第17話:山(差+我+1+2π)さんの再来訪

 翌日の放課後の部室。


 「ふっふっふーっ! 葛岡君、首を垂れてつくばえ、平伏せよ!」


 本棚の整理をしていると、部室の扉が開くなり神崎は開口一番そんなことを口走ってきた。


 見るに神崎は昨日に引き続き機嫌が良い。足取りもどこかポップである。


 ……鬱陶しい。


 どこぞのブラックな鬼の始祖でもないので、軽くあしらって話を進める。


 「もう完成したのか? ポスター」


 「そりゃとびきりいいのができたよ」


 言って、ビシッとサムズアップする神崎。完成度の如何は置いといて、早速ポスターを作ってきたみたいだ。色々と酷い奴だが、それでもしっかりと契約の義務を果たすのは少し見返した。……少しだけだけどな。


 で、置いといた話を持ってきて。問題はその完成度がどうかというところだが。


 「葛岡君、こういう時はなんて言うの?」


 尋ねようとするや否や、昨日ぶりのうざったい笑顔がこちらに向けられる。しっかり仕事をしてきたことに対して、何か言葉を掛けてもらいたいらしい。


 ……えーっと、こういう時はなんて言えばいいんだ?


 思考を働かせていると、ふと、昨日の部室でのやりとりが脳裏に走る。


 ……そういえばこいつ、褒めると怒るんだったな。


 となると俺の言うべき言葉は、おそらくこうだ。


 「褒めて遣わす、雌豚野郎」


 完璧。模範解答。これで神崎の機嫌は良くなること間違いなしだ。


 しかし俺の予想に反し、神崎は殺意を滾らせて。


 「これ、この世から消し去るってことで良いね?」


 冷徹にそう言い放つと、神崎は昨日俺が貸し出した《神殺しシリーズ》の1巻を人質に取った。人質は神崎の右手の中で筒状に丸められ、今にもグシャっと握りつぶされそうである。


 ……えっ、なんか俺、ミスった? つーか俺の大切なラノベを殺さないでほしいんだが。


 「ちょ、ちょっとそれは勘弁してほしいんですけど神崎さん……」


 「こういう時、なんて言うの?」


 「すみませんでした……頭を垂れてつくばいます、平伏します……」


 あまりにも冷酷な視線に、気づいたら俺は膝を折っていた。何が悪かったのかよく分からないが、とりあえずこうしておくのが最適解だろう。負け感が否めないがそうでもしないと殺されそうなのでやむを得ない。


 「これだからクズ岡君は……、次そんなこと言ったら人生終わると思った方が良いよ?」


 速やかな降参宣言と土下座、そして謝罪の3連コンボによってラノベの処刑は何とか免れた。


 ……にしても、褒めては呆れ、貶してはブチギレ……こいつ、人格破綻というか性格破綻してるよな、絶対。


 ため息を1つついて神崎はいつもの席に座る。俺も続いて定位置についた。


 数秒の静寂の後、再び神崎が口を開く。


 「それで、さっき何か言おうとしてなかった?」


 「あ、あぁ、そうそう。お前の作ったポスターを一目見ておきたいんだけど」


 言わずもがな、研究同好会の部員勧誘ポスターの出来栄えはこの部の存続に直結する。


 となると、いくらこいつが元美術部部長で画力に自信があるとはいえ、第三者視点で出来栄えを確認しておいたほうが良いことは自明である。


 だから掲示前に1度目を通しておきたいところなんだが。


 「ポスターならもう校舎の掲示板に貼ってあるから見てきたら?」


 「掲示板に貼ったのか。……えっ、もう貼ったの?」


 「善は急げって言うからね」


 言って、してやったりのドヤ顔を浮かべる神崎。拭えない負けフラグ感溢れる笑顔。やめてほしいんですけど……。


 事前に確認しておきたかったが、しかし貼り出してしまった以上は仕方ない。


 非常に面倒だが1度校舎に戻って確認しよう。場合によっては引っぺがしてポスターの作り直しを要求だ。


 「んじゃあ、ちょっと確認してくるわ。普通に見ておきたいし」


 神崎に一言断ってからすっくと立ち上がる。


 そして部室の扉に手を掛け──


 「お久しぶりで〜すっ!」


 ──ようとして、どこかで聞いたことがあるアホっぽい声音と共に、扉が奥に開かれた。


 視界にまず映ったのは雄大なマウンテン×2。その上にはウザ……愛嬌のある童顔。短めの丈のスカートから覗く脚は艶かしくも繊細に伸びていて、全体的に犯罪の2文字を彷彿とさせる容姿のそいつが履いているのは、俺と同じ学年であることを示す緑色の上履き。


