第18話:溺れる者は藁をも掴みたくなるよね

 「えーっと、拒否したいわけじゃないし教えるのは全然良いんだけど……なんで私たち?」


 泣き縋るようにして頼んでくる嵯峨山の依頼を2つ返事で了承すると思っていたが、意外にも神崎が最初に発したのは純粋な疑問だった。


 ……奇遇ではあるが、俺も同じことを思った。


 うちの高校では制度上、各学期内に2回実施されるテストで科目関係なく連続して赤点を取ると、その後の長期休暇中に強制的に補習に参加させられる。


 俺はすこぶる優秀なエリートだから参加したことはないが、生徒の裏で修行だの地獄だのカルト宗教だのと言われるくらいにはヤバいらしい。具体的に何がヤバいかは知らん。なぜなら俺はぼっちだから。


 だから中間で赤点を取った奴が補習を免れようと勉強ができる奴に縋るのは自然な行為だし、おそらく赤点を取ったであろう嵯峨山が俺たちを頼ろうとするのも理解できる。


 ……だが、俺たちを頼ろうと思った動機は推測できても、俺たちを頼ろうとする決定的理由があるかと言えば話は別だ。


 だってそうだろう。陽キャにしてコミュ力お化けの嵯峨山は間違いなく交友関係は広い。


 だったら俺たち以外の成績優秀者、例えば文系特進クラスにいるであろう嵯峨山の友達を頼る選択肢だってあったはずだ。


 文理で履修科目に大した差はないとはいえ、そいつらを差し置いて理系の俺と神崎を頼ろうとするのは、どうも違和感を感じる。


 それは当の嵯峨山も分かっているようで。


 「教えて貰いたい科目が理系のお二方でも教えられるものとはいえ、確かに私には神崎さんと葛岡さんに勉強の教えを乞う為の決定的理由は持ち合わせていません。文系特進クラスにも何人か知り合いがいますし、その方々にお願いすれば引き受けてくれるかもしれません」


 だがしかし、それに続く嵯峨山の言葉で、俺の抱いていた違和感は解消された。


 「ですが、その……これはあくまで私の自己満足でしかないのですが、私は何かを与えてもらう時、与えてもらった人に何かを返さないと気が済まないのです」


 「他の人たちには返せないけど私たちになら返せる何かを岬は持っていると、そういうことだね?」


 「そういうことです。だからお二方を頼る運びとなりました」


 ……なるほど、それなら話に筋は通る。


 古来より、御恩に対しては奉公で報いなければならない。つまり裏を返せば、御恩を受けたければそれに見合うだけの価値ある奉公を用意していなければならないとも言えよう。


 もし嵯峨山が用意できる対価が嵯峨山の周りの人間にとっては価値がなく、しかし俺と神崎にとっては価値のあるものだとすれば、俺たちを頼ろうとする決定的理由に一応はなり得る。


 まぁ、自己満足とかなんとか言っていたが、簡単に言えばこいつは俺と神崎に取引を持ち掛けてきたっつーわけだ。


 他人との関係性をできるだけ排斥するのはプロのぼっちとして当然だ。……が、取引となれば話は別。そこに契約を結ぶだけのメリットがあるならば、その限りではない。


 ならばこの場で考慮しなければならないのは、嵯峨山から提示されるメリットであろう。


 「話は分かった。それで、お前が提示する報酬ってのは?」


 問うと、嵯峨山は一呼吸置いてから報酬を提示する。


 「兼部で研究同好会に入部する、というのはどうでしょうか?」


 「なるほど……研究同好会に入部……えっ? 入部?」


 嵯峨山の言葉に思わず聞き返してしまう俺。


 ……完璧に予想外だった。てっきり「なんと……学年屈指の可愛さを誇るこの私と友達になってあげますっ!」的なこと言われるのかと思ってた。ちなみにこの展開が起こっていたら即刻追い出していたところだ。


