第22話:職員室呼び出し(n回目)
放課後。職員室。応接スペース。
五限の授業で没収されたスマホを取り返すべく訪れたこの場所で待ち構えていたのは、強面の美術教師A──ではなく、なぜか鳴岡先生だった。
柔よく剛を制すをモットーとしている俺としては寝耳に水だ。剛だけの美術教師ならまだしも、柔も剛も兼ね備えた鳴岡先生と来れば、状況はかえって悪化したと言っていい。
「なぁ葛岡、なんだこれは」
言いながら、鳴岡先生は赤のレザーケースに入った矩形の板を突く。鳴岡先生が手にしているそれは見紛うこともない、俺のスマホだ。
「はぁ、それは間違いなく俺のスマホですね」
……だから「これはなんだ?」と言われれば「俺のスマホ」と答えるのは基本答弁。断じて間違ってなどいない。
しかしその答弁が気に食わなかったらしい、
「相変わらずの理解力だな」
言って、鳴岡先生は肩をすくめて呆れた表情を浮かべた。
「私が聞きたいのはなぜ授業中に携帯なんていじっていたのかという事だ」
「……だったら最初からそう言ってくださいよ」
「なんか言ったか?」
「い、いえ、何もないっす……」
反論を試みたが、《教育の呼吸 壱の型 視線一閃》を繰り出す鳴岡先生に思わず竦んでしまった。もう鬼◯隊とか入ったら一瞬で柱になれんじゃねーのってくらい鋭い。相変わらずの教育力だ。
一つ咳払いをして、鳴岡先生は再び問い詰めてくる。
「それで、改めて聞くが、なぜ授業中に携帯なんていじったのだ」
「それは……まぁ、その、神村にNINEでメッセージを送ろうとして」
言い訳は無限に浮かんだが、そのどれもが鳴岡先生に通用する気がしなかったので正直に話した。何事も正直に話せば許される、なんていう薄っぺらい打算で下した行動だ。
あとはこの薄っぺらい打算がどれだけ鳴岡先生に通用するかだが、不気味にも鳴岡先生は得心めいた反応を示す。
「ほぉ、それで送ったのがあの
「いや、あれ俺書いてないです。……つーかなんで知ってんだよ」
……がっつり4桁のパスコードを設定していたはずなんだが。
詰問の意を込めてジト目を飛ばすと、鳴岡先生は嬉しそうに種を明かす。
「そりゃ貴様の携帯を覗いたからに決まってんだろ! 貴様みたいな独りぼっちはだいたいパスコードが誕生日と一致しているからな! しっかり解除してやったぞ」
しっかり解除すんな。そしてなんでそんなに嬉しそうなんだよ……。
いくらノーベル平和賞を受賞できるくらい寛大な心を持っている俺とて、プライバシーを侵害してくる奴を許すわけにはいかない。
なので俺は出るとこ出ることにした。
「あの、マジでプライバシーの侵害で訴えますよ?」
「いや、パスコードは解除できても文章の意味はまったく理解できなかったからセーフだ。プライバシーはしっかり保たれている」
「人のスマホのロックを解除するなって話ですよ! 教師なら尚更でしょ?」
「見苦しいぞ葛岡、自分が不利な状況にあるからと私の揚げ足を取ろうと必死になるな」
「いや、それとこれとは話が別であって──」
「なんだ貴様。この際私に逆らえるとでも思っているのか? 携帯カチ割るぞ?」
「…………」
物理的な脅しに屈して俺は言葉を詰まらせる。普通こういう脅しの大半は冗談だが、鳴岡先生に限ってはやりかねない。
……降参。理論武装したとて本物の武装には勝てっこない。誰だよペンは剣より強しとか言った奴。全然勝てねぇじゃねぇかよ。
「とにかく貴様は猛烈に反省したまえ。今週末までに反省文を書いて来ることだ」
「はぁ」
嬉しそうにそう宣告してくる鳴岡先生は恐怖でしかないが、まぁ、仕方ない。あれだけ堂々と校則違反したのだ。反省文の1つや2つは避けられないだろう。他のスマホ使用がバレた連中もそうだったからな。
だからこれは想定の範囲内。しかしこの後はさすがの俺も想定できなかった。
「……が、性根が腐っている貴様のことだ。反省文ごとき貴様にとっては罰でもなんでもなかろう。だから貴様には追加で罰を与える。精神的に苦しみたまえ」
