第2話:廃部から逃れる方法

 「えぇぇぇぇぇぇぇえええ⁉︎」


 鳴岡先生から恐怖の宣告を受けて。


 数秒のタイムラグの後、話を飲み込んだ俺は今年イチの咆哮を繰り出した。


 あまりの声量に先生から「うるさい黙れ」とか言われた気がするが、そんなもの処理できる余地はない。


 ……つーかなんだようちの部が廃部って。聞いてねぇぞ。


 「ええええ、ちょ、な、なんでですか⁈」


 吃りまくりながらも問いただすと、鳴岡先生は髪を靡かせ冷静に受け答える。


 「部員は1人のみ。しかも大した活動もしていない同好会に部室を貸し出す義理なんて学校側にはないだろ? スペースの無駄だしな」


 ……無駄っておい。


 「い、いやいや、か、活動ちゃんとしてますし、むむむ無駄じゃないですよ! ほ、ほらっ! と、当の本人である俺が言ってるんですから‼︎」


 「……では葛岡。貴様が毎月書いている活動報告書、先月のタイトルはなんだったかね」

 「な、なんでいきなりそんなことを」

 「いいから」


 ギロリと視線一閃を繰り出す鳴岡先生に思わず怯む。泣く子も黙る視線。従うほかない。


 えーっと、先月は確か……。


 「《効率化に逆行する高校生の生態》だった気が」

 「どんなことを書いたか、言ってみたまえ」


 「……効率化の時代であるこのご時世に今どきの高校生は友達とかいう効率の悪い存在に依存しているから時代遅れゆえに負け組であって、友達に依存しようのないぼっちは効率的だから逆説的に時代の最先端を行く勝ち組だ……的なことを書いたと思います」


 「そうだな。貴様の良く分からん理論はさておき、確かに効率的であることは現代社会において大切だ。これからの社会を生き抜くためには必要なことに違いない。

 ……それで貴様に問うが、およそ教室の半分の広さを部員1人で、しかも生産性なしに占有している部活を、貴様は胸を張って効率的だと言えるかね」


 「ま、まぁ……そ、そもそも学校自体が効率的じゃないんで! マイナスにマイナス掛けたらプラスですし逆に効率的かと!」


 「こじつけにも程がある。捻くれすぎだ」


 呆れられた。それもものすんごく。しかし捻くれてるって……いやいや、俺めちゃくちゃ真っ直ぐでしょ。捻くれてるのはむしろ先生の方だ。


 「というかそもそもだな、部室をプライベートスペースとして活用している時点で教師陣の癪に障っているんだ」


 ……なんでバレてんだよ。


 「新入生歓迎会の部活紹介をパスしている時点で貴様の浅はかな考えは見え見えだ。それでいて教師陣にその目論見がバレないと思っている貴様はつくづく愚かで浅はかで軽率だと思うよ。貴様に私の話が理解できる知能程度にないのも頷ける」


 「くっ……なんも反論できねぇ……」


 まさか俺の崇高な目論見がバレているとは……しかし認めざるを得ない。



 うちの高校は生徒会と学校の許可が下りれば、たとえ部員が1人だけでも同好会を創ることができる。


 普通の部活と違うのは4点。部員が4人未満な点、部費が出ない点、顧問がつかない点、そして月に1回、活動報告書の作成が義務付けられている点だ。


 人もいねぇ、金もねぇ、あるのはダルい書類作成。


 まぁ、要するに同好会は色々面倒なので、余程のことがなければ同好会を創ろうなんて発想に至る白鷺台生はいないってことだ。


 ……だが逆説的に。


 その面倒さえ対価として支払えば、学校という負け組臭い多数派の箱庭の中に少数派を確約してくれる空間、つまりはプライベートスペースを持つことができるとも考えられる。


 学校にプライベートスペースを持っておくメリットは計り知れない。プライベートスペースを持っていれば、例えば昼休みの動物園化した教室で周りから睨まれることなく弁当を食べることだってできるし、テスト前に激混みになる自習室を利用する必要性もない。


