3章:取らぬ狸の皮算用
第15話:負け犬の遠吠え
今更ながらではあるが、俺の通う白鷺台高校は県内でも私立御三家と呼ばれるくらいには偏差値の高い進学校である。
実際、全校生徒のほとんどが大学進学を視野に入れて勉強をしているし、しかも旧帝をはじめとした国公立大学、早慶やSMARTと呼ばれるような難関私立大学にもそこそこの進学実績を誇っている。
が、そうは言っても白鷺台は私立高校だ。特に公立高校大国である埼玉ではいくら御三家に数えられる白鷺台とて、ほとんどの受験生にとっては公立高校に落ちた時の保険に過ぎない。
つまり言い換えれば、白鷺台に通う生徒のほとんどは高校受験で失敗した人間。1度は悔し涙を流した人間たちということになる。
そういうこともあってか、白鷺台には勉強に力を入れる生徒が多い。特に特進クラスに属するような人間は、高校受験では負けた奴らに大学受験では勝ってやろうと、その反骨心1つで勉学に励む。
必然、定期考査や模試の結果には敏感になりやすい。普段は騒音に塗れている教室も、テスト返却の時には水を打ったように静まり返る。
んで、ゴールデンウィークもすっかり過去のものとなった五月下旬。今年もその季節がやってきた。
(……ったく、なんでこんな時に限って黙るんだよこいつら)
教室の中央、1番後ろ。自分の席から教室を眺めつつ、俺は心の中でそんなことをぼやく。
うるさいのが傍迷惑なのは当たり前としても、こうして黙られると俺の十八番である教室観察をしたとて何の面白みもない。下を向いて固まる連中を見て感動できるほど、俺は感受性豊かな人間ではないのだ。
こういう時こそラノベに興じたいのだが、まさか今日が成績表返却日だと思ってなかったので、あいにく手元にラノベがない。
要するに手持ち無沙汰。超絶暇である。
……だが案ずるなかれ。
ぼっちという生き物は人と関わらない分、基本的に暇であり、人と比べて暇と向き合う時間が長い傾向にある。
言い換えるならば、ぼっちという生き物は暇を潰すことに長けている生き物であると言えよう。
俺クラスのぼっちともなれば、人間観察とラノベという選択肢を潰されたとしても、この程度の暇なんぞどうとでもやり過ごせる。
そんな俺が、今この状況で言えることはただ1つ。
こういう時は睡眠の一手に限る、ということだ。
寝る子は育つという言葉にあるように、睡眠は人間を成長させる。真に人生の勝ち組になりたいのであれば、常日頃から己の成長を求めていかなければならない。
そういうわけで、俺はうつ伏せの体勢を取り、ゆっくりとその目を閉じた。
────────────────────
「なん……だと……?」
微睡の中から朧げに目を覚ました俺。そこにいきなり飛び込んできた視覚情報は、衝撃を持って俺の脳に伝達された。
「ようやく起きたか葛岡。これが貴様の成績だ」
いつの間にか教室に来ていた鳴岡先生が俺にそう言って指し示すは、教室前方の黒板。
そこには、やたら綺麗な字でこう書いてあった。
《葛岡一樹 1学期中間考査 結果》
[現代文B] 42点 (400人中 287位)
[古文漢文B] 39点 (400人中 308位)
[物理] 31点 (200人中 162位)
……おい、なんで勝手に俺の成績が公表されてんだよ。
「貴様がいつまで経っても成績表を取りに来ないからな。私の独断で選んだ科目の成績を一分経過するごとに一科目晒してやったのだ」
心の中のぼやきが聞こえたのか、生き生きと説明してみせる鳴岡先生。ついでにニッコリとサムズアップ。
……あの、サムズアップなんて間違えてもしないでほしいんですけど。
「晒さないでくださいよ! 個人情報でしょうが‼︎」
