第29話:ラブコメプロデューサー葛岡

 イベントブースに到着し、待機列の最後尾に並ぶ俺たち一行。

 そこそこの列の長さだったが、フェイスペイント体験会っつったって言ってしまえばシールを顔に貼るだけのイベントだ。わりとスムーズに人がはけていく。


 先頭の方へ近づいていくと、受付の若そうなお姉さんが声を掛けて来た。


 「お客様、何名様でいらっしゃいますか?」


 どうやら1人ずつではなくグループ単位でブースに案内するらしい。

 俺クラスのぼっちになるとこういうイベントにも1人で参戦できちゃうが、イベントはグループでの参加が一般的だ。まとめて案内した方が効率良いっていう考えなのだろう。


 こういう効率の良さは嫌いじゃない。……まぁ、俺をぼっちとして別対応してくれるとなおポイント高いんだけどな。


 「5人でーす」


 代表して嵯峨山が人数を伝えると、受付の若そうなお姉さんは「かしこまりました」と笑顔で頷く。

 さすがに忙しかったか、俺のことをぼっちだとは見抜けなかったらしいが、ベッタリと神崎に憑かれてしまっては無理もない。


 ……良い加減に離れてくんねぇかなこいつ。


 数取器を5回ほどカチカチし、手に持っていたクリップボードにメモを書き込むお姉さん。おそらくはイベント参加者とその客層を記録しているのだろう。休日からお仕事、マジでお疲れ様です。


 ……で、なんでこの人はこっちをジーッと見てくるのか。


 「ねぇ葛岡君、なんであの人こっち見てくるの?」


 神崎もその視線に気づいたらしい、囁き声で俺に聞いてくる。


 そんなん俺に聞かれても困るんだが……分からないのでとりあえずテキトーに流しておいた。


 「さぁ、お前の顔になんかついてんじゃねぇの?」

 「えっ? 嘘? 愛嬌と可愛さ以外に何かついてる?」

 「……うっざ、逝ね」


 到底出てこないであろう最大級の罵詈雑言を脊髄反射の要領で出させてしまうくらいにウザかった。

 しかも間違いだと否定できないところがさらにウザい。

 しかもしかも、こういった罵詈雑言を放てば「蹴り殺すよ?」とマジの顔して脅迫してくるところがさらにさらにウザい。


 「やー、それなら仕方ないなぁ!」


 しかし、今回ばかりは褒め言葉と受け取ったらしい、機嫌が良くなる神崎。


 「ちょっと声かけてみよっかな」


 小さく呟くと、神崎は俺の背中にへばりついたまま、こちらを見つめる受付のお姉さんに声を掛ける。


 「あのー、どうかしましたか?」


 すると、上がったテンションを無理やり抑えたような上擦ったで、受付のお姉さん。


 「つ、つかぬことをお聞きしますが……もしかしてお二方、付き合っておられますか?」

 「「は?」」


 神崎の機嫌が一瞬で悪くなった。いやしかし神崎の気持ちは十二分に理解できる。

 俺だってお前と付き合っていると勘違いされてうっかり右ストレートをお見舞いするところだった。


 つーかそもそも、どうして俺と神崎が付き合っているなんていう勘違いをするんだ。誰がどう見たって俺と神崎とでは格が違うだろ。……さすがに俺に失礼だゾ☆


 無意識のうちに俺は反論を始めていた

 「そんなわけないじゃないですか。俺が彼女を必要としている貧相な人間に見えるんだったら、お姉さんの目は節穴にも程がありますよ」


 「いや、でもお二人とも──」


 「いいですか? 俺みたいな高貴で崇高で崇拝なる人間に彼女なんていらないんです。作るだけ時間の無駄、枷です枷」


 だいたい、彼氏彼女の関係なんて面倒なこと甚だしい。


 だって記念日とか誕生日とか絶対に盛大に祝わないといけないし、いちいち相談に乗らないといけないし、あまつさえ「女の子はデートの準備で服とかでお金掛かるから彼氏が奢るべき!」なんて言い出す人もいるし。


 いやいや、別に服とかお金かけなくて良いから。……なんだったら丸裸で来てもらっても良いんやで?


