第14話:一難去って今度は二難
「すまないが、なるべく早く済まして欲しい」
取材の許可を貰いに一言断ろうとして、開口一番サッカー部の監督にそう言われた。
ブラック企業かっつーくらいにタイトなスケジュールだからか、なるべく部員には休息を取らせたいらしい。意外と福利厚生は充実しているようだ。
……どこぞの酔っぱらい理不尽教師と違って生徒想いの良い先生だな。
ほんと、あいつはマジでこの人のこと見習って欲しい。……名前は知らんけど。
理不尽教師のことはさておき。
本当ならば神崎と神村の時間を少しでも長くしたいところだが、なるべく早くと言われればこちら側には拒否権はない。
取材するのは監督と部長、そして今日の試合で活躍した神村と5番の選手の計4人。俺たちは事前に決めた通り、二手に分かれて取材を行うことにした。
俺と神崎はまず5番の人を呼びつける。
────────────────────
見るからに陰キャでぼっちな5番の選手の取材はあっさりと終わった。こちらが用意していた質問に「嬉しいです」「頑張ります」「次は勝ちます」と、一言で答えてくれたからだ。
聞かれたこと以外は答えない。問われたことに簡潔に答える。
……さすがは陰キャぼっち、受け答えに無駄がない。同類として将来勝ち組の人間だと太鼓判を押しておこう。
問題なく終わった1人目の取材。だが御存知大◯洋。問題はこの次だ。
「……来たな」
5番の選手が捌けてから少しして、スタンド脇に神村球尊が姿を現した。
ソックスを下ろして顕になった脚は艶かしく、乱れた髪の毛はパーマがかかったようで蠱惑的。なのに爽やかなルックスは乱れることなく健在している。
ゲレンデマジックならぬアスリートマジックとでも言うべきか、なんかいつもより3割増くらいでかっこよく見える。
写真の神村ですらあがる神崎だ。イケメンと爽やかさマシマシの神村を前にして平然としていられるわけがない。
「どどど、どうしよう……!」
……どうしようもクソもねぇだろ。お前まで悪癖マシマシにしなくて良いんだっつの。
だが、この状況で文句言ったってどうにもならない。とりあえず冷静に指示を出しておこう。
「ほら神崎。神村来たからそろそろ離れろ」
「ご、ごめん葛岡君……ややや、やっぱこの体勢で……つ、ついでに取材も頼んだ……」
「どんだけあがってんだよ……」
思わず声に出してぼやいてしまった。いや、だって仕方ないだろ。こいつが取材しないといよいよ何しに来たのか分からなくなるし。
「あれ、葛岡くんに……神崎さん?」
そんな小やり取りから間もなく、神村が俺と神崎のところに寄って来た。
「意外な組み合わせの2人だね」
開口一番にそう言い、驚きの表情を浮かべる神村。
……まぁ、そりゃそうだろうな。クラスの底辺と頂点が一緒にいるんだから。俺だってこいつとカースト最底辺の陰キャコミュ障女子が一緒にいたら驚く。
「もしかして新聞部の手伝い?」
「え、あ、まぁ」
「それはそれは……お疲れ様です」
神村の言葉にそれとなく返す俺。煽り言葉にも聞こえるフレーズも、イケメンが言えば気の利いた言葉に聞こえてしまうのが不思議だ。
これが例えば鳴岡先生とかに言われようものなら俺は拳を血で汚そうとして一瞬のうちに殺されるだろうに。……殺される方が不思議だな。
そんなどうでもいいことを考えていると、神村は会話のベクトルを早速俺から神崎へ変える。
「それで、えーっと、なんで神崎さん、後ろに隠れてるの?」
「っ⁈」
……まぁ、当然だろう。背後霊よろしくビタッと張り付きながら取材してくるエキセントリックな取材班を前にしちゃあ誰だってツッコミの1つや2つは入れたくなる。
「えっ、あ、いや、その……あわわわわわ……」
