第4話:神と狂う歯車
翌日、教室へ行くと王女が笑顔で挨拶してきた。
「おはようございます!」
「おはよう。 今日は元気そうで何より。 上手くいったんですね?」
「ええ、それはもう!」そう言って彼女は勇者との出来事を語る。
勇者が言っていた日本食の意味が理解できたらしく、王族の権力を総動員して振る舞った結果お喜びいただけたらしい。
「全く同じではありませんが本に載っていた米に限りなく近い穀物とみそに近い発酵食品で作ったスープをとても気に入っていただけたようで」
「それはそれは」
かつてまだ俺が異世界に夢を見ていた頃に調べていた情報が初めて役に立った。
ちなみに俺も未だに好きで食べるけれど、家族や友人には不評だった。
なんにせよ王女様の悩みが解決して良かった。 隣の席であからさまに憂鬱そうにされると、こちらも気が滅入るのだ。
「それで教えていただきたいことがございまして」
「はいなんですか? 本の内容で分からない事でも?」
「いえそうではなくて神……いえ」
「この本の著者とお会いしたいのですけれど」彼女がそう言った瞬間、俺の額に冷や汗が浮かんだ。
「この方は著名な方なのでしょうか? 私、娯楽小説には疎くて」
「いや~俺も聞いたことないですね~。 この本も古本市でたまたま手に入れたので」
「そうですか。 うーん」
咄嗟に誤魔化したけれど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。
俺は王女に嘘を吐いた。 たとえ学生でクラスメイトの間柄だとしても、相手が悪ければ不敬罪に処されてしまうことだろう。
(頼むから探さないでください)
基本的に勇者が求めそうなこと、そしてその解決案は本に書いてある。 だから素直に著者に会うことを諦めてくれればいいが、もしもその気になれば相手は国の最高権力である。 なんとでもなってしまう。
「分かりました。 ところで本を譲っていただいたお礼は何が良いでしょうか?」
「い、いや本当に結構ですよ~」
本当は欲しいものを考えていたが、言う気にもなれなかった。 とにかく早く王女との関わりを断ちたかったのだ。
そうすれば再び平穏な日常が戻ってくる。 俺は可笑しなものを友人と作って、ほどほどに勉強して、ほどほどに鍛錬して、そんな日々が戻ってくると信じていた――
――しかしもうこの時、歯車は狂い始めていた。
〇
次の日、
「ちょっと来てください」
俺は王女に手を引かれ空き教室へ連れてこられた。
「あなただったんですね」
「……何がですか?」
王女は軽く睨んで本を突き出す。
「この本の著者です! 出版社に問い合わせたら快く教えてくれましたよ。 この本はラブル・フランツによって書かれたものであると!」
ばれた。
余計なことすんなよとか、出版社め権力に負けやがってとか、色々思うことはある。 しかし知られてしまっては仕方ない、潔く諦めよう。
「くくく、知られてしまっては返すわけには」なんて悪役めいたセリフを転生者的には言ってみたいけれど、そんなことをすれば本格的に首が危うい。 命は大事だ。
「で?」
「でって……?」
俺は緊張で入っていた力を抜いて、床に座って王女を見上げて尋ねた。
「何か知りたいことがあって俺を探してたんだろう?」
開き直ってしまえば楽なもんだ。 そもそも俺は乞われている側なのだから。
「嘘を吐いておいてふてぶてしいですね」
「俺とお前はクラスメイトじゃないか。 冗談を言うことも、時には嘘を吐くこともあるさ」
「……いいでしょう」
――そのくらいの強さがなければ勇者様の相手は務まりませんから。
王女が小声で不穏なことを呟いた。
(ああ、いやだいやだいやだ)
「この本を手に入れたとて、未だ勇者様との関係は友好的とは言えません」
「書かれていない不測の事態が起こるかもしれません」
「ですから」
「この本の著者であるあなたに知恵をお借りしたいのです」
「私はあなたに勇者取り扱いアドバイザーになっていただきたいのです」
(最悪だ)
この日、俺の平穏な日常は崩れ去った。
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