……おい嘘だろ。反省文が罰なんじゃないの? 追加罰とか意味が分かんないんだけど。
とか抗議したくなったが、ペンが剣に負けたところを見たばっかりだ。スマホが殺されるので、大人しく続きを促す。
「……俺に何させるんですか?」
聞くと、鳴岡先生はこちらを見据えて。
「今朝神崎から聞いたが、貴様、今週末に神崎と嵯峨山と神村の四人で勉強合宿をするようだな」
「神村は誘っている段階ですけど……まぁ、予定ではそうですね」
「ふむ、なるほど……。よし、ではこうしよう」
そうして、鳴岡先生は俺に追加罰とやらを宣告してきた。
「勉強合宿が4人というのは四捨五入をしたら0に等しいな。だから今週末の勉強合宿にあと1人加えて5人でやりたまえ。加えて参加者とのNINE交換も命令する。これで貴様も真の意味で反省するだろう」
「…………」
唐突の死刑宣告に思わず言葉を失ってしまった。嫌がらせにもほどがある罰に、そういえば死刑宣告って英語で《Sentence death》って言うんだなーとか現実逃避してしまった。
……あぁ、イギリス帰りてぇ。ハートフィールドの棒投げ橋でボーッとしたい。
俺は黄色い熊か。
つーか、ぼっちの俺にもう1人メンバーを誘えって酷だろ。悪いが誘うってなったらあんたしかいないからな? しこたま働いてもらうぞ?
ただ、不覚にも残念にも卑怯にも、俺と鳴岡先生は去年からの付き合いだ。
「と言っても、私も伊達に貴様の担任を1年少し務めてない。貴様のことは多少理解しているつもりだ。週末までの3日間に合宿メンバーを集めるのなんてほぼ不可能だろう」
俺に参加メンバーの勧誘が無理なことくらいは理解しているようで。
「だからすでに私の方でキャスティングの方は済ませておいた。貴様は安心して参加者とのNINE交換と反省文執筆に専念するといい」
「はぁ、キャスティングしたんですか。……なんか準備良すぎじゃないですか? 俺がスマホ取られたの5限の話ですよ?」
「仕事ができる女は嫌いじゃないだろう?」
「少なくとも上司には持ちたくないですね。でないと俺が昇進して上に行けませんから」
「貴様はどこまでも捻くれているな。捻くれることに関してだけは真っ直ぐと言うべきか、さすがの私も呆れるよ」
俺のマインドを悪く言われたのは心底気に食わないが、メンバー勧誘という罰に関してはいくらかの情状酌量の余地は認めてくれるらしい。理解している上での今までの所業と考えると鳥肌が止まらないが……まぁ良いとしよう。
さて、そろそろ説教もお開きかな。そう思って応接スペースを後にしようとして、鳴岡先生は思い出したように俺に声を掛けてきた。
「あぁ、そうそう葛岡。今から貴様と私がキャスティングした生徒とを顔合わせしておきたいんだが」
「えっ、今からですか? 別に合宿当日でいいですよ」
だって誰が来たって別に変わんねぇし。つーかそもそも一緒に勉強するのに顔合わせなんて必要ないだろ。予備校の自習室でお隣同士ご挨拶しなきゃいけないなんて文化は聞いたことがない。
そんな俺の主張を聞いて、鳴岡先生は理論的に俺を捻じ伏せにかかる。
「貴様はそれで良くても他がそうではないだろう。面子くらい知っておかないと当日になって勉強どころじゃなくなるぞ? あぁ、そうだ。ついでにこの後神崎と嵯峨山にも顔合わせさせておきたまえ」
「なにちゃっかり追加で仕事押し付けてきてんだよ……」
「どうせ交換する羽目になるんだ。NINEを交換するチャンスだと思えば苦でもなかろう」
「そりゃあ……まぁ、そうですけど」
嫌なことは先に潰しておけ理論か。不覚にも、嫌いではない理論に納得してしまった。
「なら決まりだな。では今から呼んでくるから貴様は大人しく待機してろ」
そう言って立ち上がると、鳴岡先生は扉の方へと向かい、ドアノブに手を掛ける。
「逃げようなんて、思うなよ?」
「別に逃げませんよ……」
そうして待つこと3分ほど。
先生に連れられてやってきたのは──南野美波だった。
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