第33話:本日最後のラブコメイベント
「さっきのはあんまり手応えなかったな……」
ボヤきながら俺と神崎が歩いているのはスタジアム内のコンコース。キックオフ1時間前ということもあり、俺たちはスタジアムの中へと入ることにした。
ちなみに今、嵯峨山と南野、そして神村はトイレに行っている最中だ。なので先に俺と神崎がスタンドに向かう段取りになった。
……にしても、神村はさっきからトイレばっかり行っているが大丈夫なんだろうか。
お前がいなくなった途端にわけの分からない集まりになるから、頼むから離脱だけは勘弁してほしい。
……つーか体調悪くても戻ってこいよ? 戻ってこなかったら一生呪い倒してやるからな?
とまぁなかなかに鬼畜な思考はさておいて話を戻すと、俺が言う手応えとはさっきの食事中の話だ。
間接キスイベントを引き起こしたは良いが、神村に刺さっているのかというとぶっちゃけ刺さっていなかったと言わざるを得ない。
だってあいつ、全然間接キスとか気にする素ぶり見せてなかったし。
神崎レベルの美少女の間接キスだったらさしもの神村でもドギカマギカして心もマミると思ったんだが……。
「手応えがなかったって……い、いきなり神村君との間接キス迫るのやめて欲しかったんだけど……」
隣に並ぶ神崎が顔を朱に染めながら文句を垂れる。文句を垂れているわりにはかなり嬉しそうだ。
「別に良いだろ。間接キスくらい減るもんじゃねぇんだし」
「そ、そういうのはまず段階を踏んでからなのっ!」
そうなのか。今どきの女子は間接キスすら段階にカウントするらしい。
……こいつらが付き合ったとして、突き合うまでには長い年月が掛かりそうだ。
「それで、私たちは何すれば良いの?」
「そりゃ席取りに決まってんだろ」
俺たちが向かっているのは自由席。今回の座席は色々諸々あって指定席ではないので、自分たちで席を確保する必要がある。
ちなみに彩スタの自由席は北スタンドと南スタンドの2つがある。
北と南の違いは応援のスタイル。
北は立って熱く応援するのが原則な一方、南は座って楽しく応援するのが原則だ。
今回は初めてのスタジアム観戦であろう神崎と南野がいるので、初めての人でも楽しく観戦できる南スタンドで観戦することになった。
ゲートを抜けてスタンド中段の通路に出る。すると早速、真っ赤に染まったスタンドが現れた。
ピッチにはまだ選手が現れていないものの、スタンドには12人目の選手たちがすでに多く集まっている。
「うわ、何この人だかり……」
人に囲まれることに慣れている神崎でさえ唖然としていることこそが、多くの観客が来ていることを表している何よりの証拠だろう。
俺から見てもいつも以上の集客。しかしそれも当然っちゃ当然である。
「そりゃダービーマッチ、しかもさいたまダービーだからな」
ダービーマッチというのは、簡単に言えば同じ地域に本拠地を持つライバルチーム同士の試合のことを指す。
川を挟んだ地域のチーム同士の対決だったり、あるいは同じ地方のチーム同士の試合でもそう呼んだりすることが多いが、基本的には同一県内に本拠地を置くライバルチーム同士の対決だと思ってもらえれば差し支えない。
必然、通常の試合と比較してかなりの集客を見込めるし、なによりライバルチーム同士の試合なので応援の熱量も高くなる。
もちろん、選手たちも絶対に負けられないといつも以上に気合いが入るだろう。
そんな日本に数多くあるダービーマッチだが、その中でも《さいたまダービー》は極めて異端と言える。
というのも、さいたまダービーで相まみえる2チームは、共にさいたま市に本拠地を置くチーム。
つまり、同一県内ではなく同一市内に本拠地を置くチーム同士の対決なのだ。
選手もサポーターも物理的距離が近い分、より互いを意識し合うため、他のダービーとは熱の入り方が違う。
しかもそれだけではない。
今回相まみえる両チームは、正確に言えばさいたま市に合併される前の旧浦和市と旧大宮市にそれぞれ本拠地を持っているのだが、この旧浦和市と旧大宮市というのは歴史的にも政治的にも仲が悪い。
なんてったって仲が悪すぎて合併するのに70年も掛かってる。
ラブコメに出てくるどんなに喧嘩続きの幼馴染同士でも15年くらいありゃくっつくのに、その5倍弱と考えるとどれだけ仲が悪いかは想像しやすいだろう。
喧嘩するほど仲が良いとは思わんが……70年も喧嘩し続けるとかお前ら仲良すぎな。
そんな仲の良……悪さが市民にも伝播・遺伝してか、浦和民と大宮民は今でも仲が悪い。しょっちゅうマウントを取り合うし、己が優れ相手が劣ると主張する。
県庁があるのは浦和だから浦和が1番だとか、いやいや新幹線は大宮で止まるから大宮が1番だとか。
文教都市は浦和だとか、商業都市は大宮だとか。
さいたまには浦和だけだとか、日本の首都は大宮だとか。
他にもあるが、まぁ挙げればキリがない。
ちなみに同時に合併された旧与野市はこの争いから早い段階で脱落しているが……ここだけの話、与野は浦和側っぽい感じではある。
なんてったって与野八王子グラウンド・通称『よのはち』の人工芝に《URAWA》の文字が刻まれてるしな。
……そう、つまりは大宮はハブなのである(ぼそり)。
そういう背景もあって、さいたまダービーは犬猿の仲である浦和と大宮の代理戦争という側面もあり、サッカーに興味がない両民もこの一戦を見届けようと大挙してスタジアムに駆けつける。
そのため、普段はわりと席が空いている南の自由席もほぼ満員になっているのだ。
「これ、本当に5人分の席空いてるの……?」
存外の集客に自分たちの座席を心配する神崎。
まぁ確かに、パッと見た感じではそんな大人数の連番席は空いているようには見えない。空いているように見える席もほとんどLフラッグや荷紐でキープされている。
……だが案ずるなかれ、神崎。俺を誰だと思っている?
