第24話:葛岡双葉大蔵大臣
その日の夜。自宅のリビングにて。
「というわけで、今週末に人が泊まりに来るんだけど」
本日2度目の「というわけで」を炸裂させながら、俺は葛岡双葉大蔵大臣に臨時報告を行っていた。
俺の妹──葛岡双葉は我が家の通帳と実権を握る、いわば実質的な当主だ。迷惑をかけないように勉強合宿を行うことは大前提だとしても、事前の説明と許可は取っておいた方がいいだろう。
……ちなみにまだ勉強合宿の開催の許可は貰ってません! てへぺろ☆
事情をあらかた聞いた双葉は、目をぱちくりと3、4度瞬かせる。
「えーっと、ごめんお兄。もう1回説明してもらってもいい?」
まさかのアンコールだ。こんなにも嬉しくないアンコールは後にも先にも今日しかないと思う。
「だから、高校の人たちと週末にここで勉強合宿することになって、4人泊まりに来るんだけど、いいか?」
「……えーっと、要するに、お兄のお友達が、家にお泊まりに来るってこと?」
「友達では無いけど、そういうことだな」
何を再確認する必要があったのかはよく分からないが、とりあえず話の旨は伝わったらしい。
「で、やってもいいか?」
聞かれて、双葉は少しばかり思案顔になる。
何事か思考が終わると、眉を八の字にしてこちらを覗いてきた。
「お兄……それはダメだよ……」
「えっ、ダメなの? マジ?」
脳内で一気にデスマーチが流れ出す。刹那、死亡までのルートが明確に浮かんだ。
具体的に言うと、まずは週明けに鳴岡大魔神が登場し、手始めに禊を受けなかったことに対しての罰としてスマホを破壊。
次に嵯峨山が赤点取って部員確保できずに廃部。
最後に「あれだけの恩を働いてやったのに人の恩を仇で返しやがって」と再び鳴岡先生の手に掛けられ、死亡。
そしてその後太平洋に散骨。
……うわぁ、なんだその見たくもない未来は。この人理不尽すぎんだろ。多分俺を殺した後「火葬してやっただけ感謝するんだな!」とか言ってる。
まさしく今、人生の岐路に立たされた。ここで勉強合宿の道を閉ざされてしまっては人生負け組も甚だしいので抗議しておこう。
「えーっと、ダメって言われると俺、ものすんごく困るんだけど」
「お兄が困るって言ったってダメなものはダメだって。今すぐキャンセルして」
「……俺、多分死ぬぞ?」
「えっ⁈ そんなに⁉︎ ……お、お兄、そこまで追い詰められてるの……?」
「ま、まぁ」
だって俺、勉強合宿やらないと多角的に詰むんだもん。スマホも居場所も俺自身も死んじゃう。もっと正確に言うと殺されちゃう。
そんな俺の命が掛かった訴えが通じたのか、双葉は1つため息をつくと、捨てられた犬っころを見るような目でこちらを見据えた。
「……いくら?」
お前俺から金取るのかよ……。しかもこんなに追い込まれている俺から。やり口が闇金過ぎるだろ。
……まぁ、それでも頼らざるを得ないんだけどな。
制服のズボンから財布を取り出し、中身を伺う。「英世が4人とは……非常にむさ苦しい財布だ、けしからん!」と無理やり自分を納得させて英世を2枚ほど締め出す。そして双葉に奉納金として献上した。
高校生としては結構な大金。中学生から見たら尚更その金額は大きく見えるだろう。
しかし不服だったのか、双葉はキョトンと小首を傾げる。
「えっ、なんで2000円?」
予想外の反応だ。てっきり「えっ、2000円もくれるの⁉︎ お兄やっさしーいっ! よーし分かった! 勉強合宿やってもいいよ!」みたいな反応を期待してたのに。こいつの1ヶ月分のお小遣いだっつーのにこれでも足りないというのか。
……うぅむ。仕方ない。こうなったらもう一枚英世を特殊召喚しておくか。
「えーっと、じゃあ3000円」
「いや、別にそういう問題じゃないんだけど」
「え、じゃあどういう問題?」
もしかして英世じゃなくて諭吉を召喚しろってか? そ、それはちょっとご容赦を……。
