第12話:試合観戦と押し付けられる変態キャラ

 それから2時間ほど時間が流れて。



 『ピッピッピィ────────ッ‼︎』



 雲一つない蒼い空に、試合終了を告げるホイッスルの音がこだました。


 試合終了の合図だ。激闘を繰り広げた選手たちはその場で倒れ込み、しばらくしてゆっくりとセンターサークル付近に集まる。


 スコアは3対3の引き分け。互いに自分達のスタイルを崩さずに攻撃力で殴り合った、見ていて飽きない試合展開だった。


 横一列になり、再び審判が短くホイッスルを吹くと、両チームの選手がスタンドへ一礼。スタンドの観客からは、労いの拍手が送られる。



 「い、いやー、面白かったですねー!」


 「……やっぱり凄い……」


 「ふぅむ、悪くはないなぁ〜」



 3人ともに一様の感想を述べる。試合に関しては満足のいくものだったらしい。


 ……まぁ、こいつらがちゃんと試合を見ていたかと言われるとそうじゃないんだけどね。



 ──じゃあこいつらは一体何を見ていたのか。



 まず神崎。こいつは言うまでもない。試合というより神村をがっちりマンマークだ。だから試合展開どころかスコアがどうだったかすら分かっていないだろう。


 分かっている事といえば神村がPKで1点取ったくらい。点を取ったときには奇声をあげたゆえに、周りから鋭い視線を浴びせられた。ちなみに視線を浴びたのは俺。なんでだよ。



 次に鳴岡先生。この人はキックオフ直前に何を思ったのか一旦スタンドを飛び出し、帰ってきたらビニール袋いっぱいのおつまみと酒の入った紙コップを手に戻ってきた。


 そこからは1人真っ昼間から酒を煽ってはつまみをむしゃむしゃ。後半にはデートをドタキャンされた反動からかイケメン探しを始め、結果的に手前サイドにいた副審の人に帰着。


 途中選手たちがその副審に抗議する一幕があったが、鳴岡先生の怒号で収束。なぜか周りから俺が鋭い視線を浴びた。なんでだよ。



 最後に嵯峨山。こいつはまぁ、2人と比べればちゃんと試合を見ていた。


 ……見ていたんだけど、そもそも競技を間違えていたらしく、クリアボールがスタンドに入る度に「ほぉー」だの「へぇー」だの「すごーい」だのと感嘆していた。それは野球だっつーの。


 途中嵯峨山の方にボールが飛んで見事キャッチしたのだが、ホームランボールと勘違いしてそのまま手元に持ち続け、試合中断。俺が無理やり引っぺがしてボールを返却したが、なぜか俺が鋭い視線を浴びた。なんでだよ。



 つまり、ちゃんと試合を見ていたのは俺だけだったというわけだ。


 ちゃんと見ていたのに鋭い視線に晒されるとか、いくら他人から嫉妬と怨念に満ちた目で見られるのが勝ち組の人間の役目とはいえ、どうかしてやがるぜ。世界は俺に厳しすぎる。



 ……んで、俺は何しに来たんだっけ。



 「では、私たちも行きますか」



 ……そうだった。建前上は取材しに行くんだったな。



 何処に向かう嵯峨山を追うべく、席を立つ俺。


 「ん〜? どこに行くんだ〜葛岡ぁ〜?」


 その俺を逃さんとばかりに、鳴岡先生が腕を掴んできた。


 「どこ行くって、そりゃ取材に行くんですよ。こう見えても仕事できてるんですから」


 「取材かぁ〜。ふぅむ……よぉ〜し、私も手伝ってやろうじゃないかぁ〜葛岡ぁ〜」


 そして何を思ったのか、協力を申し出てくる鳴岡先生。


 ……あぁもう、鬱陶しいな。アルコール摂取すんなよこいつ。


 こんなにも酩酊している奴を連れてっては迷惑千万。だが、ただでさえ強引で横暴な鳴岡先生だ。真正面から断っても拒否されるに違いない。


 こういう時はからめ手に限る。なので俺はおつまみの入ったビニール袋をがさ入れし、


 「ほらっ、先生カルパスあげるから。はい、そこでハウス」


 「ワンッ!」


 その場で餌付けしておくことにした。酔っ払っているからか、鳴岡先生は至って従順だ。……これは結構なメモ案件だな。


 さて、今のうちに取材に行くとして。


 「おい神崎。行くぞ」


 「ひゃ、ひゃいっ!」


 すでにあがっている神崎と引き連れ、俺は嵯峨山の後を追った。




           ◇



 