そして唐突に話しかけられ、俺の後ろでより一層ガタガタ震えはじめる神崎。
相変わらず、と言えるほどこいつと関わってはいないが、それでも相変わらずと言えるほどの人格破綻だ。表情は伺えないが、きっとまた突沸しているに違いない。もういっそ沸騰石を脳みそあたりにぶち込んでやりたいところだ。
人格破綻はいいとして、勢い余って暴走されても困るのでここは助け舟を出しておこう。
「ま、まぁそんな気にするな。多分暑さで頭のネジが飛んでるだけだから」
「そ、そうなんだ……」
アハハハと苦笑を浮かべる神村。理解はしてなさそうだけど納得はしてくれたらしい。さすが、学年1位は話が分かる奴だ。
……と、こんな無駄話している場合ではない。建前上は取材に来ているのだ。
「んじゃ、始めてもいいか?」
「もちろん」
一言断って、俺は仕事を始めた。
────────────────────
「僕自身決定機を2本も外してしまっているので、次は決め切ってチームを勝たせられるように頑張っていきたいと思います」
小気味良いリズムを刻みながら、最後の質問の回答をクリップボードに挟んだ紙に書き記す。
「ふむ、なるほど……」
書き終えて、思わず感嘆の声を上げる俺。
取材慣れしているのもあるんだろうが、神村の受け答えは一言で言うと言語化能力が高かった。
論理的だが、くどくない。素人が聞いても分かりやすい上、俺みたいな日頃からサッカーに親しんでいる身からすればその能力の高さはより特筆に値する。さっきの陰キャ君とは違った効率の良さだ。
「これで終わりかな? まだ何か聞きたいことがあれば協力するけど」
と、内心褒めていたら、神村から爽やかさを無意識にも見せつけられた。
不意に突きつけられる顔面偏差値の差。味わわされる己の圧倒的劣等感。悪態つかずにはいられない。
……チッ、これだからイケメンは。努力で手に入れたものじゃねぇのにあたかも自分の実力のように語りやがって。
つーか、イケメンはもっと俺みたいな平凡な顔した引き立て役に感謝しろ。王は平民がいて初めて王になれる事を知れ。
ここまで清々しく対応されると迷惑の3つくらいは掛けたくなる……が、それでは誰がどう見たって八つ当たりだ。一時的な感情による行動はだいたい利益を生まない。
冷静になれば必須事項は聞くことができ、個人的に気になった試合のことも聞けたのだ。肝心の神崎もこの調子だし、これ以上は神村を拘束しておく理由はないだろう。
だから一言言って取材を終えようとした……の、だが。
その刹那。
「あ、あのっ‼︎ かか、神村君っ‼︎」
突如、今まで後ろで隠れていただけの神崎が俺の背後から飛び出した。
「か、神崎、さん……?」
急に姿を現してきた神崎に、さすがの神村も少し肩に力が入る。表情にも緊張の色が伺える。
……まぁ、無理もないわな。
最近では俺の中で評価が下がり続けているとはいえ、神崎はクラスで1番とも言われている美少女だ。それを差し引いたとして3週間も喋ってないクラスメイトに急に声掛けられたら緊張せざるを得ない。
緊張した1組の美男美女が相対し、その間に走る妙な緊張。そして2人の間を駆け抜ける温かい微風。
……にしてもなんだよこの唐突な甘酸っぱそうなラブコメ展開は。少なくともこの場に俺はいらねぇだろ。
なのでさりげなく2歩ほど下がっておいた。間違っても俺はラブコメの当事者じゃない。
「え、あ、そ、そのっ‼︎ ……えーっと」
視線の先、モジモジしながら不器用にも言葉を発する神崎と、らしくもなく緊張の色を浮かべる神村。
──と、ここで俺は気づいてしまった。
……あれ、なんかこれ、ラブコメのクライマックスでよく見かけるシチュエーションっぽくね?
