幕間②:ポイ捨ては許せない!

 広く、そして綺麗に整った薄暗い部屋。蒼白に彩られたシンデレラベッドの上。


 現実世界では見たことがない、けれど御伽話の世界では見たことがあるその部屋のベッドの上で、1人の美女がしおらしく寝ている。


 その身に纏っているのは水色のレースでできた、繊細で優美なドレス。豊満というと下品な言い方だが、そのドレスは出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ抜群のスタイルを持つ彼女の美しさを数倍にも引き立てている。並の男なら今すぐにでも犯してしまいかねない妖艶さが、ひしひしと伝わってくる。


 ……まぁ、私なんだけどな。


 そして私の側には1人の男。純白のスーツに身を纏った彼は、先ほどの試合で副審をしていた私のお気に入り。容姿こそ優れていないのかもしれないが、直向きに仕事していたその姿はなんというか……ちょっと可愛いものがあった。


 その彼が、こんなにも美しい私の無防備を前にして、それでも決して刀を抜くことなく、私の寝ているそばで片膝を立て、心配そうにこちらを見つめている。


 水色のドレスを着た、眠りにつく美女と、その側に控える男。それはまさしく、眠れる森の美女、あるいはいばら姫さながらの構図だ。


 つまりはこの後、彼にファーストキスを奪われ、深い眠りから覚め、そして甘いラブロマンスが始まる展開が私には待っている可能性が高い。


 だってそうだろう。寝たこともないシンデレラベッドで着たこともない水色のドレスを着たまま寝ている、なんていうシチュエーションは現実にはそうそうない。


 だとしたら、それは他の誰かによって意図的に引き起こされたと考えるのが自然だろう。

 

 ……まぁ、この状況を意図的に引き起こしているのも、情けないが私なんだけどな。


 なんせこれ、多分今私が見ている夢の中の世界だろうし。現実にはあり得ないシチュエーションが起こるわけだし、自分の姿も第3者視点で見えるわけだ。



 ──ただ、それでも。



 それでも、こんなシチュエーションに巻き込まれたらこんなに幸せなこともないと思う。


 創造世界の話、特に昔から語り継がれる御伽噺のほとんどは、現実世界ではほぼ実現が不可能な人の夢や願望が詰まったものだ。だからこそ物語に惹かれるわけで、人は実現可能性を考慮する脳を持ち合わせても、夢や願望を抱き続けるのだ。


 きっと今、現実世界の私はメインスタンドの席で横になって寝ている。あまり記憶にはないが、あのクソ生意気な葛岡がカルパスで餌付けしてきたところの記憶だけは鮮明にあるので、多分間違いない。


 ……誰か、この私を深い眠りから目覚めさせてくれるキスをくれないだろうか。


 そしてその誰かが、願わくば今日の試合で副審をしていた彼であることを──

 


 「あのー、すみません」


 ──祈っている、と言おうとしたちょうどその時、男の低い声が耳に入ってきた。


 タイミングとしてはこれ以上ないくらいのタイミング。


 ……もしかしてこれ、キタ感じ? しかもこれ、声掛けてきたの副審の彼じゃない?


 「はいっ⁉︎」


 そう思って、ズバッと勢いよく起き上がる私。


 ……だが、現実はいつだって厳しかった。


 声がした方の視線の先、そこにいたのは副審の彼──ではなく、白髪が入り混じった小太りのジジイ。しかも起きていた頃には高く昇っていた太陽も、今や夕日にその姿を変えていた。


 「えーっと、もうとっくに閉場時間過ぎているんですけど。さっさと出てってもらっても良いですか?」


 「……あっ、はい……」


 らしくもなく、言われるがままにゴミを集め、さっさと撤収する私。




 そしてスタンドを出たところで、ふと私は思った。




 ……副審の彼は良いにしても……葛岡の奴、私のこと、ポイ捨てしやがったな?

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