第5話:神崎藍は終わってる
結論から言おう。神村の写真の一件はすべてバレていた。
「葛岡君。君、私の好きな人、知っちゃったでしょ?」
鳴岡先生が部室を出ていってすぐ、神崎がそんな事を口走ったのだ。しかも探りを入れるようなあやふやな口調ではなく、確信しているかのようなキッパリとした口調で。
恐れていたラブコメ展開。シラを切ろうかとも思ったが、切ったところで焼け石に水だ。
諦めて、俺は神崎の好きな人──神村球尊の名前を口に出した。
「神村……だよな」
「あー、やっぱりそっかー。バレちゃったかー」
すると大きなため息を吐き、どこか諦めた感じで額に手を当てる神崎。
意外だったのは、俺が好きな人を知っちゃった事に対して怒っている様子ではなかったことだ。
てっきり俺は「え、まさか私の生徒手帳覗いたの⁈ あり得ないんだけど! 今すぐ死ね! 3回死ねっ‼︎」とか言われて力のない拳でポコポコ殴られると思っていたんだが……どうやらそれは杞憂だったらしい。
ありがちなラブコメ展開が起こらなかったのは俺にとってちょっとした救いだ。
怒っていない様子なので、ふと気になったことを聞いてみる。
「えーっと、どうやって俺に好きな人がバレたって分かったんだ?」
確かに俺は神崎の生徒手帳を届けに行った時、偶然にも神崎の生徒手帳に神村の写真が挟まっていたことを知り、そして神崎の好きな人が神村だということを察した。
だが、神崎からしてみれば、生徒手帳がポストに投函されていた以上、生徒手帳を届けに来たのが俺だということは断定できないはずだ。なんてったってその一連の流れで俺と神崎は接触してないんだから。
それに、仮にバレていたとしても、生徒手帳を使う機会なんて学校を休む時以外にそうそうない。
ゆえに神村の写真をどこのページに挟んだのかなんて普通は覚えていないし、万が一覚えていたと仮定しても、自分の生徒手帳に好きな人の写真を挟んでいることを覚えているのなら、生徒手帳を学校に届ける時に神村の写真は取り除くに違いない。
だから俺に好きな人がバレたなんて結論には確率的にそうそう至らないと思うんだが……。
俺の疑問に対し、神崎は理系らしく順序立てて説明する。
「神村君の写真はね、生徒手帳カバーの裏に入っているの。だから生徒手帳の間に挟まっているってことは絶対にあり得ない。
となると誰かが生徒手帳のカバーを外してうっかりカバー裏に戻すのを忘れたと考えるのが妥当で、じゃあ誰がそんなことをしたのか。生徒手帳を家まで届けに来た人しか考えられないよね」
「……あとは鳴岡先生に届けた奴を聞けば分かるってことか」
「そういうこと」
なるほど、なんて分かりやすい説明。鳴岡先生とは大違いだ。
「でも意外だったなー、葛岡君が人の生徒手帳をガサ入れするような変態さんだったなんて」
しかし弁解しておいた方が良い部分もあるようだ。
「いや、俺、カバー外してないぞ? 多分それやったの、鳴岡先生」
あと断じて俺は変態ではない、と付け足す。
が、神崎はジト目というには少し刺々しさのある目つきで俺を見据えて。
「でも、見たんだよね?」
「いや、見たというより見えちゃったというか」
「見た、よね?」
「……はい」
「やっぱ変態さんだ。変態さん」
「………………」
反論できねぇ。鳴岡先生が外して見たっていうのに。つーかあの人マジでなにやってくれてんだよ。
鳴岡先生への評価がマントルまで低下した。
まぁでも、俺が変態呼ばわりされるのはこの際大した問題ではない。
「それはさておき、神崎。もう1つ聞きたいんだが」
「なに? 変態さんの葛岡君」
「変態じゃないから。その設定押し付けてくるのやめてくれ」
……やっぱり大した問題かも知れない。
とか思いながらも一旦それは置いといて、俺は一呼吸の後、ストレートに問うた。
「……なぁ神崎。お前はこんな中途半端な時期に、しかも廃部寸前の研究同好会に何しに来た? お前は何を企んでる?」
