第11話:酸素すらないところに煙は立たない
そんなわけで、今回の取材は鳴岡先生を加えた4人で行くことになった。
大宮から新宿を経由して、東京は飛田給。昼食(鳴岡先生の奢り)を済ませた後に俺たちが向かったのは、味の麦スタジアム──通称《味スタ》……の隣にある人工芝のグラウンドだった。
嵯峨山が「味スタで試合」とか言ってたからスタジアムの中に入れるものだと期待していたんだが、どうやら違ったらしい。
まぁ、よくよく考えればプロリーグってシーズン中だし、一端の高校生が使えるわけがない。そういや2週間くらい前にもここに来たっけか。
当の嵯峨山は到着してから気づいたみたいだが、これが例えば同じ調味料でも味の麦じゃなくて正◯醤油とかだったら真反対に行っていた事になるのでマジで危なかった。ちなみに正◯醤油は前橋の方にあるスタジアムの名前。逆ったらありゃしない。
「岬はサッカー部の取材とか、結構やるの?」
「そうですね、うちはどうしても野球部の取材をやりたがる部員ばかりで……移動も大変ですからあまりやりたがる人がいないんですよ」
俺が歩く数歩先、神崎と嵯峨山が雑談に花を咲かせている。
出会ってから実質数時間程度なのに、よくもまぁこんなに会話できるなぁ……、と少し感心してしまう俺。少なくとも俺だったらだんまりを決め込んで相手から興味をなくしてもらう方向に走るのに。
でもまぁ、初っ端から2人に軋轢が生まれるよりかは仲良くしてもらった方が助かる。休日の仕事であっても全然先が思いやられない。
「だから必然的に私がやることが多いですね」
「へ、へぇー……ふーん……そ、そうなんだ……羨ましい」
「え、なにがですか?」
「な、なんでもないよ⁉ アハ、アハハハハハ……」
……うん、なんか先が思いやられた。神村と話す前からこれとは想定内にしても結構だるい。
「それで、最強の異能力って何だと思うかね」
……そしてこっちはもっとだるい。一体全体なぜ俺はこの人と最強の異能力について議論を交わさなきゃいけないのか。
「私はやはり時間操作系の異能力一択だな。ギリシャ神話で言うところのクロノスだ」
しかも急に神の名前とか出してくるし。
「時を止めて相手をグサリ。死にそうになったら過去に逃亡。そして未来予知。これで完璧だ」
まるで少年のような目で持論を捲し立てる鳴岡先生。
……うざったいな。あんたもあっちのガールズトークに参戦してこいよ。
とか言うと、再びチョークスリーパーを喰らうこと請け合い。
話に付き合えないわけでもないので、一応俺も意見を言っておく。
「全然完璧じゃないですね」
「な、なぜだ⁈ 時間操作系の異能力は完璧な筈だぞ……」
「強いとは思いますけど、それだと間違いなくいずれ自らが招いたタイムパラドックスの積み重ねで確実に世界は破滅します。そんな異能力を安直に完璧とか最強とかいうのはもはやファンタジーに対する冒涜まであります」
「……ふ、ふーん、ま、まぁそうだな……言われてみれば……一理ある……かも」
なんでか知らんけど言いくるめてしまった。だがまぁ気分は良いので続ける。
「だからまぁ最強の異能力は環境によって色々あると思うんですけど……何でもアリなら運命律を操ることができる異能力一択じゃないですか?」
「ほ、ほぉ? それは何故かね」
「自身に干渉する全ての生物の運命律を操作できれば勝手に死んでくれますし」
「確かにそうだな」
「それに仮に直接生命の運命律を操れなかったとしても、たとえば殺したい奴が泊まっているホテルの運命律を突然崩壊するように書き換えれば、もろ直接そいつを屠れますし」
「なるほど」
「というか、運命律を操れれば確実にぼっちになれる。もうこれ最強じゃないですか」
以上、Q.E.D。証明終了。異論は認めない。
だが、不可解にも鳴岡先生は人を憐れむような目でこちらを見ている。
「……な、なんですかその目は」
「葛岡……貴様は異世界に行ってもぼっちになりたいのか……なんか可哀想だな」
なんかってなんだよ。ちっとも可哀想じゃねぇだろ。少なくとも彼氏欲しさにマッチングアプリでデートの約束までこぎつけたのに当日になってドタキャンされたどこぞの独身さんよりかは可哀想じゃない。