 「って、なぜ立たされているのですか? 葛岡さん」


 ……そしてのっけから浴びせられる失礼極まりない言葉。


 ここまでの特徴を持ってすれば、いくら他人に興味がない俺でも誰だか分かった。


 「なんでナチュラルに俺が立たされてるって発想に至るんだよ──嵯峨山」


 目の前に現れたのは、山で因数分解できる少女こと、新聞部の嵯峨山岬だった。


 「違うのですか? てっきり変態の罪でこうなっているのかと」


 「変態じゃねぇっつの。あと、そんな罪ないから」


 「ちょっと失礼しますね」


 俺の言葉なんか耳も傾けず、嵯峨山は無遠慮に部室へと侵入する。ほんと失礼だな……ここ、俺のプライベートスペースなんだが?


 「久しぶりだね、岬」


 「あっ、神崎さんっ! 会いたかったです〜っ‼︎」


 ぼやいている傍ら、嵯峨山と神崎は逢うや否や抱きついている。今どきのキャピキャピ系の女子によく見られる濃口のスキンシップが混じった挨拶だ。


 ……なんというか、いかにもアホくさい。頭悪そう。


 しかしまぁ、こいつらが久しぶりに会うっていうのは本当だろう。


 なんせ俺と神崎は1組、嵯峨山は8組だ。特別教室とか挟めばその距離は6クラス分、階段やトイレを含めればそれ以上開いている。クラス同士の交流なんて希薄だし、生活空間が離れている分、そうそう会うこともないはずだ。


 となるとおそらくはゴールデンウィークの1件以来、つまりは半月ぶりの感動的再会である。


 「み、岬……」


 ……その感動的な再会の割には神崎の顔が引き攣っているのはなんでだろうね。


 嵯峨山の立派なおもちとのギャップにショックを受けているとか自分のおもちが未だ未熟であることに絶望しているとか、そんな浅はかな理由じゃないことを願ってやまない。


 さて、こいつらが感動の再会をしている間にさっさとポスターの確認をせねば。


 そう思って回れ右しようとして──


 「…………」


 神崎に睨まれてやっぱやめた。意訳すると「早くなんとかしてよ。じゃないと殺すよ?」的な鋭い視線。残念ながらおもちが云々みたいな浅はかな理由で顔が引き攣っていたらしい。


 ……やれ、仕方ない。これでも俺はこいつの協力者だ。ここは助け舟を出しておこう。


 「そんで嵯峨山。ここに何の用だよ」


 用もない人間がうちの部室に来るわけがない。俺は嵯峨山に至極真面目な表情で問いただす。


 「あっ、そうでした!」


 言うなり、ク◯ップも驚愕のゲーゲンプレスを取りやめる嵯峨山。次いで神崎とは向かいの席──つまり俺の席の隣に腰を掛ける。


 「実はお二方に相談がありまして。どうぞ葛岡さんもそこに腰掛けてください」


 なぜ部員でもないこいつに指図されなきゃいかんのだ……。


 と、心の中でぼやきつつもどうやら真剣な話のようなので、指示通りに神崎の隣に座る。神崎の隣に座っているのに攻撃的な視線を浴びないのは少し新鮮だ。


 「そ、それで、相談って?」


 俺が着席したのを合図に切り出す神崎。すると嵯峨山は大きく息を吐いたのち、さっきまでのふざけた雰囲気を抹殺し、急に改まった態度を取る。


 「神崎さん、葛岡さん……」


 そして次の瞬間、嵯峨山は頭を下げながら言った。




 「どうかこの私めに、勉強を教えていただけないでしょうか」

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