第36話:合宿終了

 2日目の勉強を終え、俺たちの勉強合宿はいよいよ解散と相なった。


 市内には午後5時を知らせる《春の小川》が流れている。こいつらも春の小川の如くさらさらと帰ってほしい。


 「ほら、じゃあさっさと帰れ」


 玄関の前、俺が追い出すように4人に迫る。


 すると、ああいえばこういう系の女子組3名は総じて反論を述べてきた。


 「もうちょっと良い見送り方あるでしょ」

 「そんなこと言ったら逆に帰りませんよ?」

 「の、呪ってやる……」


 意味が分からん。特に嵯峨山と南野は本当によく分からん。変な脅し方しないでほしい。


 「お前ら俺に対する扱い、ほんっとうに最悪だな……」

 「まぁまぁ、いつものことじゃん」

 「いつものことだから不満垂れているんだが……?」


 ぼやいてみせるが、3人は取り合ってすらくれない。


 ……もう、マジでこいつらと関わると疲れる。


 具体的に言えば1人頭通常比3倍くらい。

 つまりこいつら3人まとめて相手するのは27倍疲れるってことだ。


 ……マジでさっさと神村と付き合って赤点回避しろよ。


 「じゃ、じゃあ、僕たちはそろそろ行くね」


 言って、3人の後ろにいた神村は玄関の扉に手を掛け外に出る。


 開いた扉から覗くは、茜の空。夕暮れの温かい光が玄関から差し込んでくる。


 まさしくそれは希望の光。

 

 このあと久々の1人時間かと思うと、何ともない陽光がそんなふうに見えた。


 「あの、葛岡さん」


 情緒に浸っていたら、嵯峨山が改まった表情で声を掛けてきた。


 「色々ありましたが、今回の勉強合宿はありがとうございました。また明日からご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


 言って、ペコリと頭を下げる嵯峨山。


 ……へぇ、一応礼節は弁えているのか。


 失礼な奴だと思っていたが、意外と礼儀だけはなっているらしい。


 さすがはご令嬢。金持ちだけあってそういうところには教育が行き渡っている。手のひらに隠したカンペが無ければ満点だな。


 ……やっぱり礼儀がなってないな。義務教育からやり直せ。


 まぁでも良い。さっさと帰って欲しいから突っ込まないでおこう。


 「んじゃあ、気をつけて帰れよ」


 言って、俺は4人を追い出……送り出し、玄関の扉に鍵を掛ける。

 勢い余ってロックまでしてしまったが、光樹が帰ってくるのは夜遅いはずだ。しばらくはこうしておいても良かろう。


 「……ふぅ」


 大きく息を吐いて、俺は玄関の上りかまち仰臥ぎょうがし、ボーッと天井を見上げる。


 見上げた先には、何の変哲もない真っ白な天井。


 見上げていると、その天井に最近の出来事が走馬灯のように描かれていく錯覚を覚えた。



 ──始まりは鳴岡先生の理不尽な取引。



 廃部を脅しに神崎の生徒手帳を届けさせられたあの日、俺は事のあらましともなる重大な秘密を知ってしまった。

 言うまでもなくその秘密とやらは神崎の好きな人であり、そしてそれをきっかけとして俺は神崎と協力関係を結ぶことになった。



 ──ついで描かれたのは嵯峨山との出会い。



 ゴールデンウィーク2日前のこと。嵯峨山にラーメンを詐欺られたことがきっかけで、俺と嵯峨山は出会った。

 その後なんだかんだで色々あり、3人でサッカー部の取材に出向いたのは記憶に新しい。


 神崎の神村耐性のなさと嵯峨山のアホさには驚かされたなぁ……。


 ……ちなみに今思い出したが、そういや嵯峨山からまだ500円返してもらってない。早く返せよあいつ。悪いがうちはトイチだからな?



 ──そして最後にはさっきまでやってた勉強合宿。



 嵯峨山からの依頼で勉強を教えることになってから神崎に提案を受け、そんでもって南野と神村をメンツに加えてさっきまでやっていた勉強合宿までの流れは、良いか悪いはさておき、密度的には濃い時間だったと思う。




 そこまで描かれて、はたと俺は気づいた。



 ……なんか、楽しそうだな、俺。



 成長を望み、束縛を嫌い、何よりも負けることを嫌い。


 勝つのはいつも少数派という不変の真理に気づかされてから、これまで俺は独りぼっちの学生生活を送ってきた。


 ぼっち=勝ち組という信念の下、時には近寄ってくる奴を排斥したこともあった。



 ……だが、今はどうだ。



 今まで俺だけしかいなかったモノクロームな世界は、事情が事情とはいえ、神崎や嵯峨山、南野や神村、あるいは鳴岡先生といった面々によって鮮やかに彩られている、ように感じる。


 しかも、なんだかんだでそんな世界を受け入れてしまっている自分がいる。


 あれだけ排斥してきた世界に染まりつつある俺。



 ……もしかして、俺は──。



 「お兄、何してんの?」

 「っ⁉︎」


 と、思考を遮断するように誰かが俺の視界に入り込んできた。


 奴らを追い払った今、うちにいるのは1人しかいない。双葉だ。


 「び、びっくりした……急に声掛けんなよ」

 「いや、だって神崎さんたち見送ったらいきなり玄関で寝そべるから、てっきり死んだのかと」


 相変わらず理由は最低だが、どうやら俺を心配してくれての声掛けらしい。


 「どしたの? ボーッとして」

 「まぁ、なんつーの、どっと疲れが押し寄せてきてな」


 言いながら、俺は仰臥していた身体を起こす。


 身体を起こしてみて、身体が思ったよりも疲れていることに気づいた。


 脳の疲労も相まって強烈な睡魔に襲われる。自然、大きな欠伸が口から漏れた。


 「……ちょっと俺、寝てくるわ」


 それだけ言って、俺は自分の部屋がある2階へと向かう。双葉は何の言葉を掛けるでもなし、無言でその背中を見送ってくれた。



 階段を登りながら、玄関で仰臥している時に思い至ったことを再び考える。



 ……もしかして俺は、こいつらと過ごす日々を望んでいるのだろうか。



 「……いや、そんなわけないな」



 きっと一時的に気が狂っているのだ。疲れているから思考がおかしくなっているに違いない。

 



 ──だって俺がそんな生活、望むはずがないんだから。

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