第10話:責任って、なんだろうね?
新聞部で《体験者名簿》なるものに名前を記入した放課後、俺は神崎から集合時刻と集合場所を伝えられた。
集合時間は午前10時。そして集合場所は大宮駅《まめの木》前。
ちなみに《まめの木》というのは大宮駅のコンコースに設置されている巨大オブジェクトのことで、待ち合わせスポットとして有名な場所だ。大宮が舞台のアニメなんかでも聖地として登場していたりもするので、友達と待ち合わせなんてしたことがない俺でも場所くらいは知っている。
……そして3日後の日曜日。
俺は集合場所の《まめの木》に、10時ぴったし……大事なことだからもう1度言うぞ、俺はまめの木に集合時刻ぴったしの10時に到着した──の、だが。
「……なぜ来ない」
ただいまの時刻、午前10時30分。集合時刻から30分が経過した現在もなお、俺はまめの木の前で1人立たされていた。
神崎と嵯峨山、共に集合場所に現れないのである。
……もしかして集合時間を間違えた? 《まめの木》って本当にここか?
なんてな疑念が一瞬だけ浮かんだが、しかし確実に神崎から10時集合って言われたし、マップを見たって俺が今いるのは間違いなく《まめの木》。こちらに不徳はない。
ともすると考えられるのは2つ。
大幅な電車遅延のようなやむを得ない遅刻か、普通に遅刻か。
だが、電光掲示板を見る限りどの路線も平常運転。大幅なダイヤの乱れは見られない。
つまるところ、あいつら2人は揃いも揃って普通に遅刻しているってことだ。
「……チッ」
どうせあれだろ? あいつら『女の子だから』って理由だけで遅刻が正当化されるとでも思ってんだろ? 化粧がどうとか服装がどうとか髪型がどうとか。
……けしからん。
悪いが俺は鼻の下伸ばして愚行を許しちゃう女たらしじゃない。それこそ、髪型のセットに時間が掛かるんだったら坊主にすれば良いと思います。
と、ぼやいたところですぐに神崎と嵯峨山が来てくれるほど現実は甘くない。いつだって現実は俺に厳しいのだ。
……仕方ない。あいつらにはあとで気合いの五厘刈りにしてもらうとして、暇潰しに駅で待ち合わせしている人間の観察でもしておこう。
そう思い至り、目の前のコンコースを眺めること5秒。1人の女性に目が止まった。
明らかに目立つ赤色のワンピースを身に纏ったその人は、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、スタイル抜群の女性だった。ワンピースからスラッと覗く脚はオトナっぽくて妙に艶かしく、対照的に被っているキャスケット帽はどこか可愛らしさを強調している。
一言で言えば、美人。道端ですれ違えば思わず振り返って見てしまうような、そんな人だった。
……ただし、それはあくまで外側の印象。内側を知っている人間からすればその限りではない。
「……なんであんたがここにいんだよ、鳴岡先生」
派手におめかしした美人さんは、残念ながら担任の鳴岡先生だった。もうマジで残念。休日なのに俺の視界に入ってくるとか絶望でしかない。
あの人と関わるとろくなことにならない。俺は即座に死角に隠れようとした……が、幸いにも先生はこちらの存在には気づいていない様子。
いつもと違って
「……まぁ、この人でもいっか」
オフの教師を観察する機会もそう多くない。どうせ暇なので鳴岡先生を観察してみることにした。
《以下、テキスト実況》
・10時35分 手鏡で自身の顔を確認。自分に酔ったか、少しニヤつく。怖い。
・10時40分 モジモジし始める。周囲の目が更に引き寄せられるが意に介さず。
・10時45分 何処に消える。方向的におそらくはお花を摘みに行った模様。我慢できず。
・10時50分 帰還。スッキリしてご満悦の様子。相当溜まっていたか。
・10時55分 赤面しながら携帯を凝視。ウロウロと挙動不審になる。怖い。
・11時00分 突然その場で崩れ落ちる。
「あっ、崩れ落ちた」
11時の鐘が鳴ると同時に、鳴岡先生は突然両手を突いて地面に伏した。
ここからでも分かる哀愁感。よく分かんないが何かとてつもない不幸があったらしい。
こういう報いを見ると、善行だろうが悪行だろうが、日頃の行いはいつか自分に返ってくるものだな実感する。いつも俺をおもちゃにして遊んでいるから、きっと今、先生は痛い目を見ているのだ。
……対して俺はどうだ。
イエスキリストも大絶賛するほど善行を積みまくっているのに、なぜかここ最近は苦湯を飲まされまくっている。
今日だって家でゆっくり過ごしていたかったのに仕事でそれは叶わないし、しかも肝心の神崎と嵯峨山は待ち合わせの時間から1時間経っても姿を現さない始末だし。
……そろそろ、積んできた善行の報いを受けても良いよね?
