幕間④:陰キャは友達というワードに弱い

 勉強合宿も無事終えた、週明けの月曜日。


 いつも通り、と言わざるを得ないこの日常に絶望しながら、いつも通り嵯峨山の勉強会のために部室に行った。


 勉強合宿でしこたま嵯峨山に勉強を教えてやったのでしばらくは嵯峨山の相手をしたくなかったのだが、残念ながら勉強というのは継続性がモノを言う。

 特に嵯峨山のような頭の弱い人間は、1日たりとも無駄にはできないのだ。


 そんなもんで、今日も今日とて俺は嵯峨山の相手をしてやらなければならない。


 本日の科目は、化学基礎と英語。化学は分子の結合の種類や特徴、英語は仮定法を片付ける予定だ。


 さて、どうやってあの記憶力皆無のおっぱいオバケをしごいてやろうか。

 教育プランを頭で考えながら図書館に入ると、部室の前、1人の見知った少女が挙動不審に彷徨っているのが目に入った。


 一目見た感じ、研究同好会に用があるように見える。


 「……何してんだあいつ」


 下駄箱でスリッパに履き替えながら、小さく呟く。


 自ら他人に話しかけることなかれ、がプロのぼっちの基本原則ではあるが、こうしてウロウロされては嵯峨山の方のタスクを進められない。


 仕方ないので声を掛けることにした。


 「……おい」

 「うぇっ⁉︎」


 こちらの存在に気づいていなかったのか、声を掛けられた陰キャコミュ障女子・南野美波はこちらを見てギクッと硬直した。


 「な、なんだよ、く、葛岡かよ……も、もっと早く名乗れ……」

 「なんでいちいち名乗んなきゃいけねぇんだよ。戦国時代の武士か俺は」

 「せ、切腹しろ」


 いよいよ意味が分からん。とりあえず死ねって言われていることはよく分かった。


 ……で、何の用でこいつはここにいるのか。

 さすがに南野みたいな陰キャコミュ障が用事もなしにここに来ることはないだろうが……。


 「んで、何の用だよ」


 考えるのも面倒だったので、そのままストレートに問いただした。

 すると不安げな視線で俺を見上げて、南野。


 「こ、ここ、研究同好会の部室、だよな……?」

 「あぁ、まぁそうだけど」

 「じゃ、じゃあ、よ、よろしく」


 なんでか知らんけどよろしくされた。こいつのことだから多分《夜露死苦》って言っている。


 ……で、なんで急に夜露死苦なんて言われたんだろう。


 一応聞いてみると、モジモジしながら訥々と、南野。


 「わ、私、こ、ここの部活……入るから……」

 「はぁ、さいですか……えっ?」


 こいつ今なんて言った? ここの部活に入るだって?


