5章:プロローグのエピローグ

第37話:勝利と敗北

 勉強合宿を終えてから月日が流れ、すでに7月中旬に差し掛かっていた。


 運命の期末考査も終わり、カレンダーが示す日付は7月11日の月曜日。時刻は午後7時を回ったところだ。


 そんなありきたりで特別でもなんでもない、ごくごく普通の平日の夜。

 俺と神崎、嵯峨山、そして南野の4人は、大宮駅西口にあるファミレス《ジャンゼリヤ》に集まっていた。


 一堂に会している理由は1つ。


 「お疲れ様でしたぁぁぁぁぁ!!!! かんぱぁぁぁぁぁいっ!!!!」

 「かんぱぁぁぁぁぁいっ!!!!」

 「か、乾杯……っ!」


 そう、あの嵯峨山が、赤点5冠王のあの嵯峨山が、なんと全教科赤点を回避したのだ。


 そしてその祝勝会ということで、ここで四人ともに飯を囲っているというわけである。



 ……なんでプロのぼっちのテメェがプチハーレム築いて飯囲ってんだ、ぶっ殺すぞ!



 と思ったそこの君。


 いやねぇ、本当だったら顔を出すつもりはなかったんだよ。


 だって少数派絶対主義者でありプロのぼっちである俺にとって、こいつらと飯なんて忌避たる事案なのだから。


 「もう、皆さんのおかげです! 感謝しかありませんっ! どうぞどうぞ、今日は私の奢りですから好きな物をご自由に注文なさってくださいっ‼︎」


 ……だけど俺の懐事情が大変厳しいのも事実だ。奢りと言われればさすがに行かざるを得ない。


 分かってくれ、世の中金に勝るものはないんだ、……金しか勝たん!


 ちなみに神村も誘われたみたいなのだが、部活の後に用事があるからと断ったらしい。部の謹慎処分も解け、すっかり元の多忙な日常を取り戻しているようだ。


 ……おかげさまでラブコメイベントの主人公がいなくなっちまったじゃねぇか。どうしてくれるんだよ。


 まぁでも、言っても俺はプロのぼっちだ。たとえこの身にラブコメイベントが起こったとしても、華麗に凌ぐ術は持ち合わせているのでノープロブレム。


 祝杯を掲げてグラスをコツンとぶつけ合う女子たちを横目にしつつ、俺もサーバーから注いできたコーラに舌鼓を打つ。


 すると、隣に腰掛けていた神崎にジト目を向けてきた。


 「あぁ、葛岡君、なんで乾杯する前に飲んじゃうかな。普通乾杯してからでしょ、飲むの」


 どうやら乾杯をしなかったことに不満があったらしい。他2人もそんな感じの視線をぶつけてくる。


 ……やれ、なんでお前らと乾杯しなきゃいけねぇんだよ。


 別に乾杯しなきゃいけない法律もないので、ここは抗弁しておこう。


 「俺は普通じゃないからな。だから乾杯なんてする必要ないだろ」

 「まったく、これだから葛岡君は」

 「相変わらず捻くれていますね」

 「し、死んだ方が良いな……」


 やれやれと肩をすくめて呆れられた。なんでこの後に及んでお前らに呆れられなきゃいけないのか。


 ……それにしても死んだ方が良いって酷くないか。


 前々から分かってはいたことだが、他人と会話するのは体力の無駄遣いだ。


 会話は相手がいて初めて成り立つもの。したがって独りでいれば会話など起こるはずもない。


 俺はグイッとコーラを飲み干し、孤独を求めてドリンクサーバーの方へ向かった。

 



           ◇



 

 「そういえばさっき氷入れるの忘れてたな」


 そんなことを呟きながら、使っていたグラスに氷を入れる俺。


 特にこの手のファミレスにあるサイズの大きい、しかも溶けにくい氷というのは、どんな飲み物も美味しくしてくれる魔法の氷だ。入れなかったのは我ながら失態である。


 グラスに3つ、4つと氷をぶち込み、サーバーの前へと移動する。


 ドリンクサーバーはどこのファミレスにもあるようなボタン式のやつだ。

 メロンソーダ、ジンジャーエール、オレンジジュースに白ブドウジュース、そして先ほど注いだコーラ。他にも炭酸水やコーヒーに紅茶と、豊富なラインナップを取り揃えている。


