第13話:桃源郷を覗くとき、覗かれる側は人生ナイトメアモードである。

 神崎と嵯峨山の2人がグラウンドに足を踏み入れると、白鷺台の選手たちの視線はすぐさま2人に集まった。


 疲れ切った選手たちの前に降臨せし、天使の如き2人の美少女。しかもそのうち片方は男子高校生みんな大好きな立派なおもちをお持ちになられていて、もう片方は朝ドラ女優かっつーくらいの圧倒的透明感があるのだ。


 そんな2人が現れた空間近辺は、選手たちにとってまさしく桃源郷。酒池肉林の境地であることに疑いの余地はない。


 ……つまり逆を言えば、仕事とはいえ桃源郷で酒池肉林側にいる俺からすると、この状況は人生ナイトメアモードに他ならない。無策についてったら屈強なディフェンダー陣から殺意剥き出しのデススラをキメられること請け合いだ。


 だが、幸い俺はその辺のリスク管理には抜かりない。数秒遅れてピッチサイドに入り、さらに空気と同化。5メートルほどの間合いを取りつつ、あくまで自然な所作で後ろをついて行く。


 ぼっち歴6年目の俺にとっては存在感を消す事くらい朝飯前。体育祭、文化祭、球技大会、修学旅行と、幾多ものアンチぼっちイベントを乗り越えてきたのだ。もはやステルスは俺の十八番とも言える。


 ……ステルス一樹の独壇場っすよ!


 「葛岡さん?」


 とか思っていたらあっさり嵯峨山にステルスが見破られた。「そんなオカルトありえません」とか言われた気分。


 そしてゾロゾロと俺に視線が集まり始める。


 シラを切ろうか迷ったが、サッカー部の連中に俺の存在がバレてしまっては無駄だ。


 ……致し方なし。俺は2人との間合いを3メートルほど詰め、嵯峨山に文句をつける。


 「なんで声なんか掛けるんだよ、せっかく人が空気になってたってのに」


 すると、嵯峨山はさも善行を積んだかのような表情を浮かべて。


 「いや、1人で寂しそうに下向いて歩いていたから声かけて欲しいのかなと思いまして」


 ……チッ。これだから陽キャは困る。ちっとはぼっちの気持ちも考えてもらいたい。


 全国のぼっちを代表して、俺は説教をかますことにした。


 「構うことが全部優しさって思ってたら勘違いだからな? 放っとく優しさもあるって覚えとけ」


 「放っておくって、なんで放っておくことが葛岡さんにとって優しさになるんですか?」


 「そりゃあ、視線が飛んで来たら死ぬだろ」


 「ほうほう、なるほど……あっ! さては神村さんが近くにいて緊張してるんですね!」


 してやったりって感じでビシッとサムズアップして見せる嵯峨山。悪いが嵯峨山、めちゃくちゃズレてるぞ。


 ……強いて言うなら、緊張しているのは俺じゃなくて神崎だ。


 「いいいいいやっ⁈ べべ、別に緊張してないよっ!」


 ほら、もうこのあがりよう。あがりすぎて宇宙開発する勢いだ。


 「? なんで神崎さんが緊張してるんですか?」


 「き、緊張なんてぜ、ぜーんぜんっ! すすす、するわけないじゃん!」


 とか言いながらガクガクブルブル顔面突沸させる神崎藍さん(高2)。


 その様子を見かけて、嵯峨山は神崎を励ます。


 「大丈夫です! 神崎さんならきっと出来ます!」


 「えっ? そ、そうかな?」


 「だってこんなのちょろいですから! イチコロですよイチコロ!」


 「イチコロ? そうかな……えへへ」


 なんかさっきから話が噛み合ってない気がするが……なんかもう、どうでも良くなってきた。



 2人のやり取りを見て、俺はふと思った。



 ……なんで俺、こいつらの協力引き受けたんだろ。

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