 「ちょうど月刊紙を貼り出そうとして掲示板に行ったときに部員募集のポスターをお見かけしたのですが……私じゃだめ、でしょうか?」


 と、上目遣いでこちらに訴えてくる嵯峨山。早くも神崎のポスターが効果を発揮したらしい。


 ……にしてもズルいぞ嵯峨山。俺だってまだ見ていないってのに。


 それはさておき、昨日確認したように、俺と神崎がまず取り組むべき問題は部員集めだ。研究同好会を存続させるには、1学期が終わるその日までにあと2人、部員を確保しなければならない。


 ゆえにこいつの持ち掛けてきた取引は俺にとって願ったり叶ったりってわけだ。



 ならば俺の答えは決まってる。



 「よし、入部を認め──」


 「ちょっと待って」



 契約を締結しようとして、いきなり横から「待った」の声が掛かった。神崎の声だ。


 ……おいわれ何してくれんのだ。


 すかさず神崎に鋭い視線をぶつけると、神崎はその視線をスルーして嵯峨山の方に視線をやる。


 「えーと、岬。入部したいのは分かったんだけど、その……今回の中間考査の赤点って、何個……?」


 「えーっと、少しお待ちいただけますか?」


 言われるなり、嵯峨山は持ってきた鞄の中を漁り始める。おそらくは昨日返された成績表でも探しているんだろう。……赤点の個数って普通覚えてるもんじゃないのかね。これだけで頭の弱さが垣間見える。


 しかしなんで今更赤点の数なんて聞くんだ。こいつへの御恩は勉強の面倒を見ればいいだけだっつーのに。


 「赤点の個数なんてどうでもいいだろ。またとないチャンスを棒に振る気か?」


 聞くと、神崎は囁き声にしては大きな声量で俺に吐き捨てる。


 「それは君でしょ⁈ 赤点の数はどうでも良くないんだよ!」


 どうでも良くない、だと……?


 「一体どういうことだよ」


 こいつへの御恩は学力向上に助力すること。つまりは勉強を教えることだ。勉強を教える上で赤点を撲滅するために助力するのは当然のことだとしても、赤点の個数が嵯峨山の兼部に影響を与えるとは考えづらいんだが……。


 「ほらっ! ここ見てっ‼︎」


 すると神崎は生徒手帳の1ページを俺に見せつけてきた。


 そこにはくっきりとラインが引っ張ってあり、そしてこう書いてあった。



 

 【部・同好会規則】

 

 第5条 兼部について 

 

 複数部活動または同好会に所属(以下、兼部とする)を希望する生徒は、生徒会に申請書を提出し、次に示す基準により、職員会議の承認を経て決定される。


① 兼部を希望する生徒は、申請日時点までに行われた定期考査のうち、最新の定期考査における当該科目すべての考査得点が、各科目平均点の半分(赤点)以上であること。



 

 ……なんだよこの適用された事例がなさそうなピンポイント校則は。


 「あの感じだと岬は赤点だから部活には入れないんじゃないかなって……複数個あるとさらに難易度が……」


 「あぁ、終わった……」


 思わず絶望の声が漏れる俺。そうして絶望していると、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂。赤点を数え終わった嵯峨山は、力士の張り手のように右手を突き出す。


 「5個ですかね! 5冠です!」


 「マジで終わった……」


 そしてなんでそんなにお前誇らしげなんだよ……。5冠って言葉は将棋とサッカーで使え。


 しかし悲しいことに、こんな頭の弱い、兼部資格すら持っていない奴に入部を縋らざるを得ないのがこの部活の現状だ。時期が時期だし、またとこんな機会があるとは思えない。



 ……はぁ、どのみちやるしかないのか。



 俺は大きく1つため息をついた後、嵯峨山を物憂げに見つつ肩をポンと叩く。




 「とりあえず、そろそろこの前のラーメン代は返してくれよな」

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