 「……これでいっか」


 その中から俺はジンジャーエールのボタンを長押ししてグラスに注ぐ。

 ジンジャーエールにした理由は特にない。強いて挙げるならば最近飲んでいなかったくらいだ。


 なるべく多くの量をグラスに注げるよう、炭酸が収まるのを待ってから注ぎを数回繰り返す。


 注ぎながら、店の外を眺める。


 ショッピングモールの中に入っているため、ここの店は店を隔てる壁がないので外の様子がよく見える。


 平日の夕方なのに意外と人通りは多い。見るに人通りのほとんどが、仕事を終えたスーツ姿のサラリーマンやOLの人たちだ。


 そんなこともあってか、制服姿の学生は自然と目に留まる。


 「ごめんね、わざわざ付き合ってもらっちゃって」

 「全然良いって。むしろ私たちの関係なら付き合って当然でしょ?」


 外の光景を眺めていると、1組の男女が会話しながら店の側を通り過ぎるのが目に入った。


 うちの高校と同じ制服を着た、おそらくはカップルだ。


 ……ったく、公の場でいちゃつきやがって。


 カップルには微塵も嫉妬はないが、幸せそうなのがどうも気に食わない。


 他人の不幸は蜜の味。その逆も然りだ。


 リア充爆発しろとわりと本気で思いながら、俺はそいつらを目で追う。




 「……えっ」




 目で追って、俺は信じられない光景を目にしてしまった。




 視線の先のカップル。ブロンドの髪をハーフアップに纏めた、いわゆるギャルみたいな女子──の隣。




 そこにいたのは、甘いマスクに爽やかな笑顔を浮かべた、茶髪のイケメン。

 



 ──カップルの片方は間違いない、神村球尊だった。

 



 「…………………」




 想定外の光景を目にし、思わず言葉を失う俺。


 祝勝会を断ってのこの状況。

 聞こえてきた会話。

 仲睦まじく歩くその姿。

 そしてにこやかな表情。


 ……認めたくはないが、どう見てもあの2人はデキてる雰囲気だった。


 「…………マジ、か」


 ポツリと言葉を漏らして、ふと俺は勉強合宿初日の夜のことを思い出す。



 俺には誰とは言わなかったが、神村は俺に好きな人がいることを告白していた。


 一時の気の狂いがあったからか、それとも興奮昂ったテンションだったからか、どうして神村ともあろう人間が恋バナなんて振ってきたのかは分からない。

 

 だが、俺はその告白を聞いて、どこかホッとしていた。


 神村に恋愛脳さえあれば、たとえ神村の好きな人が神崎じゃなかったとしても、神村を振り向かせることが可能だと思ったからだ。


 でも、当たり前だが恋愛はバトルロワイヤルで、1人でできるオフラインのRPGではない。


 ライバルがいて当然だし、攻略のための時間が無限にあるわけでもないし、何より神村自身が恋愛に動くのだって普通にありえる。


 ……なのに、俺はそれらの当たり前の事象を計算の内に入れていなかった。


 神村は動かないラスボス、プレイヤーは神崎のみ。そう思い込んでいたのだ。



 それは俺の傲慢で、過信だった。



 今思えば、あの夜の神村の告白は、自らの好きな人に告白をするための決意表明みたいなものだったのかもしれない。



 「……まずったな」


 俺と神崎の関係性はあくまで協力。だから神村と神崎の仲をある程度取り持った時点で根本的には達成されたと言える。


 ゆえに神崎の恋愛がうまく行こうが行かまいが、最悪俺には関係のない話だ。


 ……だが、それでも俺は神崎の恋愛協力者だ。神崎の恋愛協力者である俺に、この敗北の責任が問われて然るべきだろう。

 



 7月11日。勝利の日として刻まれるはずだった今日、俺は1つ、大きな敗北を喫した。

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