長年養ってきたぼっちとしての勘からはっきり言える。
──こいつは何か企んでいる。
俺にとってはこっちの方が問題だ。
……たかが部活に何が企みだ、なんて思う人がいるかも知れない。
だが、普通に考えてみてほしい。知名度0の研究同好会に、しかも高2という中途半端な時期に入部希望なんてどう考えたって不自然すぎる。鳴岡先生が肩入れしてないとなると尚更だ。
加えて、神崎は世間的に見てスクールカースト上位層。対して俺は下層も下層。神崎からすれば俺と関わるメリットは何一つないはずだ。
だから、こんだけの要因があって企みがないと言うのは無理があり過ぎるのだ。
……そして俺は、こいつの企みがどういうものか、ある程度目星はついている。
こいつの企みは、好きな人がバラされないようにすること──要は《監視》だ。
一般的な大半の高校生にとって《好きな人が誰であるのか》という情報は、極めて秘匿性の高いものと言えよう。
自分にとってはあまり知られたくない情報──言い換えれば自分の《弱み》だからだ。だから心を許した親友でもない限り、自分の好きな人なんて普通は教えたりしないはず。
そんな自分の弱みを、赤の他人も他人、しかも何を考えているのかすら読めないスクールカースト底辺の俺に、神崎はうっかり握られてしまったのだ。
そんな奴相手に「絶対言わないでね!」なんて合意を取りつけても、すずめの涙ほどの安心にしかならない。
だからこいつは、部活という建前を使って俺のことを監視するつもりでいるのだ、きっと。
……って、なんだよ監視って。めちゃくちゃだるいじゃんこいつ。
いくら部員を集めなきゃいけないからって監視されるような部員が欲しいわけじゃないんだが。
つーか、そもそも俺はぼっちだぞ? 友達もいなけりゃ神崎の好きな人をバラす相手もいないってことを理解してもらいたい。
そんなわけで入部を拒否してもらおうとカウンターパンチまで用意していた……の、だが。
「ま、まぁ、た、企みってわけでもないんだけど」
そう前置きした上で放った神崎の次の一言は、俺の推理を木っ端微塵に粉砕する一言だった。
「く、葛岡君……そ、その……わ、私の恋愛に協力してくれない?」
……。
…………。
………………。
「……はい?」
発言の内容が入ってくるのに数十秒の時間を要した。
「お前の恋愛に……協力? なんでそんなことを」
当然の疑問をぶつけると、神崎はモジモジしながら下を向いて語り出す。
「わ、私ってさ、恋愛相談できる友達がいなくて……や、別に葛岡君と違ってひとりぼっちってわけじゃないんだよ⁈ 葛岡君と違ってちゃんとお弁当一緒に食べる友達いるし!
でもその……ほらっ、女子って自分の好きな人を周りに言っておいて『あの男子は私が狙っているから横取りしないでね』みたいな縄張りを張る風習ってあるじゃん?
だから今さら私の友達には相談しづらいっていうかなんというか……」
「へぇ、女子ってそんなめんどくさい風習が。……ってことはお前の周りにも神村のことが好きな奴がいるのか」
「……うん」
まーた面倒なことを知ってしまった。
でもまぁ、誰がとは聞いてないのでセーフとしよう。
「それで、偶然神崎の好きな人を知ってしまった俺に協力しろと」
「そういう……こと。あっ、協力してくれるんだったら部員集め、手伝うよ!」
なるほど。ようやく理解した。
要はこいつ、友達に協力してもらいたいけど交友関係までは崩したくはないから第三者の俺に協力を仰いだと。
神崎の隣ってだけでクラスの男子から冷たい視線に晒されている俺だ。なるべく神崎との関係性を持ちたくはない。
だが、監視が目的じゃない以上、俺としても協力するだけのメリットはある。
なんせ部員集めはぼっちが最も不得意な分野だ。友達とか仲間とか、そういった存在は作り方からして良く分からない、良い意味で。
だから俺の部員集めに協力してくれるのは普通に助かる……のだが。
……しかしその役回り、俺で良いのだろうか?
