1章:平和な日常は、決まって唐突に崩壊する。

第1話:理不尽教師と廃部の危機

 広々としたキャンパスにパールホワイトを基調とした優雅な学び舎、生い茂る自然、そして充実した施設や設備。


 ここは私立白鷺台しらさぎだい高等学校──文武両道を校風とする、県内私立御三家の一角にも数えられる進学校──俺が通っている高校だ。


 その高校の本校舎から道路を1本挟んだ場所に存在する、図書館の一室。《準備室1》とだけ書かれたその部屋が、俺の所属する……いや、俺の占有する《研究同好会》の部室である。



 その部室にて。



 「──というわけで、葛岡。お前がこれを持ってけ。分かったな?」

 「いや、まったく意味が分かんないですけど」


 俺はなぜか立たされ、尋問を受けていた。


 慎ましくも優雅な1人だけの放課後。予定では苦いコーヒーで舌を虐めながら甘いラブコメで癒されるはずだったのだが、唐突の討ち入りで見るも無惨に破壊された格好だ。


 「意味が分からないとは……貴様の理解力は皆無か?」


 と、眼前で不愉快そうに座る女教師は我が担任の鳴岡優希、化学担当の教諭だ。

 整った顔立ちは大人美人と呼ぶに相応しく、立派なおもちをお持ちになられているのに全体的に華奢な体躯など、外見的には良い意味で無双している先生だが、見た目に騙されてはいけない。内面は悪い意味で無双している。


 先生を一言で表すならば、横暴。もうマジでとにかく横暴。横暴すぎて俺が毎年記している《絶対に許さないリスト》で年度大賞を受賞したくらいだ。


 ……ちなみに、今年もしっかりノミネートされている。今の所2連覇濃厚だ。


 そんな鳴岡先生が俺にしてきた依頼が理路整然としているわけがない。


 「すみません、もう1回お願いできます?」

 「貴様の理解力は皆無なのか?」

 「そっちじゃなくて……。俺に何しろって?」

 「ああ、そっちか。とりあえず貴様は神崎の生徒手帳を家まで届けに行きたまえ」

 「………………」


 ……やっぱり意味が分からん。なんでよりにもよってクラス内カーストでド底辺の俺がクラス内カースト上位の奴の生徒手帳を家まで届けに行かなきゃいけないのか。



 この人が俺に頼んできていること──それは今日風邪で学校を休んだ、同じクラスの神崎藍という女子生徒の生徒手帳を家まで届けることである。


 うちの高校では生徒が学校を欠席する場合、電話での連絡と共に生徒手帳の提出が義務となっている。小学生が学校を休む時に、近所の友達に頼んで連絡帳を持って行ってもらう風習と同じものだと考えてくれれば正解だ。


 そうして届けられた生徒手帳は、当然ながら休んだ生徒の家へ戻されなければならない。そして生徒手帳というのは個人情報の塊であるゆえ、学校のルールで当日中に戻されなければならないことになっている。基本的には生徒に頼んで届けてもらうことが多い。


 その運搬係として鳴岡先生が白羽の矢を立てたのがなぜかこの俺、というのが今現在の状況である。

 

 なんら難しくない、ただ生徒手帳を休んだ生徒の元に届けるだけのタスク。

 だが、最初に言った通り、全く意味が分からないのだ。俺がこの生徒手帳を届けなければならない理由そのものが。



 意味が分からない理由を2本立てで説明しておこう。



 まず1つ。俺はこの神崎藍とかいう生徒とは恋人同士どころか友達でもないし、かといって別に近所というほど近くもない。


 小学校の連絡帳がそうであったように、普通こういうのは近所の友達が持って行くのが定跡のはずだ。

 

 さすがに学区が関係ない高校ともなれば近所の友達がいないのは致し方ないとして、友達ですらない、かといって近所ってほど近くもない俺が届けに行くというのはちゃんちゃらおかしな話である。



 そして2つ。俺とこの生徒手帳の持ち主・神崎藍との間には、ちょっとした因縁がある。


 神崎藍。朝ドラ女優をも凌ぐほどの圧倒的な透明感と顔面偏差値に加え、ゆるっとふわっとした雰囲気で学年でも男子人気が高い美少女なのだが……実は俺、こいつの左隣の席なのだ。

 


 ……左隣だからなんだよって感じかもしれないが、これがかなり厄介。



 というのも、考えることと言えば可愛い子との不純異性恋愛しかないクラスの男どもにとって、神崎藍という超絶美少女の隣の席というのは特等席に他ならない。


 そんな特待席に、例えばクラスカーストで上位にいる奴らとか、あるいはクラスのイケメン君とかが座ることになるんだったらまだ茶化される程度で済んだんだろう。


 が、座ることになったのがいかんせんクラスカースト底辺も底辺、しかもお世辞にも容姿が極めて凡庸の俺だ。他の男子が憎まないわけがない。

 

 それゆえ、俺は新クラスが指導して以降、理不尽にも嫉妬、怨念、殺気に満ちた視線に日々晒されているのだ。もうマジで理不尽すぎる。「お、俺ってクラスから嫌われれているんだろうな……」とか思わない日がない。


 べ、別に敗者から嫌われるのも勝者の役割だから構わないけどねっ!