 「それじゃあ、担当を決めましょうか」


 メインスタンド裏。取材用の紙と鉛筆、それからクリップボードを配りながら、嵯峨山は言った。


 サッカーを野球と勘違いしているレベルで頭の弱い嵯峨山だったが、取材に関しての下準備は完璧だった。さすがは新聞部。総合文化祭で全国に行っているだけあって頼り甲斐がある。


 「今回取材するのは、監督さんと部長さんと……えーと、後は今日ホーム……ゴールを決めた方ですから、4番と20番の選手ですね」


 ……とか一瞬でも思った自分が恥ずかしい。今すぐ死にたい気分。死なないけど。


 「違うだろ。点を決めたのは5番と10番と14番。そんで10番つけてた奴が左腕に腕章してたから多分そいつが部長。だから監督含めた四人に取材すれば良いんじゃねぇの?」


 ちなみに4番と20番はスタンドにボールをクリアしてきた選手だ。


 「葛岡君さすがだね。変態さんなだけある」


 「この試合に限ってはお前が変態だからな? 誰がとは言わんがジーッと見てたし」


 「神崎さんまで観察する視野の広さはさすが変態さんですね! 葛岡さん」


 「だから変態じゃないっつーの」


 理不尽に決めつけられた変態キャラに絶望しつつ、逸れかけた話を元に戻す。


 「んで、どうすんだよ担当は」


 「そうですね……」


 うーん、と唸る嵯峨山。


 数秒考えて、ポンッと閃いた。


 「そういえば葛岡さんって、神村さんとお戯れになりたいんですよね?」


 「えっ、あぁ、いや別に……うん、はい」


 「だったら神村さんは葛岡さんの担当で良いのではないでしょうか?」


 ……まぁ、そう来るよね。だって俺、建前上神村と友達になりたいって嘘ついてるから。


 だが、俺がその提案を易々と受けては、神崎に部員探しを手伝ってもらうことができないだろう。なにせ神崎に頼まれて(つーか脅されて)この場をセッティングしているのだ。



 ……それに見てみろ。



 「…………(殺す)」


 神崎の目がナイフよろしく俺をグサグサ。「分かってるよね?」と釘を刺す目をしている。


 背に腹はかえられぬ。部員探しを手伝って貰えないと困るので、テキトーに理由をでっち上げることにした。


 「あー、でも神村ってヒエラルキーの高い人間だろ? 俺なんかとじゃ不釣り合いだから、ここは神崎が担当する方が良いんじゃないか? 俺はテキトーに他の奴にでも──」


 ガンッ! 


 と、完璧なお膳立てをしたのにも関わらず、神崎から脛に蹴りを入れられた。


 「痛っ‼︎ な、何すんだよ!」


 「ちょっと蚊がいたから殺さないとって」


 「絶対殺意の対象俺だったろ……」


 つーかなんで蹴り入れてくんだよ。良かれと思ってお膳立てしてやったのに。


 脛をさすりながら神崎にジト目を送りつける。すると神崎が小声で耳打ちしてきた。


 「だって私だけじゃ神村君の前で人格破綻するでしょ? 取材どころじゃなくなるって」


 ……まぁ、確かにそれは一理ある。取材の名目で来ている以上、仕事に支障が出るのはまずいだろう。


 「えーっと、まぁ、なんだ。俺と神崎、神村と同じクラスだから積もる話もあるだろ。だから一緒に取材してくるわ。あ、あとついでに5番の人も取材しとく」


 テキトーに理由をはぐらかし、そしてさりげなく役割分担も都合の良いように提案。ちなみに5番の奴はめちゃくちゃ地味だ。あれは100%陰キャ。絶対楽に終わる。


 そんな俺の提案に対し、嵯峨山は少し不安そうな表情を浮かべた。


 「ん、どうした? なんかダメだったか?」


 「いや、その、私は良いんですけど……変態さんと2人というのは神崎さん的にどうなのかなって」


 「確かにそれは……ちょっと不安かも」


 ついで結構本気で不安そうな表情を浮かべる神崎。



 ……やれ、こいつらの俺に対する変態キャラの押し付けは酷すぎる。



 もはや手遅れだなと思いつつも、俺はボソリと反論した。



 「……だから俺、変態じゃないっつの」

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