第30話:カップル仮登録完了

 フェイスペイントブースを抜けて、西側の広場。広大な芝生が広がる広場の一角。


 スタジアムをバックに敷かれた赤と黒のチェック柄のレジャーシートの上では、早速クラブの広報誌に掲載するカップル(仮)の写真撮影が行われていた。


 「はーい、もっと笑ってもっと笑って〜!」


 カメラマンのソプラノなディレクションが紅色の西日とともに降り注ぐ。

 その様子を俺と嵯峨山、そして南野は、カメラマンの少し後ろで座りながらボーッと眺めていた。


 俺たち3人が眺める先にはカップル役の神村と神崎。


 共に《神》を苗字に冠しているだけあって、2人とも西日にも負けない神々しさを解き放っていた。


 これがアニメだったら、キラキラとかピカピカとかキャピキャピとか、そんなエフェクトが入っているに違いない。


 「うぅ……ま、眩しい……」


 隣に座っている南野がそんなことを呟く。陰キャにとっては目眩しらしいが、気持ちは分からんでもない。


 「まぁ、あれだけの顔面偏差値だからな。目を背けたくなるのも分かるぞ」

 「に、西日が眩しいだけ……なんだが……?」

 「……はい?」


 何言ってんだこいつ、と思って南野の方に視線をやると、南野は西日の方へと身体を向けつつこちらにジト目を向けていた。


 「……あー、はいはい。そういうことね」


 どうやら2人が解き放つ輝きから目を逸らそうとして反対方向を向いたものの、そっちを向いたら向いたで陽光が差してくるので眩しいらしい。



 ……こいつには目を閉じるっていう考えはなかったのかな? もしかして脳筋?



 「な、なんかムカつく……死ね」

 「はいはいいつか死んでやるから」



 こうして死ぬほどどうでも良い会話をしている間も、神村と神崎の撮影は進んでいく。


 「彼氏さんイイ笑顔っすね〜、彼女さんもっと柔らかいスマイルくださ〜い!」

 「うぇっ⁈ か、かかか、彼女⁈」



 ……しかしあれだな。やっぱり神崎って神村相手に致命的に残念なんだよな。



 あれだけ素材は良いんだからそれなりにちゃんとしてれば神村とて落とせると思うんだが……これじゃあ顔面偏差値の無駄遣いだ。



 ……チッ、けしからん。その顔面偏差値少しくらい俺に分けろ。



 「モテるモテないは何も顔だけじゃないと思いますよ」


 そんなことを心の中でぼやいていたら、南野とは反対側に座っていた嵯峨山から慰めるような口調で言葉を掛けられた。

 毎度のことながら、なんでこいつは俺の心が読めるのか。


 「世の中には美女と野獣カップルだっていますし、私の周りだと性格の良い男子は結構モテますよ。女の子って意外と中身を重視しますから」

 「へぇ、そうなのか。女子って外見より中身を重視すんのか」


 それは初耳学。しかしその理論だと性格天使な俺とかめっちゃモテるはずなんだが……なんでモテないんだろうね。


 べ、別にモテなくて全然良いけどねっ! 振るの面倒だし!


 まぁ、いかんせん今どきのJKが言うことだ。ただのお世辞として受け取っておこう。


 「ちなみにですけど、男の子って見た目と性格どっちを重視するんですか?」

 「見た目」


 即答した。教室観察のプロとして幾多もの男子を観察してきたのでこれには議論の余地がない。


 俺の長年の観察結果を統合するに、男子とは基本的に見てくれに騙されるアホな連中なのだ。外見最強中身最悪な神崎がクラスでチヤホヤされているのが何よりの証左である。


 ……だが悲しきかな、至って普通のことを言っただけなのに、変態と誤解されているばっかりに嵯峨山からは軽蔑的な視線を向けられる。


 「さすがは変態さん……やっぱり外見極振りの判断をするんですね」

 「一般的な男子の話をしただけだっつの。良い加減俺を変態扱いするのやめろ」


 つーか、そろそろ名誉毀損でこいつらを相手取っても良いよな? 


