第3話:バレなきゃラブコメのきっかけにはならない
スクールバスと電車を乗り継ぎ、さらに最寄り駅から歩くこと30分。ネット検索エンジン《グーゴル》先生の案内のもと、ようやく指定された場所に到着した。
グーゴル先生によって誘われたのは、ごく普通の団地だった。辺りには結構ボロ……どこか昭和って感じの住宅が並んでおり、茜色の空模様もあってか、どこか古き良き趣を感じる。
その団地の中でも一際異彩を放っている、俺の眼前にある木造平家。
ここが神崎の家らしい……の、だが。
「お、おんぼろ過ぎるだろ……」
外壁は
人というよりもののけの類いが住み憑いていそうな廃墟が、そこにはあった。
「………………」
神崎といえばとんでもない顔面偏差値に透明感。容姿にはただ1つの欠点もなく、それはまさしく天衣無縫。てっきり御伽話に出てくるようなお城とかに住んでいると思っていたが、結構意外だ。
……つーかこいつの家、貧乏だったのかよ。
「いやいや、んなことはどうだっていいんだよ」
目的を見失ってはいけない。問題はむしろこっちだ。
俺はズボンのポッケから件のブツを取り出す。
「さて、こいつをどうするかだが」
俺が今回ここに来たのは言わずもがな、この生徒手帳を届ける為だ。
だからどうするもなにもこれを神崎に届ければ良いわけ、なんだが。
「問題は《届け方》なんだよな……」
普通はチャイムを鳴らして渡すのが定跡だろうが、それはぼっちとして生きんとする俺としてはどうしても避けねばならない。
理由は単純明快。ラブコメが始まる恐れがあるから。
自意識過剰と言ってしまえばそれまでだが、それでも《風邪をひいた女の子の為に男子がわざわざ家まで馳せ参じた》というシチュエーションは、ラブコメが始まるきっかけに大いになり得る。
少なくとも俺が読んできたラノベの世界線であればそうなっていたし、現実世界だとしても興味を惹くには十分すぎる。
そういったラブコメの発端となる可能性がある選択は俺的にノー。忌避たる事案だ。
「なにか良い考えがないもんかね……」
神崎宅をぐるっと見渡す。
すると俺はあるものに目が留まった。
「……ポストだ」
目に留まったのは、玄関の下腹部についている銀色の投入口。
……そうだ、これなら神崎とも接触しないからラブコメのきっかけにはならない。
生徒手帳を家に届けるというタスクの遂行にも問題ないし、まさしく一石二鳥だ。
思い至ればあとは行動するのみ。そう思って一歩を踏み出す俺。
──これが迂闊だった。
思いのほか軽快なステップを踏んだのか、刹那、俺の右手からスルリと生徒手帳が抜け落ちる。
自然、パサリと音を立てて地面に落ちる神崎の生徒手帳。
「────っ⁉︎」
そして俺はそれを拾おうとして、見てしまったのだ──1枚の写真を。
拾った写真に写っていたのは、サッカー部のユニフォームを着た1人の男子生徒の姿。
その男子生徒の姿に、俺は見覚えがあった。
「神村……球尊……」
成績優秀でスポーツ万能。名前の如く甘いマスクを持ち、陶器のような色白の肌と緩くパーマの掛かった茶髪も相まって、そのルックスは御伽話に出てくる王子様を連想させる。
当然ながら学年の女子からはモテモテで、クラス内カーストも当然頂点。だが、それでいてイヤミな優等生でもない完璧超人──
いくら他人に興味がない俺とはいえ、こんな有名人が同じクラスにいたら嫌でも記憶してしまう。
そんな神村の写真が神崎の生徒手帳から飛び出てきたということは……それはもう、そういうことだよな……。
「参ったな……神崎って神村のことが好きなのか……」
思わず額に手を当てる俺。
ちなみに勘違いして欲しくないんだが、別に俺は神崎の好きな人が自分じゃないことにショックを受けているわけではない。
そもそも俺には好きな人がいないし、恋愛にも興味はない。
ただ、他人の秘密を知ってしまったこの状況そのものが、ラブコメが始まるのに十分過ぎるイベントだ。
具体的に言えば「私の好きな人バラさないでよね⁈」とか言われてつきまとわれ、なんか分かんないけど最終的にキャピってるラブコメの定番イベント。
だいたいその流れで主人公がハーレムルートに進むのでぼっちとかありゃしない。
「くっそ、まずっ……いや、まだ大丈夫なはずだ」
一瞬絶望しかけて、すぐに希望を見出す俺。
……そうだ、冷静に大局を
要はこの写真を見たことが神崎にバレなければいいのだ。そうすれば俺が神崎に無駄に絡まれ、最終的にクラスの男子どもから半殺しにされるなんていうバッドエンドからも逃れられる。
……いわゆる《バレなきゃ犯罪じゃない理論》ってやつだ。何が犯罪なのかは知らんけど。
生徒手帳のどこのページに写真が挟んでいたかなんて普通は覚えているはずがない。
なので俺はテキトーなページに神村の写真を挟み、神崎の生徒手帳をポストに投函する。
「……これでよし。うん、帰ろう」
そのまま俺は犯行現場から逃げる犯人のように、そそくさと帰路に着いた。
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