第16話:ようやく始まる部員確保
そんなことがあって、放課後。
「ふふふっ、笑える」
いつも通り部室でラノベを読んでいたところ、唐突に神崎にそう言われた。
視線を挿絵から神崎に向ける。と、大変うざったい笑顔を視界に捉える。
「……何がだよ」
「だって葛岡君、私より下じゃん。だから笑える」
ふふふっ、とお上品に手を口の前に当てる神崎。
……殴りたい、この笑顔。時代が時代なら右ストレートを1発お見舞いしている。うぅ、右手が疼きやがる……。
だが、誠に、誠に残念極まりないが、神崎の言うことは正しい。
鳴岡先生が言っていた《俺のことを嘲笑することが許された》6人。その中に神崎の名前が含まれていたということは、全体的に見て勝ち組である俺でも、こいつとのタイマンでは負け組同然なのだ。
そこを突かれては何も言い返せない。なので精一杯の言い訳を口にしておこう。
「黙れ。国語と物理が存在するのが悪い」
「おっ、負け犬の遠吠えかな?」
「……そういえばお前、部員集めのこと忘れてないだろうな」
「分かりやすく話逸らしたね」
だって仕方ないだろ。何言っても勝てる気しないんだから。
「で、どうなんだよ」
再び問いただすと、神崎は薄っぺらい胸を叩いて自慢げな顔を覗かせる。
「そりゃあもちろん覚えているよ。一応約束だからね」
どうやら俺との約束はしっかり覚えてくれていたようだ。
ゴールデンウィークの件で忘れがちだったが、神村の前での人格と俺への変態バイアスが終わっていることを除けば、神崎は非常に優秀な生徒だ。不覚にも俺より順位が上だしな。
「まぁ、覚えてるだけだけど」
「お前マジでしばくぞ」
「冗談だって」
「しばくぞ」
……前言撤回。神崎は優秀じゃない。やっぱりこいつ終わってる。
机に片肘ついて、大きくため息をつく。
ふと部室を眺めると、壁際の本棚に飾ってある、ラノベの表紙を飾るキャラクターたちと目が合った。
どれも表紙のキャラクターに惹かれて衝動買いしたものだが、その顔ぶれは1ヶ月前とまったく変わらない。なんだったら、部室全体を見渡したって物の配置や種類はほとんど変わらない。
違うのは目の前にいる神崎藍という存在の有無ただ1つだけ。
……それだけの違いで、こうも俺の生活は一変してしまうものなのか。
「あぁ、あの頃の生活が恋しい」
「ん? なんか言った?」
「……何も言ってない」
思わずぼやいてしまったが……ダメだ。ぼやいたって元の生活は戻ってきやしない。いつだって世界は俺に厳しいのだ。……そろそろ俺も世界に厳しくしてやろっかな。
俺が今やるべきことは世界の破壊……じゃなくて、こいつを利用して研究同好会という名のプライベートスペースを存続させることだ。
「で、具体的に部員はどうやって集めるつもりでいるんだ?」
話を戻して俺がそう聞くと、神崎は「うーん」と顎に人差し指を当てて。
「時期が時期だからあれだけど、私的には部活見学かスカウト、あとは無難にポスター掲示とかかな」
へぇ、そんなやり方があるのか。
「……えっ、3つも思いついたん? お前天才かよ」
「結構普通のこと言ったつもりなんだけど……」
珍しく褒めてやったのにこの呆れ顔だ。……なに?「ばーか」って罵ったほうが良かったのか? 胸はSなのに中身はMとは生意気な。
「まぁいいや。で、葛岡君的にはどうなの? 私はどれだって良いんだけど」
「えっ? あ、あぁ、そうだな……」
言われて、それぞれのシチュエーションを想像する。
まずは部活見学。見学っつーとおそらくはこの部室に赤の他人が見に来るんだろうが……。
ばーか、誰が好き好んで自分のプライベートスペースをジロジロ見学させるかっつーの。そういうのはお友達同士でやれ。
つーか来たら正当防衛で殺す。よってなし。
次はスカウトだが……。
これもないな。
俺は選択的ぼっち、基本的に自ら他人に話しかけない者。わざわざ人に話しかけに行くのは俺のぼっちとしてのポリシーが許さない。
かと言って、学年指折りの美少女・神崎がスカウトに行ったら入部希望者が増え過ぎること請け合い。そしたら確実に物理的に希望者を減らす方向──つまりは殺す方向に考えがシフトする。
プライベートスペースを血まみれにするのは嫌なのでこれもなし。
となると残ったのはポスターの掲示だが……。
うーん、これはどうなんだ?
確かにわざわざ他人に話しかける必要もなければ、ポスターで前置きしとけば部室を見学される心配もあまりない。俺のポリシーの観点で言えば有効っちゃ有効だが……ポスター掲示が効果を成したケースをあまり知らないんだよな。
例えばほら、選挙ポスターとか。『力強く、前へ』とか『日本の明日を、切り開く』とか、そんな良い感じのフレーズを覚えるくらいには見かけてきたが、実際選挙の投票率って上がってないんだろ?
