7話 誤解



気まずい。

ここ数年で今よりも居心地の悪い場所はあっただろうか?



『タッ タタタッ』

僕と鳥井さんしか居ない教室で、お互いにスマホ画面をタッチする音のみが響く。

なぜ、このような状況になっているかというと生徒会補佐に選ばれたからだ。


一週間後にある生徒会との顔合わせまでに、学校をより良くするための案を1つ準備しなければならない。

ただの思い付きで挑むのではなく、きちんとしたデータとともに論理的にプレゼンをする形だ。


という経緯から、担任から来週の放課後までは生徒会補佐の2人で準備をするようにと指示を出されて今に至る。



「あのぉ」


『タタッタ』


勇気を振り絞ってカースト上位の女子に声を掛けたが、見事にスルーされた。

なけなしの勇気が完全に消えた瞬間だった。


少し表紙のエロいラノベを購入した時、店員から生暖かい視線を送られる方がマシだ。




「で、なに?」


どうやら僕と会話をする気はあるらしい。

にしても、どんなけラグがあるんだよ。



「いや、あの。学校の改善案についてです……」



「身だしなみチェックを無くすでいいんじゃね」



「でも、それは却下されそうではないですか」


『しまった』と思った時にはすでに遅かった。

あまりにも現実的では無いので、間髪入れずに否定してしまった。




「生徒の個性を出すためでも?」


「確かに、それらしい理由ですね……」


さっきのような些細なことで嫌われる要因になりかねない。

なので、今度はイエスマンになり肯定した。




しかし、僕のその態度が気にくわなかったのか会話が途切れた。





『タッタタ』


再び、お互いにスマホを弄る時間になる。

今日は、いや、これからも話し合いは無理そうだな。




『いやーん。アオト君、どうしよう。あまり親しくない相手と1対1でディスカッションしないといけなくなった(*´Д`)』


ララルさんからメッセージが届いていた。

まさに、僕も同じような境遇なので痛いほど気持ちが分かる。



『僕も同じ状況w どうやって会話を繋げるのか分からない……』


『あたしもなんだよね(笑)たぶん、相手に避けられてるっぽいし』


『でも、相手はディスカッションをするつもりはあるからララルと居るんじゃない?』


『そうかも! 相手に対してネガティブな感情を勝手に押し付けていたかも(笑)アオト君に相談してよかった!(^^)!』


どうやら、ララルは吹っ切れたようだ。

これならディスカッションは円滑に運ぶだろう。


って、人のことを心配する余裕は無かった。




ん? いや、待てよ。

僕がララルに言ったように、鳥居さんはプレゼンの準備をする気があったから目の前に居るんだ。

鳥居さんみたいな女子は、面倒くさい学校行事はやらないと僕が決めつけていただけだ。


思い返してみれば、鳥居さんは自分から立候補していたじゃん。




ーーーだから、僕はさっきまで空っぽになっていた勇気を汲み出した。





「あのぉ」

「あのさ」


互いの声が重なった。





「「フッフフ」」


少しの間が空き、2人の笑い声が聞こえた。

控え目な笑いだが、それでもさっきまでの殺伐とした空気が消えていた。




「大浦は改善案ある?」


鳥居さんはクラスで友達と話している時と同じようなテンションで尋ねてきた。

それについてもだが、僕の名前を覚えていることに驚きを覚えた。



「昼寝休憩を取り入れたいです」


「なにそれ(笑) まぁ、なんかあんたのイメージ通りだけどさっ」


放課後に鳥居さんから「キモ」と言われたことがフラッシュバックする。

僕らしいと言うと、キモイ案なのかもしれない。


咄嗟に出した案だが、ストレスの溜まる学校で負の感情をリセットする時間が欲しいのは事実だ。

嫌なことがあったら寝るのが一番だからな。



「すみません。やっぱりキモいですよね……」


「あー、いやぁ、気にしてたんだ」


「……」


気にしていると答えずらかったので無言になった。

すると、鳥居さんから意外な言葉が出てきた。


「大浦があたしと一緒に生徒会補佐をやるのが嫌だみたいな、軽蔑してくるような目線に感じたんだよね……。だから、反射的に言い返さなきゃと思っちゃだんだ。いや、すごい被害妄想だよね」


「そんなことは……」


そんなことは”無い”と言いきれなかった。

なぜなら、実際にカースト上位の人と関わりたくないと思っていたからだ。

僕こそ勝手に被害者面し、鳥居さんを拒絶するような行動を取っていたのかもしれない。



「すみません。カースト上位の人は苦手で……避ける癖があるんです」


「変な癖(笑)でも、その気持ちは分からなくもないからさ」


鳥居さんにも何かあったんだろうか。

でも、僕はそれを聞けるような立場ではないので深堀はしなかった。



「あと、”人”そのものが苦手です」


また鳥居さんに不快な思いをさせないように前もって自己申告をした。

それを聞くと「フフフッ」と笑い飛ばされてしまった。



「大浦のこと、少し理解した気がする。これからはあんたの行動は勘違いしないけど、他の人はどう感じるか分からないよ?」


「なので、極力関わらないように対策しています」


「いやいや、そうじゃないでしょ(笑)」


僕の最善策が鳥居さんに否定された。

摩擦は触れ合うから起こるように、人同士が接触しなければ軋轢は生まれないだろう。

違うのか?



「誰かと仲良くなろう、という発想は無いの?」



鳥居さんの発言に対し、中学時代のことが引っ掛かり黙り込んでしまった。




「分かった、あたしが何とかしてみる! 同じ生徒会補佐のよしみだしさっ。それに……。いや、今はいいか。」



最後に何か言いかけたのも気になるが、それよりも”何とかしてみる”と言いきられてしまった。

僕の人間関係に変化が訪れるのは怖い。

悪い方に進むくらいなら、最初から何も無いままの方がマシだからだ。



でも、僕が断る隙もなく鳥居さんは話をどんどん進めていった。

というか、鳥井さんの人柄は想像していたイメージと違ったな。



その後も”改善案”についてではなく、鳥居さんの人との距離の詰め方講座が下校時刻まで続いた。

そして、帰り際に無理難題を突き付けられた。



「明日から、登校したらあたしに挨拶しなさいよ?」



平民が貴族に話しかけるなんてことは考えられない。

しかも、他の人が見ている前でだ。



「もし、挨拶しなかったら……あたしからしつこく話しかけるから!」



僕の考えが見通され、退路を塞がれてしまった。

波風の無い日常は今日で終わってしまった……。




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