情けを求めて秘技『捨てられた犬っころのような目をする』を発動すると、
「……あぁ、そういうことね」
双葉にうんざりした表情でため息をつかれた。そして双葉は、悩ましげにショートボブの髪をガシガシする。
「いい? 双葉が言ってるのはそういうことじゃなくて、レンタル友達にいくら掛かったの? ってこと」
「……はい?」
え、なに? レンタル友達? なんだその負け組感満載なワードは。
言っている意味が分からず問いただすと、双葉はさらに詳しく説明する。
「お金を払って時間制でお友達をレンタルするサービスのことだよ。お兄、双葉たちに見栄張ってレンタル友達したんでしょ。しかも宿泊オプションつけるなんて……」
「いや、ちょっと待て。俺がわざわざお金払って友達雇うわけないだろ」
それに何だよ宿泊オプションって。需要あんのかそれ。
いずれにしろ、重大な誤解が生まれていることは確かだ。解いておく必要がある。
「だいたい俺は友達をあえて作らないようにしているだけだって。別に友達なんていらないしぼっちであることも恥じてないしむしろ誇ってるくらいだ。双葉に見栄張るも何もないんだけど」
「でも、そしたらじゃあ誰がうちに泊まりに来るの?」
「だから、高校の奴」
「嘘……?」
「嘘じゃないっつの」
だいたい最初からそう言ってるだろ。兄妹だというのに何だよこの信頼の薄さは。
「……何人?」
「4人だけど」
「……うち女子は?」
「3人」
「え、ちょっと引くんですけど……」
双葉は身を捩るようにして露骨に引いてきた。
「男2女3の大乱行スマッシュブ◯ザーズとか……うわぁ」
「しねぇよんなこと!」
お前女の子だろ。そんなはしたない言葉を使うな。……万一お前が神崎や嵯峨山の前でそんな言葉を使ったら俺の変態疑惑にますます拍車がかかるだろ。
他の女子、っていうほど女子と関わったことがないから一概には言えないが、それでも確かにあの3人は見てくれだけで言えば人並み外れたものがある。
神崎と嵯峨山は言うまでも無いし、南野だって陰キャオーラで台無しにはなっているが、ルックスそのものに関しては勝ち組と言っていいほどだ。普通の男子なら手の1つや2つは出したくなるだろう。
だが、こと俺に至ってはまったく違う。俺にとってこいつらはただの知り合いで、ただのビジネス相手だ。その認識に1ピコメートルのブレも生じ得ない。
だから俺にはそういう不貞を働く意思は微塵もない。第一誰に不貞を働いても負けだし、第二にそんなことしたら鳴岡先生が黙ってないだろう。
……まぁ、神村と神崎に関しては一発特大スキャンダルが起こってほしいけどな。
という希望的観測も込めて俺は双葉に言ってやる。
「俺はヤらないから安心してくれ」
「まったく安心できないんだけど……」
兄妹だというのに何だよこの信頼の薄さは。もっとお兄ちゃんを信用しろ。
「でも、まぁいいよ。お兄がウチに人連れてくるなんて久しぶりだし」
「えっ、いいのか?」
「お兄が連れてくる人たちに1周回って興味が湧いてきたからね」
「そ、そうか……」
理由は最低だが、とりあえず勉強合宿の宿は確保できたので良しとしよう。
とりあえず舞台は整った。後は嵯峨山の学力をどこまで伸ばせるか、神崎と神村の距離をどれだけ近づけることができるか、あと2日でプランを綿密に練ろう。
「じゃあまぁ、そういうわけだから。部屋戻るぞ」
言って、踵を返す俺。その背中に、ニッコニコの笑顔で双葉が声を掛けてきた。
「ところでお兄、この3000円は双葉のものってことでいいよね?」
「……いや、返してほしいんだけど」
「これもオプションってやつだよ! てへっ☆」
……身に覚えのないオプションつけてお金奪うとか、さすが闇金だなと思いました。
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