第3話:憂う隣の君へ


「なあ聞いたか? 勇者が召喚されたってやばくね?!」


 とある朝、友人のカリストロが血相を変えて言った。


「ああ~らしいね」

「らしいねってなんで冷静なんだよ! 物語の勇者様だぞ! 伝説の勇者様だぞ! そもそもどうして勇者は召喚されたのか、何かやばいことが起きてるんじゃないかってみんな騒いでるぞ!」


 俺も父から話は聞いていた。

 第三王女が主導して勇者召喚を行ったと。 しかし父曰く「第三王女は変わり者だから」とあまり気にする様子ではなかった。


 貴族の間で第三王女はを信奉する変わった方、という認識らしく故に今回の勇者召喚も現実的な目的があってのことではないと思われているようだ。


 仮にその予言が何かが本当で、世界がヤバイとしても俺みたいな一般ピーポーに出来ることは何もないのだから、騒ぐ意味がない。


「どーでもいいでしょ。 そんなことよりゴーレムコンテストの期限の方が気になる」

「いや、お前、なんでだよ……」

「俺らみたいな一般人は普段通りに生活するしかないのさ」

「まあ、そうだけどよー」

「一応聞けたら王女様に聞いてみるよ」

「おお! 友よ!」

「その代わり今日の放課後ゴーレム造り手伝ってくれ」


 俺は「もちろんさ!」と安請け合いする現金な友人とハイタッチして教室へ向かう。


 王女様は誰よりも早く教室にいる。

 席に座って、読書したり、書き物をしたり、優等生といった感じで居眠りをしているところは一度も見たことがない。


 しかし教室へ入った丁度その時、王女が机に突っ伏し遠くからでも聞こえる大きなため息が聞こえた。


 ただでさえ気軽に話しかけづらい相手が、別の意味で今日は近寄りがたくなっていた。


(カリストロごめん、俺には無理だ)


 俺は何事もなかったかのように席に着き、教科書を開いた。



「あ~あ、やる気出ねえ」


 放課後、魔道生活向上研究会が使用している一室でカリストロが気の抜けた声で言った。


「いや悪かったって。 でも無理だろ。 あの真面目で、人間味のないくらい完璧な王女が机にぐでーだぞ? お前なら声かけられるか?」

「いや、すまんそれは確かに困難なミッションだわ」


 その件については覚えていたら後日聞くとして、今はゴーレムに集中しよう。


 メカメカしさはなく、その肌はまるで人肌のように滑らか。


「ところでお前、女っけないとはいえ拗らせすぎだろう」


 見た目は完全に見目麗しい少女にしか見えないゴーレムを指さして、カリストロは俺の肩を叩いた。


「失礼だな。 そんな邪な気持ちで造っているわけじゃないんだ」


 人型ゴーレムといえば物語で言えば、古代の兵器という設定はありがちだが、大抵に共通するのは見目麗しいこと、強いこと、そしてなぜか主人公の世話をするメイド的な役割を担っている。


「じゃあ何の目的だよ」

「ロマンだ」

「意味わかんねー」


 ロマンとは言ったけれど、もっとわかりやすく言えば欲しいフィギュアを自作しているようなものである。


「で、カリストロ出来そうか?」

「ん? あーもち。 来週には持ってくるわ。 さすがに生地代は出せよ?」

「おう。 出来たら飯でも食いに行こう、おごるからさ」


 カリストロの実家は商家であり、彼の特技は服作りである。


 俺はカリストロに描いてもらった衣装の完成図を大事にしまいこみ、ゴーレム造りを再開するのだった。



 今日も教室へ行くと王女が机に突っ伏していた。


 次の日も、そのまた次の日も。


 授業中に横目で見た彼女の表情は日に日に疲労しているように見えた。


 そして、


「何を考えているのか分からない勇者$%&□!」


 王女はついに意味の分からない独り言を呟くようになっていた。


 そうなれば身分などは関係なく人として、さすがに心配になる。


 これを魔が差したというのは酷だろうか。


「あのアリストテレス? 大丈夫?」

「……大丈夫です」

「良かったら相談に乗ろうか? 誰かに話すだけでも楽になるだろうし、笑ったりしないから」


 しばしの沈黙の後「実は」と王女は語りだす。


 勇者を召喚したこと。

 その勇者は言葉は通じるのに、文化が違うせいか言っている意味が分からないこと。

 そのせいで勇者に協力してもらうどころか、まともに関係を築けていないこと。


「なんなんですか? ちーと? すてーたす? ぼーなす? 何を言っているのか全然わかりません! それに訳の分からないことばかりしようとするし。 こちらがお願いする立場であることは理解していますが、勇者様が何を求めているのか全く理解できないのです……ああ、喋りすぎましたね。 すみません」


 俺は勇者が求めていることがすぐに理解できた。

 彼は元の世界で異世界物語に触れ、好んでいたのだろう。 そしてこの世界にも物語を求めている。 少し前の俺と一緒なのだ。


 だからこの後、世界に失望することも予測できるし、王女様に話が伝わらないのも頷ける。


「俺、勇者の言葉に聞き覚えがあるよ」

「ほ、本当ですか!?」


 俺はそう言って、捨てようと思ってカバンに入れておいた一冊の本を取り出した。


「異世界物語?」

「うん、書店で見つけた娯楽小説なんだけどここにステータスやチートとか出てくるんだ。 参考になるかは分からないけど、良かったらあげるよ」

「ああ、本当にありがとうございます。 とても、とてもとても救われました」


 王女は瞳を潤ませて俺の手を握った。


「そんな大げさな……」

「いえ! このお礼は必ず! 世界が救われた暁には功労者としてフランツくんの名前が歴史に残ることでしょう」


 人に感謝されるのは素直に嬉しい。 けれど歴史に名前なんて残らなくていいからどうか平和を乱さないでくれよ、とまだ見ぬ勇者に願った。


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