第2話:異世界は夢のあと


 学校終わりにふらりと町を歩く。

 人ではない雑多な人種が行き交い、ファンタジーな生き物が馬車を引いていく。

 武器屋や、魔道具屋など異世界らしい店を見ると今でも時折期待してしまう――


――この世界のどこかでは物語のような出来事が起きているんじゃないか?


 俺がこの世界に転生した時、それはもう嬉しかった。

 前世の物語のような世界、未来では俺の力が覚醒したり、悪い奴から美少女を救ったり、ダンジョンで冒険したり、現代知識で大儲けしたり、そんなテンプレイベントが起こると思っていた。


 しかし成長し、この異世界の世界観を把握した時、俺が抱いていた期待は全ては幻想であったと知った。


 この世界には魔王はいない、


 困っている美少女も、


 奴隷となった貴族も、


 極端な技術の未発達も、


 異人種への過度な差別も、


 ダンジョンも、


 レベルも、ステータスも、


 都合よいトラブルも、


 何もない。

 在るのは作りモノじゃないあるがまま築かれたリアルな異世界と、何の役割もない転生者(モブ)だけだ。


『こんなの誰も買わないよ』


 前世の知識チートをしようと考えたアイディアを商人に突っ返された帰り道、俺は思った。


「物語を綴るのはやめよう。 俺はこの世界で、一人の人間として生きよう」


 虚しくなったのは一瞬だった。

 物語の主人公のようになれなくても、そもそも二回目の人生をもらえただけでも運がいい。 それに生まれは貴族だし、世界観の雰囲気自体はファンタジーテイストだから町を歩くだけで新鮮で楽しかった。


「なんだ、全然悪くないじゃないか」


 その日から俺は物語に期待するのをやめた。

 

 そして一変して平穏な日々を願うようになった。


 物語のように約束された成功がないなら、根本的な価値観は前世と変わらない。

 健康で、愛する人がいて、生きていくに困らない稼ぎがあって、趣味があれば十分幸せだ。 むしろそれが至高だ。 面倒ごとなんて誰だってお断りだろう。


「ただいま」


 当たり前に何もなく俺は帰宅した。

 そして自分の部屋に入り、ため息を吐いた。


「そろそろこいつらも片づけるか」


 それなりに広い部屋にはたくさんの創作物が置かれている。

 それは機械だったり、武器だったり、おもちゃだったり、本だったり、どれも知識チートをしようとして失敗したものばかりだ。


「そういえばこいつだけは成功っちゃ成功か」


 俺は一冊の本を手に取り、埃を払った。


 異世界の物語をいくつか貴族のコネで出版したとき、一冊だけそこそこ売れた小説だ。


『異世界物語』と銘打たれたその本は、俺の思い描いていた異世界をそのまま描いたオムニバス形式の小説だ。


 自身の妄想の供養と思って書いた本が、一番成功するとは皮肉であった。


「さてゴーレム造りの続きしないと」


 けれど今となっては物造りが趣味にもなっているので、悪いことばかりじゃない。

 世界に認められなくとも俺が楽しくて、俺が便利に思えたらそれでいいのだ。


 そうして今日も平穏に俺に日々は過ぎていく。


***


 とある王城の一室。


 そこにいるのは第三王女とローブを被った怪しげな人物二人きり。


「この世界は遠くない未来、邪悪によって再び破滅へと向かうでしょう」

「その予言は確かなの?」

「ええ」

「なんてことなの」


 王女はローブの言葉に顔を青ざめさせ、頭を抱えるのだった。


***


「姫様、本当によろしいのですか?」

「ええ、やりましょう。 誰も予言を信じない。 私がこの国を救うのよ。 もしも外れた時、笑いものなる覚悟は出来ているわ」


 とある教会にて、第三王女と術者が静かに会話する。


 薄暗い部屋。 床には不気味な魔方陣が描かれている。


「分かりました。 では」


 術者が魔力を流すと、陣が眩い光を放つ。


 ぱりん、ぱりん、と巨大な魔石の砕ける音が響く。


「召喚!!!」


 術者が叫ぶように唱えると、目も開けられない光が放たれた。


 そして光が晴れたそこには人影が、


「一体なんなんだよ……」


「私があなたをお呼びしたのです」


「よくぞ来てくださいました


「どうか世界をお救いください」


***





 

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