ラブコメアニメの最終盤、桜の木や夕暮れの屋上や木をバックに写る主人公とメインヒロインの絵にも似たような既視感。
つーことは……えっ、もしかしてこいつ、もう告白すんの?
……いやいやいやいや。いくらなんでも早すぎだって。
告白って普通はラブコメイベントの1つや2つ起こってからするもんでしょ。例えばそう、文化祭とか修学旅行とか。
そこで互いの友誼を深めて最終的にクリスマスなり修了式なりでエピローグを迎える──ここまでがラブコメの定跡のはずだ。
それがいきなりのエピローグ。色々な過程をすっ飛ばしての告白イベントである。
そんなの、いくらこいつの顔面偏差値が高いからと告白の成功率は低いに決まってる。
他人の恋愛とはいえ、協力している俺からすればこいつが振られるのは負けるも同義。勝ち組の人間たる俺には敗北の2文字は絶対に許されない。
ゆえに告白ダメ。ゼッタイ。阻止しなければ。
「も、もう聞くことないだろ? 神崎。ほら、神村は試合終わりで疲れてるから」
「ダウンもしっかりしたし、僕は大丈夫だよ葛岡君」
……テメェ何してくれてんだよ。お前は大丈夫でも俺は大丈夫じゃないんだって。
これだから陽キャは。時には優しさが人を窮地に追い込むってことを知ってもらいたい。
うぅむ……とはいえ本人からそう言われてはさすがに打つ手がねぇ。
俺に残された出来ることと言えば、神様に告白が成功するよう祈り倒すことくらいだ。
俺は心の中で毎秒3回のペースで付き合えと念じる。
その傍ら、神崎は人格崩壊しながらも、自分を落ち着かせるべく顔をパンパンッと2回ほど叩く。
「わ、私っ‼︎ そ、その……かかか、神村君と──」
そして意を決した神崎は、吃りながらもそこで言葉を切り、大きく息を吸った後、言い放った。
……好きです、付き合ってください、って──
「──写真、一緒に撮りたいですっ!」
「「「……えっ?」」」
訪れる沈黙。
満天の青空には、予想を裏切られた俺たちを嘲笑うかのようなハシブトガラスの鳴き声。
……はい? 写真?
「写真……?」
おんなじことを思っていたらしい、やがてあっけらかんとした表情の神村も首を傾げながら、ポツリと呟く。
「う、うん……しゃ、写真……」
その疑問に対し、真っ赤に染めた顔をクリップボードで隠しながら言ってのける神崎。
……えっ? なに? 告白じゃなかったの?
なんだよお前、紛らわしい立ち振る舞いすんなよ。めちゃくちゃ焦っただろうが。
「アハッ、アハハハハハハッ‼︎」
心の中でぼやいている傍ら、その様子を見た神村は額に手を当てて、可笑しそうに笑う。
その笑いは、神崎を馬鹿にするものでもなんでもなく、ただただ面白いから笑っている、純粋な笑いに見えた。
ふぅっと大きく息を吐いて、神村はようやく落ち着く。
「ごめんごめん! てっきり神崎さんに告白でもされるのかなって思ってたから、つい」
それは同意。俺もそう思った。告白に反対していた俺が言うのもなんだが、あのシチュエーションは確実に告白確定演出だったぞ。
……一体何考えたらあんなフェイントかましてくるんだよ。
「こここ、告白⁈ なな、なーんの話かなー? べべべ、別に私はかかか、神村君のことなんて……」
……前言撤回。神村を前にした相手に考える脳みそなんてありゃしなかった。
つーか、にしてもなんでそんな図星突かれたみたいな反応してるんだよ。
……もしかしてこいつ、本当に告白しようとしていて、だけど最後の最後でチキって言葉変えたのか……?
