第41話:建前のための建前

 放課後。苦痛の階段掃除を終えた後、俺は職員室を訪れていた。


 今まで何度となく呼び出された職員室。ここに来るときは決まって説教を喰らっていたが、しかし今回は自分の意志でここに来ている。


 目的は当然1つ。用事があるのはもちろん鳴岡先生だ。


 「ほぉ、貴様が自ら来訪とは……不意を突かれたな」


 言いつつも、まったりとした口調で話す鳴岡先生。視線の先にはスマホの画面。絶賛アクションゲーム中だ。


 ……あんた今勤務時間中だろ。タイムカード切ってんだろうな。


 「不意を突かれたと思っているならさっさとゲームやめて欲しいんですけど。上司にチクりますよ?」


 問い詰めると、鳴岡先生は不敵な笑みを浮かべる。


 「それくらいで私がビビるとでも? そもそも私の上司なんて貴様に分からないだろう」

 「校長とかどう考えてもあんたの上司でしょ」

 「あぁ、あのジジイは力で捻じ伏せればどうとでもなるから構わん」


 おいマジか、この学校のパワーバランスどうなってるんだよ。俺が上に立った際にはこういう部下だけは絶対に持ちたくないと思う。


 「……で、何の用だ?」


 キリの良いところだったのか、鳴岡先生はスマホを閉じると俺に問いただしてきた。


 スクールバスの時間までそんなにない。俺は単刀直入に切り出す。


 「鳴岡先生。神崎の生徒手帳を、俺に届けさせてもらえないでしょうか」


 神崎が家に引きこもっている以上、自分の気持ちを伝えるには自分で神崎宅に出向く必要がある。だが、何の建前もなしに神崎の家に行くのはさすがにキモすぎる。


 だから、神崎の家を訪れるための建前を、俺は生徒手帳に求めたのだ。


 ……しかし計画はあっさりと破綻した。


 「神崎の生徒手帳か……それなら4組の宮代に渡したが」

 「えっ、マジっすか?」


 あー、そういやなんかいたな。神崎のご近所さんで確か陸上部だったっけ。顔も名前も知らんが確かに俺の脳内メモリーにはそう刻まれている。


 「彼女ならすでに帰ったはずだが……もしかして神崎になんか用事か?」

 「いや、まぁそうですね……ちょっと神崎に用事があって」

 「ふむ、それは私的な用事か?」

 「……ぶっちゃけ、そうですね」


 何の用事かは恥ずかしいので言わないが。


 「……ほぉ、貴様も正直になったもんだな」


 俺の返答を聞くと、鳴岡先生は驚いた表情を浮かべる。


 「職員室に来たと思えばあれだけ捻くれていた葛岡が真っ直ぐになっている……つまり地球の終わり……もしかして貴様、ラッパでも吹いたか?」


 一体全体なんでそうなる。


 「俺はいつだって真っ直ぐですけど? その理論だと1000回近く地球が終わってますよ。あと俺、ガブリエルじゃないです。最後の審判の笛鳴らしませんから」

 「おぉ、この2次元ネタが通用するとは大したものだ。私の周りではこの手の会話ができる奴が少なくてな、嬉しいぞ。少しばかり見直した」


 そう言いながら今度は関心した表情になる鳴岡先生。聖書を2次元ネタとか言っているあたり恐怖でしかないが……時間もないし機嫌が取れたので良いとしよう。


 「んで、何かないんですかね。あいつの家に持っていけるようなもの。なければ別に明日生徒手帳を届けさせてくれれば良いんですけど」

 「うむ、そうだな……」


 言って、鳴岡先生は腕と脚を組みながら何事かを思案する。


 「……そういえばあれがあったな」


 そして何かを閃いた先生は、机の引き出しを開けて封筒を1つ取り出した。A4サイズのその茶封筒は、そこそこの厚みを帯びている。


 「今日郵送で送ろうと思っていたんだがな……ちょうど良い」


 言って、鳴岡先生は俺に茶封筒を手渡す。


 「ここ一週間分の配布物だ。貴様が神崎の元に届けに行きたまえ」

 「っ⁉︎ い、良いんですか?」

 「ポストに投函するのが面倒だからな。こっちの方が手間が省けて楽だ」


 な、鳴岡先生がこんなに気を遣えるなんて……ありがたいが、それこそ地球の終わりかもしれない。


 「まぁ、実際のところは捻くれ者の貴様を使役することが至極なだけなんだがな」

 「横暴過ぎんだろ……」


 やっぱり終わっていなかった。地球はまだまだ存続していくらしい。


 「そんなことはさておき、バスは良いのか? あと3分だぞ?」

 「っ⁉︎ やべっ!」


 3分後のバスを逃せば次のバスは1時間後。最寄駅徒歩40分の陸の孤島なのでスクールバスの乗り遅れは致命的だ。


 「すいません、ありがとうございましたっ!」


 雑ではあるが一応感謝の弁を述べ、俺は職員室を飛び出した。

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