第28話:世界で1番熱い場所

 彩玉スタジアム2○○2に到着し、チケットブースで人数分のチケットを手に入れて。


 「相変わらずとんでもない人だかりですね……」


 何度かここを訪れたことがあるという嵯峨山が、若干の困惑を浮かべつつそう呟いた。


 とんでもない人だかりと聞いて「盛ってるだろ」と思う人がいるかもしれないが、決してその印象は間違っているものではない。


 ……だって見てみろ。


 俺たちが今いるスタジアム南側の広場は、既にチームカラーの赤・白・黒でその身を纏った人たちで埋め尽くされている。キックオフまでまだ2時間もあるというのに、軒を連ねたキッチンカーには長蛇の列ができているくらいだ。


 いくら集客数が見込めるダービーマッチだとはいえ、日本でこれは異常だ。


 さすが海外のテレビ局が特集した《世界の熱狂的なサッカーファン5選》に選ばれるだけある。


 そんなこともあってか、プロリーグ界隈ではここのサポーターは熱狂的すぎて結構恐れられている。実際、問題行動が他クラブと比べても群を抜いて多いし、実際に協会から喰らった罰金の合計金額はダントツトップだ。


 ちなみにアンチの数もダントツ。ビッグクラブの宿命だ、HAHAHA。


 だが、実際に来てみると分かるもんだが、意外にも実はそんなに恐くない。

 応援を扇動する黒Tにグラサンとルックスが完璧にヤ◯ザな人たちも意外と優しいし、最近では子連れのママさんやJKもかなり見かける。


 世間の偏見と違って、スタジアムは至って平和なのだ。


 つーか第一、南野が平然と歩けている時点でそれはもうキャッホイウハウハな雰囲気と言えるだろう。


 「み、南野さん何してるの?」

 「うぇ? い、いや、あの……め、目瞑って、どこまで歩けるか、チャレンジ……」


 ……いや、これはその、多分例外。南野のコミュ障ぶりを褒めるしかない。

 にしてもさっきから点字ブロックの上ばっかり歩いていたのはそういうことだったのか。


 例外はさておき。


 とにかく全然恐くない。鳴岡先生のほうが余裕で恐いと断言できる。


 その証拠に、最近では恐い要素からかけ離れた、ライト層の人たちも試合を楽しめるイベントだって開催されている。



 たとえばあそこ。



 「葛岡君、あれ何?」

 「ん、……あぁ、あれはフェイスペイント体験会だな」


 フェイスペイント体験会とはその名の通り、顔にシールを貼ることができるイベントだ。洗って落とせる特殊なシールを肌に貼って気軽に応援できるので、ライト層のファンには結構人気である。


 「ほら、よくワールドカップとかで頬に国旗を描いた人とかテレビで見るだろ?」

 「いや、見たことないんだけど」


 キョトンとした表情で言って退ける神崎。


 「えっ、それはさすがに嘘だろ?」

 「だってうちにテレビ買うお金なんてないし」

 「……ソ、ソウナノカ」


 うわーっ、マジ気まじー。ここに来て貧乏地雷踏んじゃったよ。


 しかし何事にも失敗はつきもの。大切なのはチャレンジした後のカバーだ。


 「ま、まぁ……頑張れ」

 「何が? 蹴り殺すよ?」


 ……やめろ神崎。『Sports for Peace! 』だぞ。


 「あっ、フェイスペイント体験会やってるじゃないですか! みんなでやりにいきましょうよ!」


 そんなどうでも良い会話をしている傍ら、嵯峨山もブースの存在に気づいたらしい。にっこにっこにーの笑顔を浮かべながらワゴン車のごとくブースへと駆け抜ける。


 「せっかくだし、僕たちも行ってみよっか」


 言って、その後をゆっくり追い始める神村。


 特に断る理由もなかったので、俺たちも後に続いた。

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