3話 接近



「あお~、花ちゃん迎えに来たわよ!」

母親が1階の玄関から大きな声で僕のことを呼んでいる。

今日は出席日数を稼ぐ日なので、すでに起きている。


高校の190〜209日くらいある総登校数の3分の2である127〜133日くらいは出席しないと進級できない。

なので、ギリギリ進級できる日数を計算して最低限の登校で済ませている。

テストで上位30番目以内に入っている限り、母親は認めてくれているので勉強だけは中学同様キッチリとこなしている。


「アオ、迎えにきちゃった」

ノックもせずにズケズケと僕の部屋に幼稚園からの幼馴染の花が入ってきた。

僕が中学で虐めに合うまでは”花”と呼んでいた。

だが、訳あって今は会話をするときは敬語を使い、呼び方は”筒井さん”と他所よそしくしている。


「いや、来なくていいです」


「ダメっ、ワタシが来ないと学校に行かないでしょ」


「今日は行こうと思っていました」


「なら丁度良かった。早く準備してね、下で待っているから」


「いえ、僕は独りで登校するので筒井さんは先に行ってください」

高校に入ってからの花は、また接触するようになってきた。

だが、僕はそれを突き放すように距離を取っている。

もう、中学までの関係には戻れない。

それを花の方も感じ取っており、僕が他人行儀な態度をとると悲しい表情をする。

でも、僕はそれに気づかないフリをする。




「ねぇ、昨日はYouTube何か見たの?」


「いえ、何も」


「そういえば、今日の数学のテストの勉強した?」


「はい」

こんなに素っ気ない態度をとっても花はあきらめずに話しかけてくる。

中学時代に僕から離れた罪悪感からだろうか。

でも、それは僕がそう望んで仕向けたことだから気にすることはないのに。


「筒井さんは僕と一緒に登校しない方がいい。こんなところをクラスメイトに見られたら浮きますよ?」


僕からの警告を聞いた花はさっきまでの明るい雰囲気から一転し、悔しそうな表情をする。

そして、僕にだけ聞こえる声でボソっとつぶやく。



「なにそれ」



それからはお互いに一言も何もしゃべらなかった。

なのに、お互いの距離は近いまま校門まで100mくらいのところに到着する。


「ここからは先に行ってください。一緒に登校したと思われないように時間をおいてから行きますので」

花に伝えてその場に立ち止まる。

そして、ポケットからスマホを取り出して『シーマ』を開く。



『シーマ』に通知が1件来ていた。

昨日、数時間で意気投合したララルさんからのメッセージだった。



『アオト君、おはよう~!!』

間違って『シーマ』に本名で登録してしまったので、ララルさんからはアオト君と呼ばれている。


僕の過去を知らない人に親しそうに名前で呼ばれるのは心地が良い。

今日は朝から花とぎこちない雰囲気だったから、一気に気分が晴れやかになった。

まぁ、最悪なムードにしたのは僕なので自業自得だが。

でも、花のためには一刻も早く僕から離れさせるべきなんだ。

なんとしても花から嫌われないとな。


『ララル、おはよう。また、メッセージをくれて嬉しい』

メッセージではリアルの僕とは違う言葉使いになる。

まさかララルは本当の僕が卑屈な人間だと思いもしないだろう。

でも、絶対に相手の個人情報は知りえないのでバレる心配はいらないか。


『今日はアニメで出てきたパイン入りのゴーヤチャンプルを作ったんだ~』

メッセージと一緒に美味しそうなゴーヤチャンプルの写真が送られてくる。


『パインは炒め物に合うの? 料理しない僕からすると変な感じなんだけど』


『めちゃくちゃ合う! これは昨日の夜作ったんだけど、好きすぎて今日の弁当にも入れてるんだ~』


『いや~、食べてみないと信じれないw 昼にパイン入りゴーヤチャンプルを弁当に入れているのはララルだけじゃない?』


『そうかも(笑)』



親しい他人の関係がこんなにも気楽で楽しいものだとは思わなかった。

だから、周囲に気を配るのを忘れて二ヤついてしまっていた。


「アオ、昨日からスマホを見ながらニヤニヤしていると思ったら、こんなことをやってんだ」

花の冷めた声でスマホから現実に意識が戻る。



「あれ、花は学校に行ったんじゃ……」

急に声を掛けられたので、中学時代のように気さくな態度で話しかけてしまった。

気づいた時にはすでに遅く、花は嬉しそうな表情を見せつけてくる。


「なんか、久しぶりにアオに会った気がする」


「乱暴な言葉遣いをしてしまい、申し訳ございません。それよりも、早く登校した方が良いと思いますよ?」

表面上は冷静さを取り繕って、いつも通りの他所よそしい態度に戻した。

だが、心臓はバクバクしている。


「ふーん。まぁ、今日は気分が良いから先に学校に行ってあげる」




次は花が居なくなったことを確認してからスマホを弄る。

そして、時間差を作るまでの時間潰しとして再び『シーマ』に熱中する。







(さっき、アオのスマホ画面を覗き込んだ時『シーマ』をやっているのは驚いたな)

(あたしも『シーマ』をダウンロードしてアオと繋がりたいな)

(そして、またあの頃みたいな関係に……)






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