8話 理想の自分


僕は今、教室の前で立ち止まっている。

もうすぐで朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴るというのに、一歩を踏み出せずにいる。



理由は明確だ。

鳥居さんにあいさつをしないといけないからだ。

しかも、クラスメイトが大勢居る中でだ。

1対1でなら会話が出来る感じにはなったが、第3者に見られるとその限りではない。



なので、不安な気持ちを紛らわすために『シーマ』を開き、ララルへメッセージを送った。



『今日は少しだけ勇気を出してみる』


『何のことかは分からないけど、ガンバレ(>_<)』


秒で既読が付き、応援をしてくれた。

たったその一言で前へ進める気がしてきた。




ーーーガラララ



『スタッスタ、スタタタ』


扉を開け、自分の席のある窓側へ歩く。

いつもより足取りは重い。


そして、遂に鳥居さんの横まで来てしまった。



「鳥居さん、おはようございます」


頭が真っ白になりながら鳥居さんに声を掛けた。

あさいつをするだけで大袈裟かと思うかもしれないが、僕にとっては”はじめてのおつかい”のように緊張した。


それに、鳥居さんの周囲にいるリア充たちは会話を辞めて「え?」みたいな表情を浮かべている。




「大浦、おはよう~」


その沈黙を破ったのは、鳥居さんだった。


もしかしたら、返事を返されれないのかと疑っていた。

昨日は僕を揶揄うための演技ではないのかと、心のどこかで考えていた。


だが、鳥居さんは約束通りの対応をしてくれた。

僕を裏切らなかった……。




そのまま席に付き、静まり返っていたリア充グループは再び盛り上がりを見せていた。

ただ、後ろの席の田中くんは僕を睨んでいるように感じた。






悩みの種であった挨拶を終えた後、時間が過ぎるのはあっという間で放課後になっていた。

今日も鳥居さんとプレゼン準備のために教室に残っている。



「ちゃんと約束守れたね(笑)」


「じゃないと、余計に酷いことをされそうだったので」


開口一番に朝の件について褒められた。

誰かに認められることは嬉しいはずなのだが、明日以降も挨拶をすると考えると気が重い。



「言い方に気を付けてよね? あたしは大浦のためを想ってるんだからさっ」


「ハードルが高すぎます」


「言うようなったじゃん(笑)」



僕達の関係性を知らない人がこの場を見たのなら、仲良く会話をしている友達同士と勘違いするかもしれない。

そう思える程には鳥居さんと上手に話せている気がする。



そんな雑談も程々に、僕はプレゼンについて切り出した。



「プレゼンの件ですが、昼寝で良いのですか?」


「あ、うん。あたしも賛成!」



改善案はあっさりと決まったので、どういう風にプレゼンをするのかに議題が変わる。

しかし、お互いにプレゼンの経験があるはずもないため議論が煮詰まった。


突破口を見つけ出せなく、どうしようかと悩んでいると鳥居さんがスマホを取り出した。



「ちょっと、友達に聞いてみるわ」



「プレゼンに詳しい人に当てがあるんですか?」


「うーん。素性は知らないからどうだろう……。でも、本音で色々と話せるから信頼できる人なのは間違いないっ」


”詳しく分からないが信用の置ける人”とは矛盾していないだろうか。

その人を信じて問題ないだろうか。




鳥居さんがスマホで触り始めると、丁度『シーマ』の通知が届いた。

相手はララルだ。



『急にごめんね(#^^#) アオト君はさぁ、プレゼンはどういう風にするのが良いと思う??』


まさしく直面しているタイムリーな内容だった。

同じく躓いていた問題のため解決策を提示することは難しいと思っていたが、

何故だかアイデアが浮かんだ。



『実際にサンプルデータを取るのはどう?』


『んー、具体的に言うと??』


『プレゼンで提案する事柄をさ、実験的に複数の人で行なって詳細なデータを取る感じだね』



鳥居さんとの議論では何も解決策を出すことが叶わなかったのに、今はそうではなかった。どういう原理なのかは分からないが、『シーマ』のアオトになっている間は理想の自分に近づけているかもしれない。





ララルさんとのやり取りに一段落が付くと、鳥居さんが「今後の方針みっけ!」と目を輝かせていた。

一体、どんな手品を使えば鳥居さんをここまで喜ばせられるのだろうか。

鳥居さんが信頼を置く”その人”は、僕とは正反対の人種だろうな。



「ん? てか、大浦も誰かと連絡とっていたの!?」


どうやら、僕がスマホでメッセージを入力する動作を見てたらしい。

特に隠すことは無いのでありのままを言うことにした。


「はい、良く分かりましたね」


「大浦もメッセージを送るような相手が居るのか(笑) いや、バカにしているじゃなくてさ、すごく意外かも」


「僕のイメージだと鳥居さんが驚くのに無理はありません」


少し棘のある返事をしたかもしれない。

こういう部分に卑屈な考え方をする自分らしさが出てしまう。

だが、鳥居さんは気に留めることも無かった。

というよりも、別の部分に興味があるようだ。


「ねぇねぇ、相手は誰なの? あたしに教えなさいよ!!」


「あっ、ちょっと。それは……」


鳥居さんは僕の許可を待たずに顔をこちらへ寄せ、スマホを覗き込もうとしてくる。

このままだとトーク画面を見られ、学校とは違うキャラでメッセージを送っていることがバレてしまう。

そんな最悪な事態になれば、母親に”自分が描いた妄想だらけの小説”を読まれるくらい恥ずかしいだろう。


なので、断る姿勢を示すことにした。


「本当にこれはダメです!」


「ほら、あたしは口が堅いから大丈夫だって!!」


僕が全力で断ると、ますますニヤニヤしながら迫ってくる。



「そんなに隠されると逆に気になるって(笑)」


鳥居さんは止まらないことを悟り、僕はポケットにスマホを入れようとする。

しかし、バシッと手で掴まれてしまった。





「さぁ、見せなさい!!」






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