 ……そんな俺が生徒手帳を届けに行くためとはいえ、仮にも神崎の家に行ったことが奴らにバレてみろ。少なく見積もっても半殺しは確定だ。



 まぁとにかく、俺は神崎の生徒手帳を届ける役割には明らかに不適切な人種ってわけですよ。


 ジト目で鳴岡先生を見据えながら、俺は問いただす。


 「あのー、もっと他にいますよね。俺以外の適任者が」

 「いない」

 「なんでですか。絶対いるでしょ」

 「いたら貴様になど頼まん」


 そりゃ正論だが……いやしかし納得いかん。


 だってこの学年400人も生徒がいるんだぞ? 俺と神崎を除いた他398人を差し置いてこの俺がチョイスされるのは明らかおかしい。絶対俺以外にいるって。


 この人は横暴な人種だ。テキトーに理由をでっち上げて俺を苦しめたいだけに違いない。


 そうと分かればなんのことはない。叩けば埃は出てくるはずだ。


 「今日持ってきてくれた人は?」


 「4組の宮代だな。確か彼女はこの後陸上部の遠征に行くから届けられないと言っていたな」


 「家が近所の人は?」


 「残念ながら宮代以外近所ってほど近い生徒がいないな」


 「じゃあ神崎のお友達は?」


 「2組の四宮に3組の六反、それから6組の八坂に10組の九十九つくもにも聞いたんだが……全部ダメでな」


 「……そんな奴学校にいましたっけ?」


 「いない」


 「いねぇのかよ!」


 「うるさい黙れ」


 「なぜキレられた⁈」


 理不尽すぎるぞおい……。


 分かってはいたがやはりこの人は横暴だった。テキトーなこと言って俺を苦しめようとするとか、教育者として最低ランクすぎる……。


 そんな人の話を聞く義理なんて……いや、そもそもぼっちの俺が赤の他人の為に一役買って出なきゃいけない義理なんていったいどこにあるのだろうか。


 否、あるわけがない。


 なので俺は深くため息をついた後、キッパリ断ってやることにした。


 「とにかく俺は無理です。他がいないならなんとか誤魔化してください」


 なんのことはない。悪いのはどっからどう見たって俺ではなく、テキトーな理由つけて俺をキャスティングした鳴岡先生だ。


 「むぅ、そうか。それでも断るか。……なら、まぁ仕方ない」


 さすがの鳴岡先生も分が悪かったのか、諦めてくれたようだ。良かった。


 ふと、校庭からサッカー部のウォーミングアップの掛け声が耳に入る。白鷺台にとってこの声は午後3時50分を知らせる時報だ。


 帰りのスクールバスの発車まで残り10分。今日は午後6時くらいまでラノベに読みふけていたかったが、こんなことがあった手前だ。今日は帰るのが得策だろう。


 急いでブラックコーヒーを胃に流し込み、荷物をまとめる。


 「じゃあ俺帰るんで。戸締りお願いしますよ」


 一言掛けて帰路に就こうとして──刹那、鳴岡先生が「あぁそういえば」と口を開いた。



 「そういえば葛岡。ここ、研究同好会の部室だったな」

 「えっ、何ですかいきな──まぁ、そうですけど」


 いきなりなんの話だ、早く帰りたいんだが、とは思いつつも、話しかけられた以上無視するのも失礼だ。それとなく反応しておく。


 「それがどうかしたんですか?」

 「ここの部活、潰れるらしいぞ」

 「へぇ、そうなんすか。そりゃ大変っすね。じゃあさよな────えっ?」


 扉に手を掛けたところで、俺は思わずフリーズした。



 ……なんか今、とんでもないことを口走っていなかったかこの人。潰れるとかなんとか言ってたが、俺の聞き間違えだよな?



 ……ね、念の為確認しておくか。



 「えーっと、つかぬことをお聞きしますけど、今、なんて?」

 「だから、貴様の部活、廃部になるらしいぞ」


 ……どうやら聞き間違えじゃなかったっぽいっす。




 マジっすか、鳴岡先生。

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