「よしっ、帰ろう」
そう思って《まめの木》から立ち去ろうとした、刹那のことだった。
「お待たせ葛岡君」
……タイミング最悪すぎんだろ。
この透き通るような、けれどもどこか癪に触るような声色には確信的な聞き覚えがある。
無視して帰ってやろうかとも思ったが、声を掛けられては時すでに遅し。諦めて声がした方に目をやる。
「……やっぱりお前かよ」
いつも通りの制服姿にいつも通りのヘアスタイル。声を掛けてきたのは予想通り神崎だった。
「私で悪かったね……、岬なら今あそこで切符買ってくれてるから」
言って、神崎が指す方向には、神崎と一緒に来たのだろうか、嵯峨山が券売機に並んでいた。
神崎とは違って私服で来たようで、白のシャツにデニム調のオーバーオールを身に纏い、そして麦わら帽子を被っていた。鍬とかぼっことか持たせたら立派な農業従事者って感じだ。
「とりあえず新宿まで行って、そのあと京王線に乗り変えるらしいよ」
「それは知ってる。俺も会場には何回か行ったことあるし」
「……へぇ、それは何? 私へのマウント?」
「どこにマウント要素があるんだよ……、マウント取れてねぇから」
と、特段中身のない会話を交わす俺と神崎。
……じゃなくて。
なにこいつ遅刻して来たくせにしれっとしてやがるんだよ。開口一番謝罪を入れるのが普通だろ。
どうせこいつらのことだ。さっきも言ったように、男女平等主義とか謳っておいて都合が悪けりゃ「女の子だから良いのっ!」とか喚き出すのだろう。
……許すまじ。こいつらには裁きの鉄槌を喰らわせねば。
「つーか、お前ら遅刻に対する詫びはないのかよ」
「えっ? 遅刻? なんのこと?」
なんのことっておい。
「思いっきり1時間も遅刻してんだろ。集合時間は10時だったはずだぞ」
「……あぁ、それね」
と、ポンッと手を打つ神崎。反省の意はまったく見られない。文字で起こすと多分『HAN☆SAY!』って感じ。……ぶっ飛ばすぞおい。
「なにが『それね』だ。誠心誠意謝罪しろって」
普通にイラッとしたので語気を強めて問いただす。すると神崎は調子そのままにとんでもないことを言ってきた。
「いやいや葛岡君。別に私たち遅刻してないって。君の集合時間は10時だけど私たちの集合時間は11時だし」
「……は?」
「だって葛岡君、捻くれてるから《重役出勤》とか言って平気で遅刻しそうじゃん。だからその遅刻を見積もって1時間前の時間を知らせたんだよ」
なるほど、こいつなりに俺のことを見積もって集合時間を設定していたのか。他人を最低値計算して裏切られないようにするその心意気ばかりは買ってやりたい。
……が、だとしたら甘いな。
「あのなぁ神崎、言っとくが俺はサボる時は徹底してサボるぞ。遅刻するくらいなら欠席する」
勝ち組の人間たるこの俺がそんな中途半端なことするわけないだろ。人生の勝者はいつだってメリハリがつけられるもんだ。
つーわけだから、俺を見誤ったこいつらが悪い。謝罪して然るべしだ。
……と、理論武装して再び謝罪を催促してみたんだが。
「葛岡君、研究同好会が廃部になっても良いのかな? 協力しないよ?」
「……分かった、お前らは一切悪くない」
またしても諦めた。あまりにも横暴な脅しの前に為す術がなかった。
やれやれといった感じでため息をつく神崎。
数秒の間を置いてから、再び話かけてくる。
「それで、律儀に1時間前に来た葛岡君は長いこと何してたの?」
「え、あぁ、いや、ほら、あそこ」
「あそこ? ……あれ? 鳴岡先生じゃん。地面に
「暇だったから観察してた」
「えっ……」
物理的に3歩ほど引かれた。ついで向けられてくるジト目。
「葛岡君……鳴岡先生のこと、ジーッと見つめてたの?」