「えーっと、俺で良いのか? 自分で言うのもなんだけど、俺、ぼっちだし、恋愛なんてしたことないし。ラブコメなら結構読んできたけど、正直戦力にはならないと思うぞ?」
ぼっちの俺を恋愛戦の右腕に添えるのは誰がどう見たってキャスティングミス過ぎる。普通こういう他人の恋愛に協力する人って、親友キャラか百戦錬磨の美男美女だろ。
それをなぜこの俺が……まったく務まる気がしねぇ。
「いや、それは分かってるよ」
しかし神崎は俺の心配を一蹴する。
「分かってるけど、その……た、多分葛岡君の方が恋愛に関しては、マシというか……わ、私、神村君の前だと、その……人格破綻、しちゃうんだよね……」
「ほぉ……人格破綻……人格破綻?」
「う、うん……わ、私、神村君と対面するとあがっちゃって……まともに話せないの」
思わずおうむ返しする俺に、コクコクと小さく頷く神崎。
……そんな馬鹿な。
と思ったが、ふと教室観察者として絶対的地位を築いている俺の脳裏に、ここ3週間の風景が走馬灯のように過ぎる。
……そういえば神崎と神村が話しているところを1度も見た事ないな。
神村も神崎も、属しているグループは違えど、クラスカーストでは上位階層にいる人種だ。
そんな2人が未だに一言も交わしていないというのは異常だが……もしそれが人格破綻を引き起こさない為の意図的な行動だとするならば、一応筋は通る。
「だから私と神村君の間に葛岡君がいてくれたら助かるなー、なんて思ったりして」
アハハハハハ、と神崎の苦笑いが部室に小さく反響する。
……正直、かなりめんどくさい。神崎と神村の関係を俺が取り持つなんて、ぼっち三年計画の2
だが、事情も事情だ。数字さえ読めれば40人よりかは4人の方が少数なのは誰だって分かる。人口密度を鑑みても同様だ。
……だったら、俺の取るべき選択は決まってる。
「ご、ごめんね? なんか変な話しちゃって。私なんかが神村君なんて──」
「いいぞ」
「──身の程を知れっていうか無謀というか……えっ? い、いいの⁈」
「部員集めを手伝ってくれるならこっちに利益だってあるし。なんてったって廃部だけは避けたいからな」
メリットがあるなら他人を利用する。これも勝ち組としての所作だろう。
「あ、ありがとう葛岡君……てっきり私、葛岡君のことをただの変態さんとして記憶するところだったよ」
「とりあえずその変態設定押し付けてくるのだけはやめような?」
変態だと誤解されたままなのは気に食わないが、まぁでもとりあえずこれで一件落着だ。
結果だけ見れば一時的とはいえ廃部を免れ、さらに部員を1人確保。十分すぎる成果だろう。
あとは部員2人を仲間にしつつ神崎の恋愛に協力すれば良いとして。
……そういえばこいつさっき、神村相手に人格破綻するとか言ってたよな。
──どれくらい人格破綻するんだろう。
仮にも俺は神崎の恋愛に協力する立場になったのだ。確かめておいて損はないだろう。
「神崎、ちょっと生徒手帳貸してくれないか?」
「え、なんで?」
「いいから」
キョトンと首を傾げながらも、神崎は生徒手帳を俺に差し出す。
「確かここをこうすれば外せて……」
「ねぇ、ちょっと」
「はい、これ」
「だから何やって──っ⁉︎」
そう言って見せつけたのは、1枚の写真。そこに写るはもちろん、こいつの大好きな神村球尊。
「ちょ、ちょっとくくくく葛岡君? ななななな、なにしてんの……?」
「いや、単純に神村相手にどれくらいあがるのか知りたくて──って」
ふと視線を前にやると、耳の先まで突沸を果たした神崎の姿。
「あわわわわわわわわ……かかかか、かみぃみゅりゃきゅん……あぅあぅ……」
……マジか。
俺の想定の1万倍のあがりよう。しかも実物ではなく静止画でだ。
……やっぱりこいつに協力するのやめようかな。
なんて思っても時すでに遅し。自ら承諾した以上、そんなことを口にするのは許されない。
だが、身の内にわだかまる呆れた感情は吐き出せずにはいられない。
だから俺は、神崎に聞こえないほど小さな声でこう呟いた。
──神崎藍は終わってる、と。
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