「安心しろ。人がいないスペースを見つけるのは俺の得意分野だ」
「え、そうなの? 初耳なんだけど」
「人がいないスペースを見つけるスキルはぼっちに必須だからな。こういうのには慣れてる」
そう、俺は孤高のぼっち。人を寄せ付けないスキルはもちろん、人がいない空間を見つけるスキルにも優れているのだ。
「慣れてるって、なにその悲壮感漂う安心感は……」
「悲壮感言うな。信頼と実績の安心感だろうが」
「はいはい分かった分かった」
呆れられたが、それでも一応安心はしてくれたらしい。俺のぼっちに対する信頼度の勝利だ。
「あそこが空いているな」
言って、早速見つけたスタンド後方の空席へ俺たちは向かう。
俺の見立て通りに、階段を数十段登ったところにちょうど5席分の空きが見つかった。
横1列で5席分空いていれば良かったのだが、さすがにそれは叶わず。
替わりに空いていたのは、前列に2席、その後ろに3席という等脚台形を逆さにしたような空き方をした席だ。
ただ、この席配置はこの席配置で都合が良い。
なんてったって前の2席は実質ペア席だからな。神崎と神村を座らせておけばそれだけでラブコメだろう。
スタジアムでの盛り上がりによる吊り橋効果も見込めるし、これなら神村にだって効果はあるはずだ。
そんなことを思いながら、席を確保したのち、俺は自然に神崎を前方の2席に誘導すべく、後方3席の真ん中に座る。
しかしその意図を神崎本人は察せなかったらしい、
「あとはこの席番をNINEで送れば仕事完了っと。……よし、送信完了」
言って、後方3席右側──つまりは俺の隣に腰を掛けてきた。
……いやいや、お前はそこじゃないだろ。なんでこいつはナチュラルにチャンスをふいにしようとするのか。
直接言ってやらないと分からないらしいので、俺は神崎に言ってのける。
「おい神崎。お前、前の席に行けよ」
「えっ、なんで?」
「そこの前の席で神村と一緒に座ればめちゃくちゃ良い感じだろ。カップルって感じで」
ボンッ。神崎の顔が突沸した。
「えっ⁈ かかか、カップル⁈ そ、それはちょっと心の準備が……」
さっきカップル役やってただろ。何を今更準備って。
「別にふたりぼっちにしようってんじゃねぇし、困ったら俺が後ろにいるから」
「い、いややや、で、でも、わ、私とかか、神村君が隣って……む、無理なんだけど」
……あぁ、もう鬱陶しいなお前。付き合いたいくせに隣は無理とか、馬鹿かお前は。
俺的にも神崎的にも意味のあるサッカー観戦にしなければならない。
なので俺は適当かつ効果的な理由をつけ、神崎を前へと追いやることにした。
「どうせお前神村と付き合うんだろ? 今のうちに慣れておけ、練習だ練習」
「どうせ付き合うって……えへへ、そ、そうだよね。私が神村君と……」
言われて、神崎はニタニタしながら言われた通りに前に出る。やはりちょろい。こいつの将来が不安だ。
……ともあれ、これで舞台は整った。
スタジアム観戦でのラブコメもいよいよクライマックス。残り時間でできるだけ親密度を稼いでくれ。
──────────
(追記)
今回の内容で浦和を上げて大宮を下げるような記述がありましたが、大宮のことを侮辱する意図はまったくございません。主人公の立場(浦和側)という目線に立った状況から、いわゆるプロレスみたいなものを演出したく思い、今回の文章を書かせていただいた次第でございます。
昔はどうかは分かりませんが、今は大宮も浦和も仲が良いと思いますし、間違いなくどちらも素晴らしい街です。
もしご不快に思われた方がいらっしゃいましたら、コメント欄でご指摘願います。改稿作業を行なったのち、別の文章に書き換えさせていただきます。
よろしくお願いします。
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