 とか思っちゃう俺は正論ど真ん中であって断じて変態ではない。


 ごほんっ。


 とにかく、神崎と付き合っているなんて誤解をされてはたまったもんじゃない。最後にダメ押しの一言を付け加えておこう。


 「それに、万が一作ったとしてもこんな奴を彼女にすることなんてあり得ません」


 これで完璧、しょうもない誤解も完璧に解けるはずだ。


 「え、ちょっと待って。なんで私、勝手にクズ岡君に振られてるの?」


 ……なんかめんどくさいこと言ってきやがったよ、こいつ。


 俺の背後、神崎が不機嫌オーラ全開で俺に捲し立ててくる。


 「君が私に勝っているところなんてないんだから普通は私が振る側じゃないかな。なんでクズ岡君が主導権を握っているのかな。

 ……というかクズ岡君、私に向かって『こんな奴』ってどういうことかな。非常に気に食わないんだけど。蹴り殺すよ?」


 「蹴り殺すってちょ、おまっ、痛っ! 分かった分かった! 降参降参っ‼︎」


 言いながら、神崎がモモカンをお見舞いしてくるのが何よりの付き合っていない証拠ではないだろうか……。


 「す、すみません……付き合っていないことはよく分かりました……」


 この身を、いやこの右足を犠牲にした証明が功を奏したのか、若干引き攣った顔をしながらではあるが分かってくれたらしい。……安いもんさ、脚の1本くらい。


 しかし一体なんでそんなことを聞いてきたのだろうか。


 原宿とか渋谷とかの街頭インタビューなら分かるのだが……気になったので一応聞いておこう。


 「と、ところで、なんでいきなり俺とこいつが付き合っているかなんて聞いたんですか?」


 聞くと、受付のお姉さんは真面目な表情をしてその理由を語る。


 「実は来月発行の広報誌に学生カップルの写真を載せたいと思っていまして、学生カップルの方々を見つけ次第お声掛けさせていただいているのです」


 学生の集客をさらに高めようという狙いで、とさらに付け加える。


 ……まぁ、それなら話は理解できる。


 確かに学生がサッカー観戦に頻繁に来ているイメージはそんなにない。

 俺みたいな例外を除いて一般の高校生は部活で観戦どころじゃないだろうし、ここの偏見的イメージとも相まって観戦しづらいというのはあるだろう。


 そういったイメージを改革するために観戦に来ていた学生カップルを取り上げるというのは効果的なのかもしれない。


 ……だとしたら。


 「俺とこいつをカップルだと誤認するのはなおさらおかしいと思うんですけど……?」


 人間的な格は俺の方が上だとしても、表面的なところは神崎の方が圧倒的に格上だ。俺と神崎がカップルと間違えられる要素なんてないはずなんだが。


 白い目で問いただすと、顎に手を当てながら、受付のお姉さん。


 「いや、でもあなたの後ろにずっと彼女がべったりしてたから……てっきりそうなのかなと」


 ……なるほど、それが原因で間違えられたのか。


 だったら神崎に原因があるな。


 「おいお前、さっさと俺から離れろ。カップルだと誤解されるだろ」

 「ベ、別にベッタリなんかしてないからっ!」


 言って、ドンッと俺の背中を掌底突きしてくる神崎。


 ……せめて押せよ、何ちゃっかり俺のこと攻撃してんだこいつは。痛ぇじゃねぇか。


 ともあれ、この人が抱えている事情については理解した。


 「と、とにかくっ! 私とクズ岡君は付き合っていませんからっ! だから協力の話はごめんなさい」

 「そうですか、そうですよね……」


 神崎の言葉を聞いて、ガックリと肩を落とす受付のお姉さん。


 程なくして俺たちとお姉さんとの間で生まれる沈黙は、すぐさま重圧へと化し、我が身に迫ってくる。



 刹那、俺は考える。



 ……俺・葛岡一樹はプロのぼっち。いついかなる時も少数派に属し、そのために他人との関係性を極力排斥している人間だ。


 だから、たとえ目の前で他人が困っていたとしても、手を差し伸べることはほとんどない。


 ただ、手を差し伸べる場合もある。たとえば自分が手を差し伸べることで何らかのメリットが生じる場合には、手を差し伸べなくもない。


 実際、神崎の恋愛協力だったり嵯峨山の勉強指南だったりがそうだ。協力するだけの見返りがあったからこそ、俺は協力を拒まなかった。



 なら、今回の場合はどうか。



 答えは──条件付きで是である。



 ただ、協力の是非を判断するには1点だけ情報が足りない。


 俺はそれが満たされるのかどうかを確認すべく、受付のお姉さんから情報を聞き出す。


 「あの、学生カップルを探しているんですよね?」

 「えっ? あ、はい。そうですけど」

 「使うのは写真だけですか? 取材とかはなしって感じですかね」


 聞くと、こくりと頷く受付のお姉さん。


 「そ、そうですね。西側にある芝生の上で宣材写真を撮るだけです」


 ほぉ。写真だけ。……ってことは。


 「ということは、カップルに見える2人なら誰でもいいってことですね?」


 ズバリと俺が切り裂くと、受付のお姉さんは悪そうな笑顔を浮かべて。


 「まぁ、ぶっちゃけそうですね。たかが写真ですし」


 良いのかよ……なんか得体の知れない闇を感じたぞ。この人絶対悪い人だろ。


 と、聞いておきながら少し呆れてしまうが、しかしそれなら俺にとって都合が良い。


 ……だとすると、答えは是だ。


 「えーっと、じゃあ協力しますよ。こいつ、彼女役でお願いします」

 「えっ、良いんですか⁈」


 言うと、一気に顔に活気が宿るお姉さん。


 しかし対照的に、今度は神崎の顔に一気に拒絶の表情が浮かぶ。


 「……ちょっと葛岡君? 私、クズ岡君の恋人役なんて死んでも嫌なんだけど?」


 ……奇遇だな、俺もお前と同意見だ。ただでさえカップルと勘違いされるのは気に食わないんだ。


 それに万が一学校に広報誌が出回ったらこちとら埼玉に居場所がなくなる。少なくともさいたま市と川越市は出禁確定だ。


 ……なんだよそれ、サッカーの試合と菓子屋横丁に行けないとか最悪すぎんだろ。


 だが案ずるなかれ。お前の彼氏役に関しては、俺のマイナス100倍務まる奴がいる。


 「安心しろ。お前が演じるのは俺の彼女役じゃない」


 言って、俺は少し前の方で談笑していたイケメン君の方に視線をやる。




 「お前が演じるのは──神村球尊の彼女役だ」

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