第32話:間接キスイベントは双方向に働くとは限らない

 たこ焼き・ポテト・焼きそば・牛タン・ケバブサンド。


 全員が円卓に揃う頃には、卓上はそれぞれが買ってきた美味で彩られていた。


 高校生の食事とは思えないほどの絶品一色、まさしく美食の楽園と言えよう。


 すでに他の連中はそれぞれが買ってきた美食にありついている。俺はその様子をボーッと眺めていた。


 「出店のわりには意外と美味しいですね。1舟に6個しか入っていないのは不満ですけど」


 言いながら、俺の正面右。たこ焼きをモグモグしているのは嵯峨山だ。


 1舟に6個しか入っていないのが不満だったか、追加課金して2舟分のたこ焼きを買ってきたらしい。


 チラッと手元のたこ焼きを見る。片方は普通のものだが、もう片方は見たこともない真っ赤なソースが掛かっていた。おそらくはスタジアム限定の味だろう。


 「たこ焼きって普通8個入りなのにね。ケチだよねあそこ」


 左隣でそんなことを言いながら牛タン丼をモチャモチャと頬張るのは、神崎。先ほど俺に買わせようとした牛タン丼とはこれのことだったらしい。


 光沢ある牛タンの上、ふんだんにトッピングされている白髪ネギと塩ダレがアクセントとなっていて、一眼見ただけで味に間違いはないだろうと確信できるほどにビジュアルが良い。


 「…………う、美味い」


 正面左に座る南野は、ボソッと呟きながらフライドポテトを頬張る。


 手元には「それってポテトなん?」と突っ込みたくなるほどに長くうねったポテト。それを誰にも目を合わさないように下を向きながら、リスのように小刻みに食べている。


 ジャンクフードのチョイスといい食べ方といい、さすが陰キャコミュ障って感じがする。



 ……にしてもこいつら、女子のわりには意外と脂っこいもの食べるんだな。


 女子って太りやすい体質だし、それにしてはこいつら華奢な体躯してるからもっと食事とかに気を使っていると思っていたんだが。



 それともあれか、アニメお決まりのお胸に栄養が転送される仕組みってやつか。



 ………………。



 いや、多分それは嵯峨山だけだな。だって神崎なんて板チョコも甚だしいし、南野も大差ないし。


 ……でもまぁ、貧乳もステータスって言うから俺は否定しないぞ? なんなら肯定するまである。


 どの男も、貧乳の女子とは平和に付き合うことができる点は多大なるメリットであろう。……だって揉めないし。平和じゃん。



 ……一体何を考えているんだ、俺は。さすがに今のは我ながらキモかった。



 余計な思考を切り替えるようにして右側に目をやる。


 俺の右隣では、神村がケバブサンドをお上品に口に運んでいた。


 その場で薄く切り落とされた肉がキャベツと共にトルティーヤでサンドされ、ふんだんに掛けられている朱色のソースが見事な色彩をもたらしている。


 食ったことはないが、彩スタではかなり有名なスタグルだ。


 はむっとそれを頬張ると、心底幸せそうな表情を浮かべる神村。



 ……こいつ、何をしても絵になるなぁ。



 なんかあざといというか絵画じみているというか。

 よく分からんが絶望的な差を見せつけられて敗者の気分にさせられてしまう。


 そんなことを思いながら眺めていると、神村と視線がかち合った。


 「ん? 葛岡君食べないの? 冷めちゃうよ?」

 「あ、あぁ」


 神村の指摘を受け、俺も購入したスタグルにありつくことにした。


 俺が買ったのはこれまた有名な横手やきそばだ。

 ソースの焦げた匂いと埼玉なのに秋田のものが置いてあるというギャップが決め手でこれを選んだ。


 割り箸で麺を掬い上げ、口の中へと啜り上げる。


 味の方はそこそこ。可もなく不可もなくってところだ。

 ……まぁ、買ってからだいぶ時間経ってるし、冷めてたら美味しくなくなってしまうのも仕方ない。


 他4人の世間話を聞き流しつつ、焼きそばを食べ進める。



 焼きそばをある程度食べ進めて、ふと俺はあることに気づいた。



 (……あれっ、なんか全然ラブコメイベント発生してなくね?)