選挙も部員勧誘も大差ない。ポスター掲示したってさほど効果はないように思える。
とまぁ、頭の中でシミュレーションしてみたが、どれもイマイチだった。
……一応、他の案があるかも聞いておくか。
「えーっと、もっとこう……他にないのか?」
「まぁ、ないことにはないけど」
「あるにはあるのか。ちなみにどういうのなんだ?」
「んーと、例えばちょろそうな人を勝手に部員にしちゃうとか、それがダメなら架空の人物をでっち上げるとか」
真面目な顔で何言ってんだこいつ……。
「悪い、お前に期待した俺が馬鹿だった」
「私より成績悪い人に馬鹿なんて言われたくないんだけど?」
言いながら、生ゴミでも見るような視線を俺に突き刺してくる神崎。くっそ……3分の1の科目で1位取ってるのにこいつに負けるなんて不覚……いや、学問として国語と物理が存在するのが悪いから俺はこいつになんか負けてない。
「それで、結局どうなの?」
不快気な表情を浮かべつつ、神崎は話の結論へと持っていく。
「そうだな……やるなら消去法的にポスターだな。他2つは多分、人を殺しかねない」
実際、シミュレーションではプライベートスペースが血塗れになってたしな。
「そういうのは普通『殺しかねない』じゃなくて『自殺しかねない』じゃないの?」
「んなわけ。俺は自分が大好きだからな。自殺するくらいなら自殺を考えるほどに衰弱した精神状態に追いやった犯人の他殺に走るぞ」
「今のうちに警察に通報しとこっか?」
「遠慮しておく。……いや、遠慮しておくっておまっ! ちょ、やめろっ! マジで110番のコールしようとすんなっ‼︎」
必死の制止に「冗談だよ」と冗談じゃなさそうな表情で呟く神崎。
机に項垂れた俺をよそに、神崎は短く息を吐くと、机の横に掛けていた鞄を手に立ち上がる。
「ところで葛岡君。あれ、借りてもいい?」
そうして、本棚に飾ってあった一冊のラノベを指した。
指先の延長線にあったラノベの表紙には、赤髪が特徴の美少女・ヘル。異世界転生系ラノベとして最近人気を博している《神殺しシリーズ》の主人公だ。
こういった異世界転生系のラノベは圧倒的に男子向けのラノベだ。女子が好みそうなジャンルではないそれを、なぜこいつはいきなり借りようとしてきているのか。
「ポスターの表紙にこのキャラクターを描こうと思ったんだけど」
「あぁ、そういうこと。まぁ、それなら良いけど」
ポスターの表紙にヘル……もとい、アニメキャラクターを描くというのは確かに効果的かもしれない。街中でアニメキャラが描かれたポスターを度々見かけるが、俺なんて都度目が行っちゃうもん。アニメに嗜みのある人は大抵そうだと思う。
ただ、当然ではあるが、その手のポスターに描かれるアニメキャラは例外なく神絵だ。人智を超えた圧倒的な画力を持つ神絵師によって描かれているからこそ、人の興味を惹くまでのポスターが完成する。
つまり、1ポスターとはいえ、そこにアニメキャラを描くということは、ポスターの宣伝効果はその絵を描いた人間の画力に委ねられるとも言えよう。
……こいつ、神絵描けんの?
疑念に思い、訝しい視線を神崎にぶつけると、神崎は大してありもしない胸を強調するように腰に手を当てる。
「舐めないでほしいな葛岡君。これでも私、中学生の頃は30人もの部員を束ねる美術部の部長だったんだからね?」
「え、マジ?」
30人ってめちゃくちゃ大所帯じゃねぇか。ひょっとしてサッカー部とか野球部とかよりも多いんじゃね? そんなことあるか?
……いや、ないとまで断言はできないか。俺の中学だって謎に書道部の人数多くて、しかも結構強豪だったし。きっとこいつの学校の美術部は名門だったのだろう。
名門となれば、勝ち組の人間としては活動内容が気にならんわけでもない。参考までに聞いておこう。
「ちなみにどんな活動してたんだ?」
「えーと……ヒラヒラの服を着ていろんなポーズを取ったり、部員の人たちの気合を入れるために鞭でしばいたりしてたかな」
「お前の美術部致命的に美術部じゃねぇぞ……」
多分アレだ。神崎と同じ部活に入りたいとかいう邪な考えを持った男どもがこぞって入部したんだろう。こいつに提案されたスカウトを拒絶しておいた俺の判断はどうやら正しかったみたいだ。……逆にこいつにポスター制作を任せるのが不安で仕方がないんだが。
「まぁまぁ葛岡君、私のことを訝しむ気持ちも分かるけど、ここは私に任せてよ」
まぁでも、ポスター制作で部員を募る以上、絵に関して特別才能があるわけじゃない俺がどうこうすることはできない。
仮にも美術部の部長だったらしい神崎だ。今回ばかりは信じてやることにしよう。
「……じゃあ頼んだぞ」
「明日の完成を楽しみに待ってるんだね、葛岡君」
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