11話 2人だけの教室


今朝は花を拒絶することが叶わないまま、学校の敷地内まで一緒に登校した。

そして、モヤモヤとした気持ちを消化しきれずに教室の前まで到着してしまった。


悩みの種は尽きないため、ここまで辿り着くまでに随分と頭を疲労させた。

しかも、教室に入ってからも大きな課題が待っている。



「鳥居さん、おはようございます」


「おはよ~。朝のホームルームの時、よろしくね?」


「何とかしてみます……」


避けたい大きな課題を再認識させられる。

緊張していることを上手に隠しながら返事を出来ただろうか。

声が若干うわずってたかもしれない。


いや、これ以上考えるのは辞めよう。

そもそも、誰も僕に注目なんてしている訳がない。



そう思うようにしたいが、『ギロッ』という効果音が聞こえるくらい田中君が僕を睨み付けている。


目を合わせたら何か言われそうな気がしたので、目線を下に向けながら自分の席へと座った。




数分後には担任が朝のホームルームを始めた。

そして、担任からの連絡事項が終わり、生徒からの要件を聞くフェーズへと進んだ。



はぁ、気が滅入るような事が訪れるのは早く感じる。

せめて心の準備を整えたいが、時間の猶予が無いので消極的な思考のまま挙手をした。



「はい、僕からクラスメイトへのお願いごとがあります」


担任に加えて生徒からも視線が集まった。

比喩表現ではなく、文字通り視線が痛い。


これくらいで心が折れるようでは僕の社会復帰は夢物語だろう。

折角、鳥居さんが僕をサポートしてくれているから今日くらいは頑張ろう。


素足で茨の道を駆け抜けるごとく、教壇へ進んだ。


そして、ゴールへ着き『パッ』と顔を上げて生徒たちと対峙する形になる。




「えーと、そのぉ……」


頭が真っ白になった。

何を言うのか、どうして此処に居るのか分からなくなる。



「どうした、大浦? 体調が優れないのか??」


担任が僕の様子を心配して労う。

声は聞こえるのに反応ができない。

見えない重力に押しつぶされそうだ。



そんな中、見守るような暖かい視線を感じる気がした。

その視線の先に居るのは___



鳥居さんだった。



『昨日のことを思い出して』


目が合うと誇張なしの慈悲深い笑顔を一瞬だけ見せ、口パクで言葉を伝えてきた。

真っ白だった頭が徐々に色を取り戻した。




そして、昨日の鳥居との会話を掘り返した。

1から順に辿っていくと、揶揄われた記憶ばかり出てくる。


でも、鳥居さんの揶揄い方には悪意が無いのが分かる。

そうやって鳥居さんとの放課後を呼び起こしていくと、辺り一帯が消えて2人きりの教室になっていた。



氷が溶けるように緊張が消失していき、代わりに鳥居さんのアドバイスが込み上げてきた。


『もし、というか。絶対に大浦はみんなの前で緊張するでしょ? だから、あたしと今みたいに1対1で会話をして! 他の人は見なくていいからさっ』



そこからは、僕の視界には鳥居さんだけが映し出され、放課後に会話するように言葉を発した。

全てを話し終えて席に戻ると、『よくできました』と口パクで子供扱いをされながらも称えられた。






僕にとって大きなハードルだった課題も終え、放課後がやってくる。

鳥居さんとのこの時間は誰にも邪魔されず、唯一の学校での楽しみになりつつあった。



鳥居さんの女子友達が教室から退出したのを合図に会話が始まる。



「お待たせ~。早速、昼寝についてのアンケート結果の集計しよっか」


鳥居さんの提案通り、昼寝をしてみた感想をクラスメイトからアンケートを取った。

集計結果は昼寝に賛成の生徒が9割を占めていた。


今日を含めて3日間は昼寝とアンケート集計を行なうが、概ね似たような結果になるだろう。

これでプレゼンについては心配をする必要は無いな。



「あ、今から言うけどさっ。プレゼンもよろしくね(笑)」


「え……」


安心する暇など無かった。

鳥居さんはクラスメイトの前での発表を促したので、プレゼンも任せられると予想しておくべきだった。

いや、知っていたとしても僕の意志でどうにか出来ることではないか。



「大丈夫、そのためのサポートは任せなさい!」


「頼りにしています」


「うん。素直でよろしい」


完全に年下扱いをされている。

僕が敬語を使っていることも相まって、同学年には見えない。


僕が心の中で現状について分析していると、鳥居さんが僕の頭に手を乗せてきた。




「これは何ですか?」


「良い子にはご褒美の”よしよし”でしょ?」


そういうものなのか。

いや、そんな訳あるはずがない。

さも、当たり前かのように言い放つので納得しそうになったじゃないか。



僕の脳みそは状況把握の処理ができず、恥ずかしさで体が熱くなっていく。

そんな情けない様子を楽しむかのように、鳥居さんは満足げな表情を浮かべる。





「はい、おしまい。ただ頭にゴミが付いていたから、払っただけでした(笑)」


「僕は勘違いしないですけど……。相手に好意があるような行動は控えた方が良いですよ」


”鳥居さんが僕に好意を抱いている”という変な誤解はしない事を強調しながら、異性へのボディタッチは危険だと忠告した。

偉そうにお説教するな、と思われるかもしれないが中学時代の教訓だ。


過度な異性への接触は相手を勘違いさせてしまう。

もちろん、ソースは僕だ。




僕が過去の後悔にふけっていると、教室のドアが勢いよく開かれた。





「おい。今、お前ら何やってたんだ?」















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