だとしたら、こいつのあがり症には感謝するしかない。ナイスリトル神崎。
いずれにせよ、神崎がここで振られるとかいう最悪のシチュエーションは免れたので良かった。これで告白とかして振られてたら俺は一生神なんて存在を信じない所だったぜ。
「それがまさか写真だとはね……でもいいよ。写真、撮ろっか」
「えっ⁈ いいい、いいのっ⁈」
「もちろん。写真なら慣れてるし」
そう言って、神崎の横に並ぶ神村。サラッと隣に肩を並べて爽やかスマイルして見せるあたり、本当に慣れているのだろう。
……で、写真は誰が撮るんだろう。えーっと、これは俺が写真を撮る流れなのか?
ふと、神村と目が合った。あ、これ俺が撮らなきゃいけないやつね。
「あー、じゃあ俺、写真撮るよ」
俺はポケットから携帯を取り出す。一応は神崎の脅迫じみた依頼を受けてやっているのだ。これくらいのことはしてやる義務がある。
携帯を横に構え、レンズを2人に向ける。
画面越しに映る神村と神崎。2人には数ヶ月以内にくっついてもらうことを祈るばかりだ。
「んじゃあ、撮るから。ハイ、チーズ」
そんなことを思いながら、パシャリ。
……あー、神崎どこ向いてんだよ。正面向けっつーの。しかもガッツリ目閉じてるし。
まぁでも、これはこれで味が出ているから面白いか。将来結婚式でも挙げた際に流すと良いと思う。
「神村、置いてくぞ」
と、フォトセッションしていたら、横から監督さんの声が入ってきた。
視線をグラウンドの方に向けると、既に人影が見当たらない。神村以外の面子は遠征バスに乗り込んだようだ。
監督さんの声に「今行きます」と返事をすると、
「今日はありがとね!」
そう言って、その場を駆け足で後にする神村。背中姿はどんどん小さくなっていく。
「……はぁ」
その背中姿を見送りながら、大きなため息をつく俺。
これでひとまず神崎の依頼は完了。死ぬほど障害があったが、なんとかやり遂げられたのは良かった。……まぁ、休日に働いている時点で良くないんだけどな。
とはいえ、働いてしまったものは仕方ない。
労働には休息を。疲れたし、さっさと帰ってたっぷり寝てやろう。
そんなことを考えながら見送る神村の背中姿。
と、突然その背中姿が遠ざかるのをやめた。
「あっ、そうだ! 葛岡君!」
そして突然こちらを振り向く神村。
えーっと、俺に何の用でしょうか、と遠くにいながらも視線だけで問う。
すると、神村は両手でメガホンを作って口の周りに添えて。
「後でその写真欲しいから、休み明けにNINE交換しよ!」
「……は?」
「じゃあ、また学校でっ‼︎」
「ちょっ、おい!」
俺の反応なんて何のその、それだけ言い残してそのまんまバスに乗り込んでしまった。
「………………」
……いや、NINE交換とか言われてもちょっと困るんですけど。
何が困るって、そりゃプロのぼっち的にNINEの友だちを増やしたくないのはもちろんなんだが……そんなことより神崎を差し置いて神村とNINEの交換なんてマジで困る。
「……良かったねー葛岡君、私を差し置いて連絡先交換なんて、ねー」
……ほらもうこの通り。肩から放たれる異様なまでの負のオーラと殺意滾る鋭い視線がとんでもなく恐ろしい。俺がモブキャラだったら瞬殺されていると思う。
一難去ってまた一難ならまだしも、今度は二難かよ……。なんで神村とNINE交換させられる約束を取り付けられた挙句、神崎に殺意を向けられなきゃならんのだ……。
「いや、もうまったく良くないんだけど」
「言い訳は良いから。それより早く私にも写真送ってくれないかな」
「……はい」
なんか言うとキレられそうだったので、おとなしく俺はエアドロで神崎にツーショットを送りつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます