われるよ。分かるんだよ、長年生きて商売してるとな、人のことがさ。。だから自信を失くすんじゃあないぞ」


 ありがとうございます、と俺は答えて、その日は遅くまで飲んだ。




 翌朝に老人と別れ、俺は故郷への道を歩き始めた。

 老人の言葉は温かかったけど、もう冒険者をするつもりはなかった。

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