第39話:心のわだかまり
神崎が学校に姿を見せなくなってから1週間が経った、水曜日の3限。
唐突の授業変更により、俺は今美術室にいた。
ペアの横顔を描く課題が与えられてはや1ヶ月。今日が課題提出日ということで、ほとんどの生徒が最後の着彩に取り掛かっている。
そんな中、俺は筆を持ったままボーッとしていた。
とてもじゃないが、筆を動かす気にはなれないのだ。
あの日以降、神崎は学校を休み続けている。学校には風邪ということで話を通しているようで、クラスの連中が結構心配していたが、まぁ風邪なわけがない。
休んでいる原因は明白。神村に振られたから。
そしてその原因を作った遠因を辿れば……俺だ。
「お、おい。く、葛岡」
そんな陰鬱な俺の様子を見てか、南野が横から声を掛けてきた。
「うぇ、あ、ど、どうした南野」
ぼっちであってもコミュ障じゃない俺だが、思わず南野のように声が吃る。
「お、お前、様子がおかしいぞ?」
「い、いや、そんなことな──」
言っている途中、南野が至近距離でまっすぐに見つめてきて、思わず言葉を止めてしまった。
南野の表情はいたって真剣で、どこか不安げ。口を開けば「死ね」としか言わない南野がこんな表情をしているのは初めて見る。きっと本気で俺のことを心配してくれているのだろう。
……でも南野さん、ちょっと近くないすかね。
「……えーっと、ちょっと近いんだけど」
「うぇ⁉ し、死ねっ! さ、さっさと課題やれっ‼︎」
「お、おう……つーか理不尽すぎだろおい」
死ねって言われたのは納得いかんが……こいつなりの心配だと受け取っておこう。
◇
昼休み。俺は校舎の騒音から逃れるべく、いつものように研究同好会の部室を訪れていた。
と言っても、当然ながら内心はいつも通りではない。
相変わらず心の中は分厚い雲に覆われ、そして心なしか、ここに来るまでの足取りは重かった気がする。
この1週間、俺はどうやってこの敗北の責任を取ればいいのか考え続けた。
だが、俺は未だにその答えを導き出す事ができていない。
砂漠地帯にある流砂のように、考えれば考えるほど、どうすればいいか分からなくなる。
「……はぁ、分かんねぇ」
部室の窓際で黄昏れる俺。人工芝のグラウンドの先、広がる田園風景をボーッと眺める。
校舎から漏れる騒音、蝉の合唱、新緑色で染まる遠く先の景色。そのどれもがいつもと変わらない。
いつも通りうるさくて、いつも通り田んぼだらけで、いつも通り田舎くさい。
……変わらないはずなのに、俺から見た世界はいつもと違う。
世界はどこか暗くて、霧がかかっているように見える。
……この感じ、いじめられて塞ぎ込んでいた時期以来だな。
「──って、あれ。変態さんの葛岡さんじゃないですか」
と、どことなくバッドトリップしていた俺の耳に、珍しくも俺の名を呼ぶ声が入ってきた。
こんな無遠慮な言葉と声色には聞き覚えがある。声が聞こえた方へ振り向くと、やはり俺が思い浮かべた通りの人物がいた。
「……お前は相変わらず失礼な奴だな、嵯峨山」
そこにいたのは嵯峨山岬。期末考査でなんとか赤点を回避し、そして見事研究同好会の内定を勝ち取った、山で因数分解できる美少女だ。
新聞部の活動やらで最近見かけていなかったので、こうして言葉を交わすのもあの祝勝会の時以来ということになる。
「何してんだよお前は」
「散歩です」
言って、「暇していたので」と付け足す嵯峨山。
「飼い主がいないみたいだが……勝手に外歩いて良いのか?」
「葛岡さんこそ失礼な人ですね。ぶち殺しますよ?」
「お前の失礼を返してやっただけだ」
と、いつものような思考と発言を重ねてみるものの、やはり心は晴れない。
「……もしかして、また悩みごとですか?」
とか思っていたら嵯峨山に心を見抜かれた。まったく、なんでこいつはいつも俺の心を正確に読んでくるのか。
まぁでも、嵯峨山との付き合いも2ヶ月半と、短くはない。
そんだけの期間があれば、陽キャのこいつにとって人の心を読むことは造作もないことなのかもしれない。
「良かったらまた、話聞きますよ?」
真面目な表情でそう俺に言って見せる嵯峨山。
言われてふと、俺の脳裏にゴールデンウィークの一幕が思い浮かんだ。
どうやってお金をかけずに神村と休日デートに行けるか、そんなミッションインポッシブルに頭を悩ませていた俺が嵯峨山に相談を仰いだ、あの食堂の場面だ。
……相談、か。
プロのぼっちである俺が他人を当てにするのは、言うまでもなく信条に背く行為だ。いつだって俺は、自分でどうにかできる問題はできるだけ人に頼らず、自分の力で解決してきた。
だが、いくらぼっちが勝ち組とはいえ、1人ではどうにもならない問題だってあることも分かっている。
時には人を利用──いや、頼ることも大切なのかもしれない。
……なら、俺は。俺が選択すべき行動は。
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