20話 もう一人の”弟”
「ねぇ、アオ。これはどういう状況なのかな??」
恥ずかしさで伏せていた目線を上げると、内に怒りを秘めた花が立っていた。
「どうしてここにいるんだ……」
花に問い詰められ、この場を切り抜ける言い訳を思いつかない。
なので、逆に質問を返すことで誤魔化すしかなかった。
「アオト、この人は誰? 仲の良い人が居るなんて、あたし聞いてないんだけど??」
無言を貫いていると、今度は鳥居さんからも突かれた。
この状況を丸く収める最適解はなんだろうか。
まるで、答えのない問題を解かされている気分だ。
そうして僕が固まっていると、花と鳥居さんが目の前で会話を始めた。
「あたしは、アオトの”お姉ちゃん”のような存在なんだっ」
「へぇー……。ワタシはアオにとって家族みたいなモノかな(笑)」
お互いに自己紹介をしているが、微妙に間違った情報を織り交ぜている。
しかし、指摘しようにも2人の間には割り込めない空気が漂っている。
『キーンコーンカーンコーン』
完全下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
こんな状況でも、救いの手が差し伸べられた。
これで強制的にこの場から離れることが叶う。
僕たち3人は規則を守るタイプの生徒なので、下校の合図を聞くとすぐに学校から出た。
そして、場所が変わったことで険悪なムードは空気に溶かされるように薄まった。
「あこちゃんも生徒会補佐なんだ!」
「花も同じってことは、これから関わる機会が増えるかもねっ」
いつの間にかお互いにファーストネームで呼び合っている。
出会って数分で友達になっているのは、普通のことなんだろうか。
いや、コミュ力の高い2人だから成せる技に違いない。
___と、思えたのは瞬きをするくらいの時間だけだった。
「アオに随分と親しいんだね。ワタシとも仲良くしてくれるかな?」
「うん。こっちこそよろしくねっ」
表面上は親愛の意味が込められている筈なのだが、敵の様子を伺うためにジャブを打っているように見えてしまう。
どうしても相性が合わない組み合わせが世の中には存在する。
もしかしたら、それが2人に当てはまるのかもしれない。
そして、鳥居さんと別れる地点まで辿り着き、水と油のように混ざり合わない2人を離すことが出来た。
「じゃあね。明日からはアオトが過ごしやすいようになっているからね」
別れ際、鳥居さんは何か大きな変化が起こる事を仄めかしていた。
言い方から察するに、僕にとってプラスな事柄なのは間違いないと思いたい。
今日は先日までとは違う意味で背筋が凍るような思いをしたが、その後は何も災難が降りかかることなく帰宅した。
家に着いたタイミングでララルからメッセージが届いた。
ここ数日間は濃い時間を過ごしていたので、こうして連絡を取るのが懐かしく感じる。
最新のやり取りではララルから”弟の死”というセンシティブな相談を受けたので、今日も扱いに慎重になる話かもしれないと心構えをする。
だが、その予測はいい意味で裏切られた。
『アオト君! ねえ、聞いてよ!! めっちゃ可愛い”弟”を今度は守れるんだよ(#^.^#)』
弟は亡くなっていると説明されていたので、ララルが何を言っているのか分からなかった。
いや、推理小説に用いられる技法のように、ミスリードを起こしていたのかもしれない。
勝手にララルの弟は1人だと認識していたが、そうでは無いらしい。
『そっか。凄く溺愛しているんだねw』
守れなかった弟の分まで大切にしているのが伝わってくる。
それに、今度は救えることの嬉しさも感じ取れた。
『うん! 好きすぎて写真も一杯スマホに保存しているんだ(笑)』
『もしかして、弟は小学生くらい?』
弟という存在は中学生以上になると、母親だけではなく姉に対しても冷たい態度を取ることが多いと思う。
なので、仲良く一緒に写真撮影をしているは年齢が低いのかもと邪推してみた。
『残念! 同い年でした~』
頭の片隅にもなかった双子の弟だった。
尚更、仲良の良い関係にあることが珍しいと思う。
『ララルに可愛がられている弟は幸せだなw』
正直、ララルの弟が羨ましい。
僕だって甘えられる姉が居たらなと、何度想像したことか。
母親に頼んでも、絶対に弟か妹しか出来ないし。
『そうでしょ(笑) あ、そうだ!明日は弟に弁当も作ってあげようかな〜』
その後もララルから“弟が大好きエピソード”を聞かされ、その度に僕は無い物ねだりをしていた。
ふと、我に返ると19時過ぎになっていた。
すでに外は暗くなり、そろそろどこ家庭でも夕食の時間だろう。
そろそろ我が家でもご飯の時間なのでリビングへ移動すると、家のチャイムが鳴った。
どうせ花が暇潰しに来たのだろと思い、ドアを開けると___
「頼む……。お前から、俺を許すよう”あいつら”を説得してくれ!!」
必死に頼み込む、田中君の姿があった。
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