14話 策略


「責任とって」


若い男女が部屋で2人きり。

乱れた格好で誘いを掛けられる。

男性が理性を崩すには十分すぎる状況だった。



花はお世辞抜きに可愛い。

小さい頃から家族同然に一緒に過ごしていたので、外見だけではなく性格も同様だ。


子供が最初に異性として意識するのは、一番近い存在である母親と一般的に提唱されているが、僕にとっては花だった。


振り返ってみると、僕の好みのタイプは花になっていた。

そんな魅力的な女性の据え膳を食わぬは男の恥だ。



だから、僕は___




「分かった」


覚悟を決め、責任を取ることにした。

今は過去のトラウマや花から距離を取ることなんて、どうでもいい。


そんなことを考える理性なんて既に失っているのだから。



「来て、アオ」


その言葉を合図に、花へ手を伸ばした。

そして、理性の器から零れんばかりの欲望を解放させる。







___と思われたが、『ピロンッ』とスマホから通知音が鳴った。


ララルさんからのメッセージだった。

ロック画面の状態でも、新規のメッセージは勝手に表示されるので自然と読まされた。



『助けて』


普段の賑やかなメッセージとは違い、真剣さが伝わる内容だった。



ララルに何があったのだろうかと心配になる。

大事な友達の安全について考えを巡らせ始めたことで、花のことで埋め尽くされていた脳が正常に戻っていく。

そして、今の花との状況を冷静に捉えるようになった。


このまま勢いだけで花を傷付けたくはない。


それが僕の偽りのない本音だった。




「花、やっぱり辞めよう」



直前まで花から向けられた、僕を逃がさないと言いたげな視線は伏せられて沈黙が続く。

もう、僕の心拍も平常運転に戻っている。





「冗談だよ? ねぇ、ビックリしちゃった??」


ようやく口を開いたと思ったら、想定外の返答だった。

僕を揶揄うのが楽しくて辞められない花に戻っていた。



「今までで一番騙された……」


「あぁー。でも、責任を取ってもらうのは本当だからね?」


一体、何の責任なのか見当が付かない。

今日はずっと花が何を考えているのか分からないな。


僕が腑に落ちていない事を表情から察し、花は説明を続ける。



「昔みたいにワタシと接することが責任かな。それで言うと、今は以前のように会話が出来ていたから合格!」


確かに、僕にとっては大きな責任を取らされることになる。

自分自身に誓ったはずの、花を守るための行動に背くことになってしまう。



「でも、それは……」


「胸、触ったよね?」


「あれは……」


「ワタシのこと押し倒そうとしたよね??」


どうにか花の提案を拒否しようと試みるが、全てかき消されてしまう。

質の悪いことに、男性にとって反論が難しい弱味に漬け込んでいる。



あぁ、そうか。

花が取っていた行動の意味を全て理解した。


2人の関係性を修復するためだったんだ。

ただ単に同じ提案をされても、僕は絶対に受け入れない。

だから、断れないような材料を用意したのだろう。



でも、花はいつから卑怯な手段を使うようになったのだろうか。

中学の事件から僕が変わったように、花も以前とは同じでは無いのかもしれない。




「分かった」


持ちうる頭脳をフル回転させて出した答えだった。

僕に残されたのは、花の提案を受け入れる選択肢しか無いのだから。




「じゃぁ、明日からは毎日一緒に登校だね!」


「ちょっと待って! 条件がある」


テンションの上がった花に水を刺すようで申し訳ないが、条件を出すことにした。

そして、いぶかしげな表情を送っている花に妥協案を提示する。



「昔のように戻るのは、2人きりの時だけ。誰かに見られている時はダメだ」


「責任取ってくれないの?」


女性の魅力を最大限に引き出すように、上目遣いで懇願してくる。

どんな頼み事でも快く受け入れたくなるが、寸前のとこで踏みとどまる。


「僕がしたことは認める。でも、花のやり方は褒められたモノでは無い。分かるよね?」


「うっ……」


「だから、これが折衷案だ」


「でもっ!」


少し前とは立場が逆転しており、食い下がろうとする花を理詰めで追い込んだ。



「もし、受け入れないなら花の提案も無かったことにする。その時は、僕がしたことを母さんに報告するといいさ」


玉砕覚悟があると花に示した。

交渉事では強気な姿勢を崩さないことが大切なんだ。





「分かった……」


心の底では納得していないのは丸わかりだが、折衷案を飲み込ませることに成功した。

アニメから学んだ交渉術が綺麗にハマり、最悪の状況だけは免れた。






目の前の問題を解決したので、ララルからの意味深なメッセージへ返信をした。



『どうしたの? 大丈夫??』


緊急を要する事柄かもしれないので、用件のみを簡潔に送信した。

すると、時間が経たずに返信が来た。




『大事なモノを失う前に、彼氏と別れたい』

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