第5話:就任


「いやー、そんな大げさなー。 聞いてくれればその都度相談に乗りますよ、


 アドバイザーなんて言っても、つまりは勇者のお守りその二ということだ。 そんなストレスが多そうで、楽しくなさそうなことしたくない。

 カリストロのような王女様のファンなら一緒の時間を過ごせるだけで万々歳なんだろうけれど。


「いえいえ、せっかく協力していただくのですからキチンとしませんと」

「いやいや、学生の本分は勉強ですから。 私のような不出来ものにはそんな余裕はないんじゃないかなー」

「勉強ならお手伝いしますよ?」

「王女様にそんなことさせられませんって」

「お気になさらず頼ってください! 私たちはクラスメイトじゃないですか!」

「いやいやいや」

「いえいえいえいえ」


 どうにかこの場をやり過ごしたいが、王女の絶対に逃がさないという気迫を感じる。 これはゲーム的に言うと、回避不能イベントなのだろう。


 面倒で無駄な時間を過ごすことになりそうではあるが、メリットもかなりある話ではある。 王女と懇意になれるし、勇者とも知り合える。


「頑なですね……では率直にお聞きしますが、何を置けばあなたの天秤はこちらに傾きますか?」


 何が欲しいか、金か? 権力か? 土地か? 仕事か? 力か? 誰もが欲しいものだ。 俺だって欲しい。 けれど平穏な日常に釣り合うかと言われると、俺の価値観ではまだ足りない。


「本当に困ってるんです……出来る限りのお礼はいたします。ですからどうか、どうか――




――助けて。




「あああああ、わっかりました! やりますよ! 不肖ラブル・フランツがお手伝いさせていただきます!」


 異世界でも男の子は女の子の純粋な弱音に弱いのだ。 それが可愛い、隣の席の子ならなおさらだ。


「ありがとう」

「……(その顔はずるいわ)」

「?なんですか?」

「いや、なんでもないです」


 俺はそう言って三回深呼吸した。

 鼓動がうるさいくらいに鼓膜を叩く。


 王女が不思議そうに「大丈夫ですか?」なんて言って覗き込んでくる。


「近い近いって」

「あ、はい。 申し訳ありません?」


 頬の熱が落ち着いてから、俺は咳払いして何事もなかったように話を再開する。

 もう手伝うことは決まった。 せっかくやるのなら最大限に利益を引き出したい。


「お礼の話をしてもよろしいですか?」

「はい。 ところでまた敬語になっていますが」

「そんなことは今は置いておいて! 俺が欲しいものは――」





「ぐふふふ」


 俺は王女から渡された契約が記載された羊皮紙を眺めて気色悪い声を漏らした。


「これがあれば今まで諦めていたあれもこれも出来る……」


 人間生きるには金がいる。 楽しむためにはもっと金がいる。 そして俺の趣味である物造りにおいて希少な素材が手に入らないから、技術者にコネがないから見送ってきたアイディアがたくさんあるのだ。


「ああー、モチベーション上がってきたああああ」


 俺が王女に求めたのはまず勇者取り扱いアドバイザーの存在を積極的に公表しないこと。 契約はしたし、しっかりと役目をこなすつもりではいるが周囲に知られることで変なプレッシャーを受けたくない。 平穏な日常は出来得る限り継続したいから。


 そして本題の報酬。

 俺が求めたのは王女アリストテレスに魔道生活向上研究会のスポンサーになってもらうことだった。 内容は希少な素材、技術の援助。


 俺はこのチャンスを趣味に全振りするということだ。


 後悔はない。


 ない。





 憂鬱な朝が来た。


 いつもはのんびりした様子で働いている我が家のメイドに「馬車が坊ちゃんを! 王家の紋章が!」とたたき起こされた。


「お迎えに参りました。 どうぞこちらへ」


 執事に促され、抵抗もできずキンキラキンの馬車に乗り込んだ。

 逃げるなよ、逃がさねーぞという本気を感じた。


 俺は売られた子牛の気分で揺られていく。


 そして、


「マジで来ちまったよ」


 この国のほとんどの人間が足を踏み入れることなく一生を終えるだろう、王城の敷地を俺は恐る恐る進む。


 通された部屋で高貴なティータイムを空元気で楽しんでいると、扉がノックされドレスを着た王女が登場した。


「ごきげんよう。 本日は勇者様と顔合わせを」


 いつも見る制服姿とは雰囲気が全く違った。

 やっぱり俺みたいな一般人とは世界が違う人だと理解してしまう。


「しようと思っていたのですが」


 どうやらいきなり面倒になりそうだと、俺はため息を吐いた。


「問題発生です。 アドバイスをお願いします」






 

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