第25話:勉強合宿の始まり
3日後。土曜日。勉強合宿初日。
あらかじめ送っておいた住所と時間通り、件の勉強合宿に参加するメンバー4名が我が家に来訪してきた。
心の片隅で「ごめん風邪ひいちゃった!」とか「おじいちゃんの3回忌があって……」とか言って全員ドタキャン△するのを期待していたんだが、ここぞとばかりに全員無遅刻で来やがった。
別に無理して来なくても良かったのに……参加メンバー一同、土曜日からやる気満々である。にしても無理して来るとか社畜向きだなこいつら。
特にヒャッホイウハウハな嵯峨山と南野の社畜耐性の強さにはある意味感嘆させられる。
「掘り炬燵! 4Kテレビ! 天井のウォンウォンするやつ!」
「にゅ、入手困難の……げ、ゲーム機……ぐふふ」
……いや、こいつら社畜向きというよりただのガキだな。どうせなら義務教育からやり直してきてもらいたい。特に道徳の授業とか。
そんなこいつらとは対照的に、俺は当然気乗りしていない。
そりゃそうだろう。なんてったってここは俺の家。ガチのプライベートスペースだ。そんな場所を侵食されるのは心地の良いものではない。
……まったく、俺は土日に何をやっているんだか。
「なんかごめんね、葛岡君。僕までお邪魔しちゃって」
心の中でぼやいていると、俺の陰鬱な気分を悟ったのだろうか、神村が苦笑いを浮かべながら声を掛けてきた。
こうして俺に労いの言葉を掛けるあたり、さすが完璧超人って感じだ。
「ああ、良いんだ。こっちが誘ったんだから」
こいつは1ミリも悪くない、というかむしろ助かっているまであるのでお構いなくの一言を掛けておく。
神村球尊。
能力や容姿だけではなく性格も完璧、加えてサッカー界注目の逸材という話題性まで持っているという完璧超人っぷり。
すべてを兼ね備えたこいつに今回の合宿で期待するのはもちろん、ラブコメイベントの独占だ。
……しかしこいつ、土日開催の勉強合宿に良く参加できたな。
研究同好会に入っている神崎や新聞部の嵯峨山、部活に入っているのかは知らんがとりあえず運動部ではないと断言できる南野はまだしも、神村はサッカー部員だ。
普通に考えて土日に俺の家に泊まって勉強合宿やってる暇なんてないはずなんだが。
「そういえば神村、部活は良かったのか?」
さりげなく問うと、神村は苦い表情を浮かべながら答える。
「あぁ、それがね……うちの部活、一週間活動禁止になっちゃって」
「はぁ、そりゃまた一体なぜ」
「その……ざっくり言うとサッカー部の先輩が犯罪を犯して、その連帯責任で……」
犯罪、ほぉ……ふーん……へぇ……なるほど……。
「詳しく聞こうじゃないか」
我ながら性格が悪いと思うが、苦湯ばっかり飲まされてきた俺にとって久しぶりの甘味だ。思わず興味がそそられてしまうのも無理はない。
他人の不幸は蜜の味。しかもあの完璧超人の神村が理不尽に痛い目に……極上だ。
「はいはいそこまで、お兄。神村さんが困ってるでしょ」
と、そこに紙パックの紅茶と人数分のグラスを持った1人の少女が割って入ってきた。
「お兄はそうやって人の不幸を……これだから友達いないんでしょ?」
俺にそう吐き捨てながらグラスに紅茶を注ぐのは、俺の妹の双葉だ。
いつもこの時間帯は寝巻きで活動している双葉だが、今日はこいつらが来ることもあってか、クリーム色のワンピースにその身を包んでおり、初夏とあってさっぱりと涼しげな印象をこちらに与える。
「神村さん。どうぞ、レモンティーです」
「ありがとう双葉ちゃん。なんか申し訳ないね」
「いえいえ、いつもお兄がお世話になっているお礼です」
「いやいや、こちらこそ」
爽やかな格好をした双葉に爽やかに受け答えする神村。これはこれでなかなか絵になる2人だ。
……しかしいつの間にこいつらは仲良くなったのだろうか。
まったく、いつになっても陽キャどもの生態は良く分からん。