「いいからさっさと取りに来たまえ。……でないと残り十五秒ほどで四つ目の点数と順位が晒されるぞ」
「理不尽だ……」
この横暴さである。スタンドにハウスしたまま放置して帰ったことをまだ根に持っているのか、心なしか最近横暴さが増している気がする。
クラス中の俺を蔑む目線をスルーしつつ、気を取り直して鳴岡先生から成績表をひったくる。
ぶっちゃけ指定校推薦にまったく興味がない俺にとって学校のテストの成績なんかどうでもいいんだが、とはいえ成績が返された以上は気にならんこともない。
自席に戻って、俺は成績表と睨めっこを始めた。
《葛岡一樹 1学期中間考査 結果》
[現代文B] 42点 (400人中 287位)
[古文漢文B] 39点 (400人中 308位)
[数学Ⅱ] 97点 (400人中 6位)
[数学B] 93点 (400人中 13位)
[コミュ英語] 100点 (400人中 1位)
[英語表現] 100点 (400人中 1位)
[物理] 31点 (200人中 162位)
[化学] 94点 (200人中 1位)
[地理A] 87点 (200人中 9位)
[総合] 683点 (200人中 7位)
……チッ、7位に下がったか。一年の時は五位だったのに。
2年になってから文理で半々に分かれているのにも関わらず、全体順位が低下。定期考査の勉強をさほどやっていなかったとはいえ、これは俺にとって負けと言える成績だ。
──と、第一印象ではそう思ったが、しかし科目別に見ていけばその限りではない。
どういうことか。
まず現代文に関しては筆者と意見が合わなかったからノーカウント。
次に古文漢文と物理はできる奴がおかしいのでノーカウント。
となると全部で6科目、うち俺は3冠。総科目数のうち半分で1位。
……つまり、実質俺が学年1位ってわけだ。
学年1位……唯一の勝者……圧倒的勝ち組……周りのゴミ虫どもは皆等しく敗北者……。
ふふ……ふふふふふ……これでこそぼっち、これでこそ勝ち組だ……ハハハハハッ‼︎
「なに笑ってやがる」
「っ⁈」
と、心の中で盛大に勝利宣言をしていたら、表情に出ていたのか、呆れた口調で鳴岡先生に咎められた。ふと先生の方に視線をやると、先生は不機嫌そうに頬杖をついている。
伊達に1年以上鳴岡先生と関わってない。この感じ、おそらくはねちっこく説教されるパターンだ。「ちょっと成績がいいからって調子こくなよ」とか「満点以外は認めないからな」とか、多分そんな感じ。とにかくこの展開はめんどくさい。
こういう時は俺の経験則上、謝罪の1択に限る。
「す、すみません……」
真面目な顔を作りつつ、反省している感を演出。こうしていれば大半の場合は早々に説教を切り抜けられる。今までの学校生活で学んだ数少ないテクニックだ。
……あとはこのいかにも薄っぺらい謝罪が鳴岡先生相手に通用するかだが……しかし鳴岡先生から発せられた一言は予想外のものだった。
「なぜ貴様が謝る? 別に貴様に言ったわけではないのだが」
「……はい? 俺じゃないの?」
「自意識過剰にも程がある。やはり貴様は理解力のない人間だな」
いや、今のはどう考えても完璧俺にベクトル向いた発言だったろ。先生の説明力がないだけだって。
……にしても、俺でないならばじゃあ一体誰がニヤついていたのだろうか。
気になっていると、鳴岡先生は心底呆れたようなため息をついてその正体を明かした。
「貴様らだよ貴様ら。葛岡を除いた他の奴ら大半」
「「「……えっ?」」」
思わぬ指摘に、俺を含めたクラス全員が唖然とした表情になった。弛緩していた空気が一気に張り詰める。
……えーっと、よく分かんないけど、なに。こいつら全員ニヤついてたの?