 「いやいや、お前が? 俺の部活に? いやなんで?」


 問うと、ジトッとした目を南野に向けられて。


 「お、お前、部員……集めてんだろ? 掲示板、見たぞ」

 「そりゃあ、まぁ集めてるけど……」


 だからってなんで掲示板見ただけでいきなりうちの部活に入るなんて言い始めるんだ。俺の知っている陰キャコミュ障の南野にはそこまでの行動力はないぞ。


 となると、こいつにも何か裏があると考えるのが妥当だ。

 嵯峨山の時もそうだったように、きっとこいつにも何か目論見があるに違いない。


 俺はその目論見とやらに思考を巡らす。


 「……えーっと、もしかしてお前、学校に居場所がなくなったの?」

 「な、舐めるな。も、もとからそんなもの……ない」


 うわ、なんか予想以上に悲しい答えが返ってきたぞ。俺とて一応は部室という居場所があるのに。


 ……まぁ、クラスでは俺の居場所なんてものは最初からなかったけどな。別にいらねぇから良いんだけど。


 「そ、その……こ、この前の勉強合宿……た、楽しかった……」

 「え、急にどうした」

 「お、お前が理由、き、聞いてきたんだろ……」


 呆れてそう言い放つ南野。

 コホンッと咳払いを1つ吐くと、入部したい理由とやらを語り始めた。


 「わ、私……こ、こんな感じだから、と、友達、できたことない……け、けど、神崎も、嵯峨山も、神村も……一応葛岡も……仲良くしてくれて……」


 ふーん。


 「そ、その、初めて、だった……。ひ、人とあれだけ、な、長い時間を過ごして……苦じゃなかったのが。む、むしろ楽しかった、というか……」


 ほーん。


 「だ、だからもっと、み、みんなと一緒にいたい、というか……」


 へぇ、そうなのか。こいつ、勉強合宿でそんなこと思い始めていたのか。


 ……俺はまったくそんなこと思ってなかったぞ。だってお前ら俺への扱い酷かったし。


 「いや、別に俺、お前と仲良くしたつもりもないし普通に苦だったんだけど?」

 「っ⁈ し、死ねっ‼︎」


 こういうところとか。俺が屈強な精神の持ち主じゃなかったらとっくに自殺していると思う。


 「と、とにかくっ! こ、ここの部活……入れろ……」


 頼む側の言葉とは到底思えないが……まぁでも、こいつの言わんとしていることは理解した。



 俺が欲する部員像は言ってしまえば幽霊部員だ。


 なぜなら幽霊部員は基本部室に来ないから。

 ゆえにプライベートスペースを維持したい俺にとっては、幽霊部員こそが理想的な部員であると言える。


 そして幽霊部員というのは陰キャでコミュ障だと相場が決まってる。


 その点、南野は俺が望む部員像にほぼ合致している存在だと言えるし、南野の申し出を断る理由は表面的にはない。


 だが、さっきの南野の話で察するに、こいつには学校に居場所がなく、そしてその居場所を研究同好会に見出そうとしている。


 研究同好会は俺のプライベートスペースを生み出す為の部活であって、誰かの居場所を作るための慈善団体ではない。


 だから理想の部員像(幽霊部員)に合致するとはいえ、こいつの入部はあまり認めたくないのが本音だ。



 ……とはいえ、そうも言ってられないのが現実でもある。



 研究同好会廃部までのタイムリミットは残り1ヶ月。

 部員を確保しづらい状況に加え、嵯峨山のテストが不確定要素である以上、ここで大きな魚を逃す手は考えられない。



 ……となるとここで俺が選択すべき行動は1つのみ。



 「まぁ、じゃあ分かった。入部は認める」

 「うぇ、い、良いのか?」

 「だが交換条件だ」


 神崎と嵯峨山同様、取引に持ち込むべきだろう。せめて何かしらで貢献してもらうほかない。


 「こ、交換……条件……?」

 「そうだ」


 そしてここでこいつに求める条件は……仮にも俺はこいつと1年間ペアを組んできた人間だ。

 こいつの特徴と現状俺が抱えている問題点を考えれば、1つしかない。


 俺は大きく息を吐いた後、その条件を南野に伝える。


 「南野、お前が嵯峨山に現文を教えてやれ」


 言うまでもないが俺は現代文が壊滅的にできないし、そこそこの成績を取っている神崎も《教える》という点においては壊滅的だ。


 一方で南野は「なんでお前理系なの?」ってくらいに現文が得意な人間。なんてったって文系の奴らを差し置いて国語の成績学年1位。少なくとも俺と神崎よりかは適任だと断言できる。


 「うぇ? わわ、私が? さ、嵯峨山に……?」


 ……まぁ、コミュニケーション能力には懸念しかないけどな。


 とはいえ文句も言ってられないから目を瞑ることにして。


 アニメも漫画もそうだが、陰キャコミュ障は頼られると致命的にチョロくなる。とりあえず煽てておこう。


 「だってお前現文得意だろ? 頼むよ」

 「い、いや、で、でも、お、教えるのとやるのは、べ、別だから……」

 「でもお前の『お友達』の嵯峨山が困ってるんだぞ? お前の『お友達』が。『お友達』なら助けない手はないよな? きっと『お友達』の嵯峨山も感謝するぞ」

 「と、友達……そ、そうだな……えへへ」


 ちょろい。やっぱり陰キャコミュ障は『お友達』という言葉に致命的に弱かった。


 「な、なら、仕方ないな。お、教えてやる」

 「決まりだな」


 これで部員を1人確保だ。


 残るはあと1人、嵯峨山に1本化し、そしてあいつが赤点を回避できるように専念すれば良い。




 ……さて、今日も化学基礎と英語だ。




 「じゃあそういうことで。今日は帰っていいぞ」

 「か、帰って良いって……ど、同好会の活動は……?」


 キョトンと小首を傾げる南野に、俺は言ってのけた。




 「活動? んなもんしばらくは勉強会しかねぇよ」

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