 悪いが嵯峨山、お前の家金持ちらしいから慰謝料はがっぽりもらうぞ。


 「しかし神村さんと神崎さんはかなり絵になりますね」


 裁判までの流れを頭で浮かべていると、一言そう呟いて、嵯峨山は携帯のカメラ機能を開いてレンズを2人に向け始める。


 レンズの先の神村と神崎は、カメラマンの指示で1つのタオルマフラーを2人で掲げさせられている。


 当然ながら神崎は完熟トマトよろしく顔を真っ赤に染め上げ、一方で神村はいつもの甘くて爽やかな笑顔を浮かべている。


 「お似合いですね、あの2人」


 パシャリと2人を写真に収めると、再び嵯峨山が呟く。


 「まぁ、確かにお似合いだな」


 どちらも成績優秀。そして他を凌駕し魅了する容姿。これほどまでに理想的な男女の組み合わせは、少なくとも白鷺台の中では見当たらないだろう。


 「あのお二方はまだ付き合っていないのですか?」

 「付き合ってたら助かるんだけどな」


 ふと嵯峨山がそんなことを聞いてきたので、俺はそんな言葉を返す。


 「助かるって、葛岡さんがですか?」

 「俺もそうだけど、大体の人にとっても助かるだろ」

 「? どうしてです?」

 「どうしてって、そりゃあ高嶺の花同士がくっつけば大体の人は諦めがつくし納得がいくもんだろ」


 と、ここまで聞いても嵯峨山はキョトンとしているので、さらに俺は理論武装を試みる。


 「例えばお前に好きな人……がいるかはさておき、仮にいたとしてだ。その好きな人が学園のマドンナと付き合い始めたとしたら、少なくとも諦めはつくだろ?」

 「まぁ、そうかもしれませんね」

 「だよな。でもじゃあ、言い方は悪いが自分よりも格下のモブキャラで、全然そいつの彼女に相応しくない女が付き合い始めたら、お前は受け入れられるか?」

 「受け入れられ……るとは思いますけど、あまり認めたくはないですね」

 「だろ? つまりはそういうことなんだよ」


 人という生き物は他人の幸せを心から願えない醜い生き物だ。

 特にどこかで自分よりも格下と思っていた人間が自分よりも幸せだと、躍起になってその幸せを奪おうとする。


 本来人の幸せなんてものは他者との相対比較の上に成り立ってはいけないものなのに、だ。


 ただ、悲しいがそれが現実、それが人間の性、長年の歴史で作り上げてきた人間社会の悪しき文化なのだ。


 仲間だと思っていた人に急に裏切られたり、友達だと思っていた人から急にいじめられるようになったりするのも、きっとそこに根元があるのだと俺は思う。


 だからこそ、そんな社会でうまくやっていくには、自らの格や身分階級をわきまえ、それ相応の生活を送ることが必要なんだろう。


 ……まぁ要するに何が言いたいかというと、最大多数の最大幸福を考えれば考えるほど、最上階級にいるこいつら2人は付き合うべきってわけだ。


 ということは逆説的に、付き合っていないこいつらはたくさんの人の幸せを奪っているから大犯罪者まであるな。


 「……むしろ付き合わないことは罪まであるな」

 「葛岡さんの無理矢理なカップリング推しもなかなかに変態で犯罪じみていますけどね」

 「だから俺は変態じゃないっつの」

 「あのお二方の写真、後で一応グループNINEに送っておきますけど、変なことしないでくださいよね?」

 「だから人の話を聞けって」


 ったく、鳴岡先生もそうだが、なんで俺と関わりのある女子ってこんなにも人の話聞かない奴が多いんだ。


 でもまぁいい。なんだかんだで神村と神崎の距離を急接近させるラブコメイベントを引き起こすことができているのだ。

 花火とか海とかそんな立派なものではないにしろ、こいつらに恋人というものを意識づけられたのは成果であろう。


 いずれこいつらには付き合ってもらう。それが神崎との契約であり、俺が再びぼっち生活を送るためのタスクであり、また人生の勝者としての宿命でもある。




 ……ところで、契約とかタスクとか宿命とか、なんで土曜日なのに仕事のこと考えているんだろうね。

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