「葛岡さん葛岡さん!」
……特に嵯峨山とかいう陽キャの中の陽キャみたいな奴の生態は。
「葛岡さんの部屋って2階ですか? 入っても良いですか? 良いですよね?」
上擦った声でそんなことを言ってくる嵯峨山。
なんでこうも他人の不可侵領域にズカズカ入ろうとしてくるのか。
「ダメに決まってんだろ。大人しく座ってろ」
即答した。誰が自分のリアルガチプライベートスペースに他人なんか招き入れるか。学校の部室とはわけが違ぇんだよ。
しかし嵯峨山もなかなか食い下がらない。煽るような口調で俺に言う。
「へぇ……もしかして葛岡さん、人に見られて困るものが部屋にあるのですか?」
……なるほど、そう来たか。なかなかな上等テクを使いやがる。
この手の挑発は挑発された方の負けになることが多い。「人に見られて困るものなんてないんでしょ? だったら部屋に入っても良いよね?」と迫られては頷く他ないからだ。
だが残念そこはシ◯クレイ。鉄壁の守備力を持つ俺にその程度の挑発なんぞ通用しない。
「見られて困るもんだらけだわ。俺のパンツとかパンツとかパンツとか」
「別に良いじゃないですかパンツくらい。減るもんじゃないんですし」
「じゃあお前は俺がパンツ見せろって言ったら見せんのか?」
「み、見せるわけないじゃないですかっ!」
「じゃあ俺の部屋に入るな。俺の部屋に入りたきゃパンツ見せるんだな!」
「うぅ……葛岡さんの変態……」
顔を赤くして悔しさと恥ずかしさを露わにする嵯峨山。
残念だったな嵯峨山、試合は俺の勝ちだ。さすが人生の勝ち組、葛岡一樹。
「う、うわぁ……」
とか思ってたら、パンツというワードに反応した南野が嵯峨山側に加担してきた。
「パ、パンツを通行手形にするとか……キ、キモッ」
「ですよね、さすがに変態さんにも程があるというか。もうこれ立派な性犯罪ですよね。今のうちに通報しておきましょう南野さん」
「え、えーっと、け、警察は、た、確か110番……」
……前言訂正。俺は試合に勝って勝負に負けたらしい。
「通報しようとすんな! 例え話だ例え話! 別にお前らの下着なんざ微塵も興味ねぇよ」
「し、死ねっ!」
「ぶ、ぶち殺しますよ葛岡さん⁈」
え、なんで俺、殺害予告受けてんの?
無理やり勉強合宿の場所を提供させておいて死ねだのぶち殺すだの、ちょっと酷すぎやしませんかね。……ぶち殺すぞわれ。
「そんなことより、お前らとりあえず座れ。時間がもったいないから」
悪魔の左足を2人にお見舞いしたくもなったが、しかしギリギリのところで俺の理性が怒りを上回った。
赤面しながら鋭い視線を送りつけてくる2人に言うと、2人は視線そのままに広々としたダイニングテーブルの側に腰を掛けた。
……やれ、前途多難だなこりゃ。
ため息1つついて、改めてテーブルを眺める。
テーブルに腰掛けているのは、俺、神村、嵯峨山、南野。
……なんか1人少ねぇな。
つーか家にあげたっきりそいつの姿を見ていない気がする。
「そういや神崎は?」
居場所を問うと、嵯峨山が事情を説明してくる。
「えーっと、神崎さんならお腹が痛いと言ってトイレに……あっ、来ましたよ」
「く、葛岡君……わ、私に何の用……かな?」
同時、リビングの扉からのそりと神崎が現れた。
だが、見るに顔面蒼白。気分が悪いのか、げっそりと痩せこけて見える。
……まさかトイレで吐き倒していたのだろうか。
「お、お前、大丈夫か……?」
聞くと、神崎は寄って来るなり俺の肩にもたれ、耳元で小さく囁く。
「神村君がかっこ良すぎて……気持ち悪い……うっぷ……ごめん」
そして再びトイレに駆け込む神崎。
……おい、あいつマジかよ。
神崎の背中姿を見送って、はたと俺は思った。
……神崎、不憫な子。
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