この世の果ての精霊殺し ~竜精と災厄の楽園譚~

割れた箸置き

第1章 竜精と精霊殺し

第1話 失意の冒険者

「すまないな、護衛頼まれてもらって」


「いえ、こうして乗せてもらってるんで、ありがたいのはこちらですよ」


 荷台の貨物によりかかって空を見上げると、晴れ間の端々に雲が浮かんでいた。


「知ってるか、この地方は昔、竜の住処だったんだってよ」


 車を引く獣の手綱を握りながら、老人は昔を思い出すように言った。


「とても人が住めたような場所じゃなかったらしい」


「ええ、今も魔物こそ出没していますが、かつてとは比べ物にならないほど穏やかになったみたいですね」


 車に乗ってからずっと、俺は老人の話につきあっていた。

 老人は街から街へ物品を運ぶ商人で、話し相手を求めていたのかほとんど休みもなく口を動かした。

 いつもならさすがに煩わしかっただろうけど、今はこの絶えないおしゃべりがありがたかった。


 がたりと車が止まり、獣が小さくいなないた。


「──あんた」


「出番ですね」


 俺は素早く荷台から降り、腰の長剣ロングソードを抜いた。

 荷車の前に回ると、体にほのかな邪気オーラを纏った四足の獣が数匹こちらを窺っている。


魔狼ウルフの子──はぐれか」


 切っ先を地面に向けて腰を落とす。


「可哀そうだが仲間を呼ばれても面倒だ──すまない」


 殺気を鋭敏に悟って獣が戦闘態勢に入るが、遅い。


「“一閃ソードスラッシュ”」 


 息を吸いそれから吐いたとき、俺の体は獣たちの背後にある。


 血しぶきとともにオーラが発散し、獣は声を上げる間もなく地に伏した。

 剣の血を拭って鞘に収める間に、死体は霧のように消えて大地へ還っていく。


「終わりました」


 振り返って報告すると、老人は感嘆のため息で俺を迎えた。


「やっぱあんた凄いよ。恐れもなく、ためらいもせず、音も立てずにやってのけちまった」


「いえ、それほど強い奴らじゃなかったので」


 むずがゆさをこらえて荷台に戻ると、車は再び動き出す。


「あんた、だったんだろ? そんだけの腕があるなら引っ張りだこじゃないのかい」


 自分のことについて聞かれるのは少しきつくて、かといって邪険にもできない。


「俺は精霊とまともに契約できなくて組合ギルドからも所属一団パーティからも追い出された、その程度の剣士ですよ」


「……そうか」


 老人が押し黙り帽子を深くかぶり直すと、こちらの方が申し訳なくなった。

 

 車はそのまま動き続けた。

 二人の間に言葉が無くなってしまうと、昔のこと──たった数日前のことが嫌でも思い出された。




□□□




「カイル・ノエ、出て行ってくれ」


 団長リーダーの言葉を聞くまでもなく、俺は覚悟していた。


「私たちでは君をできない。君の“炎”でこれ以上、仲間を傷つけさせるわけにはいかない」


「……はい」


 頷いて仮の団員証を机に置き、団から支給された装備も腰から外した。


「残念ね」


「まあ、しかたないよな」


「私たちの精霊まで“焼かれる”わけにはいきませんから」


 仲間の視線には同情も憐みもなく、怒りを何とか抑えている様子だった。

 俺にとってはむしろ都合がよく、ここを出て行くことに納得がいった。




 “精霊契約”。


 この世界を構成する原生存在たる精霊──大地の隅々に棲みついた力ある妖魔たちを、自らの体に取り込んで力を得る。

 かつて「最初の契約者」と呼ばれる男が成した行為はいつか、一人前の冒険者になるための必須条件となった。


 冒険者たち──魔物討伐を中心に様々な仕事を請け負う流浪の集団は、依頼をこなすための力を求めて精霊と契約する。

 契約が無ければ権威ある冒険者組合ギルドには所属することもできないし、強力な魔物に太刀打ちできない。

 優秀な冒険者の一団は常に、強い精霊と契約できる人材を求めていた。


 精霊契約は誰にでもできるわけではなくて、本人の素質や才能、努力も必要だ。

 強靭な肉体や魔力を内に秘めていれば、それだけ契約の機会は多くなる。

 

 俺は契約者だった。

 冒険者となって半年、これまで数多くの精霊と契約し──そして彼らを


 俺と契約した精霊で今まで生き残っているものは数少ない。

 ほとんどが死滅し、この世から消えていった。




精霊殺しシーサイド


 冒険者たちは俺をそう呼んだ。

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