 つーか何より、プライベートスペースを持つことのデメリットがないことが一番のメリットだろう。



 そういったところに魅力を感じて俺は同好会を創設したんだが……うぅむ、部活紹介をパスしたのが裏目に出たか。


 「とにかく、研究同好会の廃部が検討されているのは事実だ。検討されている以上、近いうちに廃部になるのは免れられないだろう」


 「いや、ちょっとそれは困るんですけど」


 具体的には大衆と騒音と鋭い視線とが溢れる空間で休み時間を過ごさなきゃいけないのが困る。


 まぁそれは最悪どうとでもなるにしろ、自分が作り上げてきた楽園が奪われるのは決して気分の良いものではない。搾取されるのはいつだって負け組の人間だからな。


 唐突に降ってきた、文字通り自分の居場所が奪われるという厄災。廃部から逃れる手段はないものかと思考を巡らせていると、温情が働いたのか、意外にも鳴岡先生は教師としての一面を垣間見せた。


 「だが、腐っても私は教師だ。貴様のような捻くれ者であれ、なるべく生徒の希望というのは押し通してやりたい。……そこで葛岡、取引だ」

 「はぁ、取引ですか」


 なんか怪しいヤク物が絡んだ物騒なものにしか聞こえないんだけど。法で罰せられたりしないでしょうね?


 しかしまぁ、廃部は避けねばならない事案でもあるので続きを促す。


 「で、なんですか取引ってのは」

 「取引は簡単だ。神崎の生徒手帳を届けてくれるのならば、貴様の研究同好会を廃部させないように最大限の助力をしてくれよう」


 結局神崎の生徒手帳を届けなきゃいけない羽目になるのかよ……。


 「ちなみに断ったら?」

 「断った際には同好会もろとも貴様の存在をこの世から消し去る」


 ニンマリと笑みを浮かべながら物騒なことを言ってのける鳴岡先生。


 ……こういう脅しって普通冗談に聞こえるでしょ? でもこの人マジなんだよ。あったまおっかしいって。


 「貴様にとって悪い話じゃないと思うが、どうだ? もっとも、貴様に選択権なんぞあってないようなものだと思うが」


 たかが生徒手帳をなぜここまで俺に固持して届けさせようとするのかは些か疑念を抱かざるを得ないが……とはいえこの人の言う通り、俺には選択権がない。

 

 そもそも断った時点で存在自体を消される可能性があるのだ。この人ならやりかねないし、どんだけ低く見積もっても半殺しどころか10分の9殺しくらいは確定だろう。


 背に腹はかえられぬ。不覚だが言いなりになっておこう。


 「……届けるだけ、ですからね?」

 「うむ。苦しゅうない」


 合意の言葉を引き出した鳴岡先生は満足気にそう言うと、「ではこれ」と、神崎の生徒手帳を手渡してきた。


 「住所は生徒手帳に書いてあるから携帯のマップででも調べたまえ。交通費は後で払ってやるが……手持ちは足りるか?」


 なるほど、交通費の支給はあるのか。


 ……なら。


 「タクシー使うので諭吉ください」

 「心配は要らなさそうだな」


 ……結構大マジだったんだが。


 でもまぁ昨日英世を2枚財布に特殊召喚しておいたから交通費には困らないだろう。後から回収すれば良い。


 「では、後は頼んだぞ」

 「先生こそ廃部の件、マジで頼みますよ?」

 「ふっ、案ずるな葛岡。任せたまえ」


 そう言うと、討ち入りを終えた鳴岡先生は手柄を片手に機嫌良くさっさと撤退していった。

 やけにニコニコしていたのがなんとなく負けフラグにしか見えなくて不安だが……機嫌良ければ表情筋も緩むか。きっと俺の杞憂だ。そう信じたい。



 鳴岡先生の背中を見送って。


 「……さて、帰るか」


 サッカー部の掛け声はいつの間にか止み、部室には嵐が去った後のような静けさだけが残されていた。


 チラッと腕時計を見る。時刻は午後3時56分に差し掛かろうとしていた。


 「っ⁉︎ やっべ、乗り遅れる!」


 急いでラノベを鞄に仕舞い、俺はスクールバスに駆け込んだ。

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