第7話
雨足はどんどん強くなる。雷まで鳴り出して、電車が止まってしまうかもしれない。
靴箱まで向かう途中で、先生と初めて話した時に開いていた扉に目をやるけれど、閉まったままの扉からは、雨音が響いているだけだった。
校庭を覗く。急な雨のせいで、運動部は今日の活動を終えたみたいだ。校庭には数人ほど、下校途中の生徒がいるけれど、みんな傘に隠れていて、知り合いがいるかどうかはわからなかった。
水色の傘を広げ、校舎を出た時、強まる雨の匂いと、傘が強く弾く雨の音で、少しだけ冷静になり、立ち尽くす。私は、なんてことをしてしまったのだろう。意味不明だ。突然あんなことを聞くなんて、どうかしていた。
どうして、あの衝動を抑えて、そのまま家に帰ることができなかったのだろう。
どうして、準備室には寄らずに、そのまま校舎を出ることができなかったのだろう。
後悔しつつも、先生の言葉と、表情を思い出す。
自分も罪人だ、と言っていた。自分も、ということは、他にも誰か含んでいるのか。「先生」も自分も、なのか、あるいは。
今まで、先生に気持ちを知られてしまうかもしれない、なんて、一度も思わなかった。
委員会活動や、添削の時に関わることはあれど、そんなの普通だ。他の先生とだって、それ以上に関わることも話すこともある。
でも。もし仮に、私の気持ちが、漏れて伝わってしまっていたら。
それこそ、本当に罪悪だ。迷惑に決まっている。
後悔の気持ちだけが心の中を占めて、私は動けない。
傘が雨を弾く音だけが聞こえる。
水たまりには波紋が広がるけれど、すぐに元の水面に戻る。
もっとぐちゃぐちゃになってほしくて右足で踏み込んでも、水飛沫は飛ぶものの、すぐに元の水面に戻り、ローファーと靴下が濡れただけだった。
足が冷たい。
次の日は、休校になった。
前日の雨量と雷は電車の運行を妨げ、大幅な遅れが見込まれるため、と、学校が休校の判断をしたのだ。
オンラインで配信された課題をしようとしても集中できず、持って帰ってきた問題集を広げてもそれは変わらなかった。
いらいらとシャーペンを回す。小学校の頃、隣の席の男の子に教えてもらったペン回しは、今では私の癖になっていた。
問題が頭に入ってこない。目で追いかけても、表面を撫でるばかりで、またいらいらする。意識は、昨日、先生に聞いてしまった、言ってしまったことでいっぱい。
もやもやが止まらなくて、とうとう机から離れる。ベットの前に座り、背中をベットに預ける。天井を見る。
短い通知音が聞こえて、目をやる。画面に鈴木くんのアイコンがちらっと見えた気がした。
そこでまた逃げ出したくなり、近所を歩けるくらいの服装に着替え、さっき見てしまったものはベットサイドに置いたまま、部屋を出る。
どうしたの、と言う母に、雨止んだし、ちょっと歩いてくる、気晴らし、と言って家を出る。
よく行く公園の見晴らし台に向かう。
もちろん地元なので知り合いに会う危険性もないわけではなかったけれど、あの部屋で鈴木くんからのメッセージを見て返信を考えることには、耐えられなかった。
どうしても、頭から離れないのは、あの目。
初めて話したあの日から変わらないはずなのに、あの時たしかに私を映さなかった目。
今にも降り出しそうな空にも見えるし、ずっと様子の変わらない海の底みたいにも見える目。
あの両目に、ほんとうの意味で映ることができるなら、私はなんだってするのに。
あの両目で、この世界を見渡すことができるなら、私はどうなってもいいのに。
叶わないことばかりに意識が向かう。
恋は罪悪、は、ほんとうだ。
邪なことばかり考えている。自分がどうしたいかばかり。
昨日の雨でぬかるんだ地面を踏んだスニーカーは土でどろどろになっている。
自分より一回り以上大きな手のことも、足のサイズのことも、字も、声も、目も、考えたくないのに、頭から離れない。
昨日、電車の運行を止めるほど雨を降らせた空は、まだ曇っている。
先生と初めて話した時のこと、委員会の時のこと、授業でのこと、廊下で見かけたこと、準備室にノートを持っていく時のこと。
生まれてからずっと住んでいるこの街を見下ろす。
また雨が降るような気がして、立ち上がって家路を急いだ。
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