15話 説得


『大事なモノを失う前に、彼氏と別れたい』


想像よりも深刻な悩みを打ち明けられた。

まず、彼氏が居ることに驚いた。

『シーマ』で仲良くなったとはいえ、お互いの事を何も知らなかったと認識させられる。



『何があったのか教えもらっても良い?』


まずは、順を追って説明して貰うことにした。

どこまでララルに踏み込んでよいのか分からないが、相談をしてくれた気持ちに応えたい。

誰かの役に立ちたいと思ったのはいつぶりだろうか。




『実は、好きでも無い人と付き合っているんだ……』


『どうして、そんな状況になってるの?』


『高校デビューをするために外見だけじゃなく、クラスで人気者の男子と付き合うことにしたんだ……』


好きでもない人と付き合うことは、珍しいことでは無いと思った。

それに高校生なんて、好きと言われた相手に惚れてしまう生き物だろう。


だが、ララルからより深く話を聞き進めると、手詰まりになっている理由が分かった。


『あたしは付き合うつもりなんて無かったんだ。でも、周囲の押しが強くて断れない状況にされていたんだよね……』


僕が最も嫌う”同調圧力”によって、ララルは望まない相手と恋人になっていた。

学校では目に見えない流れがあり、それに逆らうことは困難なことを身をもって知っている。



『僕も似たような状況になったことがあるから、ララルの気持ちは少し分かる』


自分自身の気持ちを他人が完璧に理解することなんて不可能だ。

だが、ララルと似た状況を体験している僕には少しだけ分かることがあった。


それと同時に、僕とララルは鏡写しのような存在だとも思った。

僕は告白を断って虐められるようになったが、ララルは受け入れることで立場を守った。


ララルにも自分の意志を尊重する考えは浮かんでいたはずだ。

なぜ、心を殺してまでカースト上位にこだわっているのか聞くことにした。



『どうして気持ちを捻じ曲げてまで、今の立場を守ろうとしているの?』


何気なく尋ねたのだが、踏み込んでよい領域を間違えたかもしれない。

時間を巻き戻せるのなら、僕は同じ質問をするだろうか。



『当時、中学生だった弟は”虐め”が原因で……。自殺をしたの』


”手に入れた立場を失うのが怖いから”などのありふれた理由ならマシだった。

そして、その後のララルからのメッセージは、文章以外にも”憎しみ””悲しみ””憎悪”なども伝わってきた。


どうやら、弟はクラスのカースト上位に虐められていたらしい。

だから、ララルは弟のような存在を出さないため、自らがカースト上位に居座ることにしたのだった。


理にかなっているが、そのために自己犠牲を強いるのは元も子もない。


そんな屈折したやり方では、いつか崩壊する日がくる。

心が壊れかけ、僕に相談を持ち掛けているのが何よりもの証拠だ。




『自然消滅で別れられる状況ではない感じ? それなら、最小限のダメージでララルの望みは叶えられそうだけど……』


『それは期待できないかな……。自分で言うのはアレだけど、かなり惚れられているんだよね』


告白された相手に振られるケースを待ち望むことは不可能か。

好きな人と距離が縮まったことで嫌いな部分が見え、熱が冷めてくれれば収まりが良のだが。


それならばと、次善の策をララルに提案する。



『第三者に別れる原因を作って貰うのはどう? それなら、ララルは誰からもヘイトを買わずに恋人関係を解消できると思う』


一見、自然消滅を狙うよりも合理性のあるやり方だと思う人もいるだろう。

だが、僕は最善ではないと見做している。


なぜなら、原因を作る役である”第三者”にヘイトが集まるからだ。



『それだと、協力してくれた人に被害が及ばないのかな……?』


自分よりも他人を優先するようなララルは、真っ先に”第三者”の心配をする。

なので、僕が今するべきことは___




ララルが誰かを犠牲に出来るように誘導することだ。






ハッキリ言って、この状況を打破するには誰かの犠牲を伴う。




『それなら、”彼氏と別れたい”とヘルプサインをさり気なく出し続けるのが良いと思う。ヘルプサインを察する人は複数かもしれないし、”第三者”が集団になればヘイトが分散されて存在しないも同然になる』


ララルの懸念点である”第三者”の被害は無くなることを主張した。

論理的に説明をしたが、”第三者”にヘイトは多少なりとも向くだろう。


しかし、重要なのはそこでは無い。

ララルが救われるのなら、他者の犠牲なんて考える必要はないからだ。


僕は知っている。

全てを助けることは不可能であり、手の届く範囲だけしか救えないことを。


だから、間違っていると自覚していても、僕は肯定する。



『でも、ヘルプサインに気付く人なんて居るかな?』


ララルは土台となる”第三者”が現れない可能性について心配している。

こればかりは、他人の行動によって大きく左右されるためアドバスに困る。


そう思っていたが、ララルからプラスな情報を得た。



『いやっ、あたしのヘルプサインを察してくれたクラスメイトが居た! しかも、行動まで起こしてくれたんだ!! だから、同じような人がもっと現れるかもっ』


心なしか元気になったララルからの朗報だった。



そして、その後もララルからの悩み相談に乗り続けた。

時間が経つにつれ、僕の知っているララルへ戻っていった。





しかし、この時の僕は知る由も無かった。



今日の出来事が、僕にも降りかかってくることを。

正しい選択肢を拾えたのかは、分からない。


だが、僕は”これで良い”と自分に言い聞かせるしかなかったんだ。

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