「……なんか変なこと考えたか?」
と、今度は人を殺すような目でこちらを射抜いてくる鳴岡先生。
……なんで人の心読めるんだよこの人。
とはいえ、この人の発言的には俺が変なことを考えていたという確信はないらしい。
「まったく考えてないです。それより先生、入場ゲートです。とりあえずスタンド行きましょう」
命の危険を感じたので、俺は即座にお茶を濁した。
◇
ゲートを通過した俺たち一行は、そこら辺に空いていた席にテキトーに腰を掛ける。
俺たちが案内されたのは、選手ベンチが近いサイドにあるメインスタンドだ。
周りを見渡してなんとなく察したが、どうやらここは保護者や記者といった関係者しか入れないらしい。自然、スタンドの席はガラガラで、どこに座っても問題はなさそうだ。
……なので俺はこいつらとは違う場所で、1人で観戦しようとした……の、だが。
「逃げるな葛岡」
無理でした、はい。鳴岡先生に首根っこ掴まれて連行される俺氏。
大人しく隣に収監されたところで腰を下ろし、グラウンドを眺める。
試合前ということもあり、グラウンドでは両チームの選手がウォーミングアップをしていた。まだボールを使ってのアップはしておらず、ストレッチやらブラジル体操やら、各々で身体をほぐしている。ちなみになんでブラジル体操って言われているのかはよく分からない。
その集団の中、しっかりと神村の姿も確認できた。スタンドからでも一目で分かるくらいの圧倒的なイケメンオーラ。……チッ、俺にも少し顔面偏差値分けろ。
なんかムカついたので、グラウンドから視線を逸らす。
と、選手たちがアップしているその手前、両監督が記者らしき人物から取材を受けているのが目に入った。
取材……そういえば俺たち、新聞部の手伝いってことでここに来ているんだよな。取材はしなくて良いんだろうか。
「おい、嵯峨山。取材はしなくていいのか?」
「へっ? 取材ですか? ……あーっと、大丈夫です。試合前の意気込みなら既に聞いてありますので。取材は試合終了後だけで大丈夫ですよ」
不自然な間があったのは気になるが、嵯峨山がそういうのなら問題はないだろう。
「おい葛岡、取材って何の話だ?」
と、俺と嵯峨山の会話を聞きつけた鳴岡先生が横から小突いてきた。そういえば鳴岡先生は俺たちがここにいる事情を知らねぇんだったな。
この人も一応は教師だ。簡単に説明しておこう。
「サッカー部の取材ですよ。俺と神崎は新聞部の手伝いでここに来ているんです」
「というのが建前で?」
「……本音は神崎の横暴に付き合わされているだけです」
「誰が横暴だって? 協力するの辞めるよ?」
「そういうわけです鳴岡先生。お察しください」
「ふむ、そういうことか」
横槍が入ってきたが、どうやら察しがついたようだ。
説明力はないが理解力はそれなりにあるらしい。まぁ、神崎の好きな人が神村だと知っている数少ない人間だからな。察せなかったら相当の馬鹿だ。死んだ方が良い。
「つまりは葛岡。貴様は神崎のことが好きなんだな?」
……朗報。鳴岡優希は死んだ方が良い人間だと判明。
つーか、どんな理屈で神崎のことが好きっていう結論になるんだよ。
「好きじゃないです。あと、『つまり』って言葉は因果関係が繋がってないときには使うことを避けましょう。ねっ?」
「無自覚型か……そりゃぼっちだもんな……人との関わりなんて未経験だから無理もない」
「だから、好きじゃないです。だいたい誰がこんな人格破綻する奴のことを──ほら、見てくださいよ隣」
「ん」
「はぁ……神村君……かっこいい♡♡♡」
鳴岡先生の隣、神崎はこの時間で既に人格破綻していた。顔も完熟トマトよろしく真っ赤に染め上げている。
……こんなにも人格破綻する終わった人間のこと、間違っても好きになることはない。
それを見て、鳴岡先生は大きくため息をついた後、なぜか俺の肩に手を当てる。そして、こう言ってのけた。
「入り込む余地もないってことか。ドンマイ葛岡」
「だから好きじゃないです!」
……こういうのははっきりしておかないと後々面倒だからな。何度だって言ってやるよ。
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