……もっと別の言い方あるだろ。なんでそんなにも俺を変態に仕立て上げてくるんだ。
「だから人間観察だって人間観察。人間やることなかったら普通他人を観察するだろ」
「普通って、それは葛岡君だけの話でしょ。……って、普通ってことはまさか葛岡君、教室でやることなくなったら他の人をジーッと見てるってこと?」
「言い方は気に食わんが……まぁ、そうだな」
「えっ……」
さらに1歩引かれた。自分を抱きしめるように身を捩り、露骨にドン引きする神崎。
「葛岡君……やっぱり変態さんだ」
「変態言うな。つーかいやらしい目線で見てないし」
俺が観察する理由は単に暇つぶしであって、そこに煩悩は一切ない。
……まぁ、外見的特徴を把握する上で胸の大きさを押し測ることはあるが。
「葛岡さーん! お久しぶりでーすっ!」
と、そこに無事切符を購入し終えた嵯峨山が寄って来る。
「元気してま──って、なんで2人ともそんな離れているんですか?」
「ねぇ岬。葛岡君、あそこにいる鳴岡先生のこと、1時間も見つめていたらしいよ?」
「葛岡さん、それは本物の変態です……」
かと思ったら4歩ほど引かれた。再び向けられるジト目と3メートルの間合い。
こうして理不尽に刷り込まれていく変態キャラ設定には
そして間接的ではあるが、ここに鳴岡先生が関与しているのも末恐ろしい。そもそも鳴岡先生が大宮になんて来てなければこんなことにはならなかったはずだ。
……あの人、なんなわけ?
現状を心の中で嘆きつつ、日々の恨みをぶつけるような視線を、未だ地面と己に向き合っているであろう鳴岡先生の方に向ける。
「っ⁉︎」
瞬間、その視線に勘付いたのか、鳴岡先生とバチコリ目が合ってしまった。
……やっべ、これまずくね?
と思っても時すでに遅し。ゆらりと立ち上がった鳴岡先生は、地面に落としたスマホを拾い上げるとこちらに近づいて来る。
あぁ、終わった……。あとは俺だと気づかれないことを祈るしかないが……。
「あっ、鳴岡先生!」
「こんにちは!」
こいつらの掛けた声によって一縷の希望は儚く散った。
「ご無沙汰だな貴様ら。……それに葛岡」
「ぐえっ⁈ ……お、お疲れ様です……ク、クルシイ……」
挨拶替わりにと脇の下にグイッと首を持っていかれては軽くチョークスリーパーをキメられた。出会って5秒でこれだ。
……先生はなんだ? 葛岡一樹を苦しめるとかいう
頼むから俺をプログラムに巻き込まないでほしい。
「おい葛岡。なぜ貴様がこんな短期間でプチハーレム築き上げてんだ、あぁ?」
俺の頭をグリグリしながら囁く鳴岡先生。ヒシヒシと肌越しに感じる怒り。グリグリする拳がどんどん俺の頭蓋骨を蝕んでいく。
「こ、これは色々あって……そうっ! 部活存続のための活動ですよ!」
「美少女2人も侍らせておいて何が部活存続のための活動だ! 強いて言うなら人類存続のための活動だろ! 貴様、私がさっきどれだけの苦痛を味わっていたのか知りもしないで……こっちはドタキャンだぞ⁈」
涙ながらに訴える鳴岡先生。もしかしてさっきの醜態はマッチングアプリとかでデートをドタキャンされたのが原因なのかな?
気持ちは分からなくもないけど……そんなことより貴方はまず、俺に与えてきた幾多もの苦痛を考えましょう。
「おー、変態さんがとっちめられてる」
「変態は危ないので気絶させておきましょう」
神崎と嵯峨山は傍観者ムーブだ。ニタニタしながらこちらを眺めている。
……畜生、なんでいつも世界は俺に厳しいんだ……。
心の中でぼやく傍ら、鳴岡先生は俺に言い放った。
「葛岡、責任取れ。私もそのハーレムに混ぜろ」
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