 グルメ系のラブコメイベントといえば、例えば「はい、あーん♡」つって食べ物シェアしあったり間接キスイベントがあったりするが、その類のイベントが今のところまったく起こっていない。


 それどころか、そんなイベントが起こる気配すら感じられない。


 このまま行くとラブコメの観点からまったく意味のない、ただのお食事会になってしまう。それだけは避けなければいけない事態だ。


 ……うぅむ、仕方ない。こうなったらラブコメイベントのきっかけを作ってやろう。


 こう見えても俺は伊達にラブコメを読んでない。ほとんどのラブコメ展開は起点から結末まで頭に入っている。ラブコメイベントを引き起こすのだってお茶の子さいさいである。


 イベントの着地点を最も破壊力があるであろう《神崎と神村の間接キス》に設定し、数秒思考。シナリオを頭の中で描き上げる。


 そしてそのシナリオ通りに、俺は事を運ぶことにした。




 シナリオその1、起点作り。


 「神村、そのケバブ美味しいか?」

 「うん! とても美味しいよ」

 「じゃあ1口貰っても良いか? 俺の焼きそばと1口交換で」

 「全然いいよ!」

 「じゃあ遠慮なく」


 言って、俺は隣の神村のケバブを1口もらう。


 ここで大事なのは神村が口をつけていないところを攻めること、そして自然なリアクションと適切な間だ。


 頭の中に有名俳優の演技する様を反芻させながら、数秒の間をおいて感想を口にする。


 「えっ、何これ。めっちゃ美味いんだけど」

 「ねっ! 美味しいよねっ!」


 ……よし、反応は上出来だ。




 で、次はシナリオその2、起点の応用。


 「おい神崎、ちょっとこれ食ってみろよ」

 「えっ⁈ わ、わわわ私が?」

 「良いから食ってみろって。良いよな神村?」

 「う、うん! もちろん!」


 強引に承諾させ、神村のケバブサンドを反対隣の神崎の前へとスライドさせる。


 もちろんここで手前側に神村の口が付いている方を向ける細やかな気配りも発揮する。




 シナリオその3。静観。


 あとは流れに任せておけばどうとでもなろう。側からボーッと静観する。


 「え、でででででも貰うわけにはいかないというか……か、神村君、本当に良いの……? な、なんか私だけ得するのはずるというかなんというか……」


 「じゃ、じゃあ替わりに神崎さんの牛タン丼を1口貰っても良いかな」


 「あっ、はははははいっ! も、もちろんっ! ぜ、全然良いよ! もう何口でもいっちゃって‼︎」


 こうなるのは予想通り。……しかし相変わらず神崎って神村相手だと致命的にちょろいよな。


 神村が闇堕ちしたらどうなるんだろうな、こいつ。


 まぁでも、今はそんなことはどうでも良い。




 ともあれ、これで無事、神崎と神村との間接キスイベントの発生だ。


 あとは神崎が神村と間接キスをすればゴールイン、イベント完結である。


 自販機で買ったペットボトルのお茶に舌鼓を打ちつつ、イベントの行く末を見守る俺。


 これで少しでも神村をドギマギさせられれば良いんだけどな。さしもの神村でも神崎の間接キスはドキッとするだろ。


 ……つーかしてもらわんと困る。


 「…………い、いただきますっ!」


 そんなことを考えつつ見守ること10秒後。神崎は大きく深呼吸を1つして、思いっきりかぶりついた。



 ──誰も口をつけていない、真ん中の領域に。



 ……マジか、こいつ。せっかくここまで誘惑チャンスをお膳立てしてきたのにそのチャンスを棒に振りやがって。


 やっぱり許さん。確定で俺の絶対に許さないリスト2022アワードでなんらかの賞をくれてやる。


 「ああああ、ありがと神村君っ! 美味しかった──ってちょっ、えぇっ⁉︎」

 「こ、この牛タン丼美味しい……っ!」


 と思ったが、さすがラブコメの主人公・神村。神崎の口をつけた部分に箸を通し、幸せそうに牛タン丼を頬張っていた。

 

 「ありがとう、神崎さん」

 「やっ、そそそ、そんな……! わ、私は何も……えへへ」


 間接キスイベント、これにて完結。さすが神村、俺の見込んだ男だけあるぜ。




 ……でもこれ、神村というより神崎の方が落ちてるよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る