え、ちょっとキモいんだけど。うわっ、なんか鳥肌立ってきた。
間違ってもこいつらと友達にならなくて良かったと心の底から安心しつつ、鳴岡先生の説教に耳をそば立てる。
「なぜ貴様らは葛岡を笑う? 貴様らの中で一体何人が葛岡を笑う権利があると思ってんだ?」
あぁ? と、鳴岡先生はその空気をさらにピリつかせる。唐突の先生の怒りに、周りの連中も表情が引き締まった。
数秒の静寂の後、先生は自らの問いかけに自ら答えて見せた。
「6人だ。もっと言うなら神村、和泉、神崎、中野、駿河、生田の6人だけだ」
「「っ⁈」」
衝撃の事実を伝えられ、教室の7割強の生徒がビクッとした。
衝撃の事実──つまりは俺が総合7位だということ。
……なるほど、この人は俺の成績の一部を見て勝手に人を見下し、そして嘲笑った愚かな奴らに釘を刺したのか。
まぁ、そりゃ叱るわな。自分の実力が下のくせに実力が上の人間を馬鹿にする奴なんてまずダサい。究極の負け惜しみ、一部の負け組の人間に見られる醜態だ。
……でもおかしいぞ。俺、去年からずっと学年順位1桁だったんだが。
校内掲示板にだって成績優秀者として名前載ってたのに……いくらなんでもお前ら俺のこと舐めすぎじゃねぇか?
「甘い、甘すぎる」
鳴岡先生の説教はさらにヒートアップする。
「最近の貴様らは学校に甘さを求めすぎだ。恋愛だとか恋愛だとか恋愛だとか……言っておくがここは高校。恋愛をする場所ではなく勉強をする場所だ。貴様らが小中9年間の義務教育を修了してなおここに通っている目的を忘れるな。勉強をおろそかにしてまでそんなに恋愛でキュンキュンしたいなら今すぐ学校なんて辞めて合コンかマッチングアプリでもやってろ」
うんうん、まったく同意。たまには鳴岡先生も良いこと言うなぁ。ちょっと尊敬。
「それに貴様ら悔しくないのか? こんなクズな葛岡……クズ岡にテストで負けて」
とか思った瞬間にこれだよ。なぜこの人にクズ呼ばわりされなきゃいかんのだ。
……でもまぁ、こいつら負け組諸君に悔しさがあるのは本当だろうな。
なんせこいつらは勉強には自信のある連中。そんな奴らが今まで散々馬鹿にしてきた俺から実質3科目もハンデを与えられて、それでもなおこの俺に負けたんだ。悔しくないわけがない。
それを考えると俺がクズならこいつらはクズ未満。ゴミ虫かなんかの存在に等しい。
そう考えれば、生徒の叱咤激励のために先生からクズ呼ばわりされるのも少しは許せ──
「このクズ、ぼっちのくせにゴールデンウィーク中に美女三人引き連れて遊んでたんだぞ?」
……やっぱなし。クズ呼ばわり言語道断。鳴岡優希を許すな。
クラス中の、主に男子が鳴岡先生の言葉にさらなる衝撃を受ける。刹那、教室最後方の俺は視線の集中砲火に晒された。……お前らそういうのが甘いって言われたばっかだろ。
「しかもわた……ゴホンッ、その内一人は途中でポイ捨てされた。と、聞いている……葛岡の友達から」
「ダウトだダウト! 俺に友達なんていないだろうが‼︎ 話を作るなっ‼︎」
「人の弱みにつけ上がっては都合良く捨てやがって……」
俺の切実な訴えは例の如く鳴岡先生には届かない。
どころか、鳴岡先生は俺のことをギロリと睨みつけたのち、クラスの負け組の連中に向かってシュプレヒコールの温度を取り始める。
「こんな女たらしに負けて貴様らは悔しくないのか⁈」
鳴岡先生に合わせて、徐々に負け組の生徒たちも呼応していく。
「悔しくないのか⁈」
「く、悔しいですっ!」
「悔しくないのか⁈」
「「悔しいですっ!」」
「悔しくないのか⁈」
「「「悔しいですっ‼︎」」」
共通敵を得て文化祭並みに生徒と教師が団結している様を眺めて、俺は思った。
……こういうのを《負け犬の遠吠え》と言うんだな、と。
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