今際の少女の回帰性
「よし、これで」
上書き保存をし最速で右上のバツ印を押す。そして流れるようにパソコンをシャットダウンさせた。
「終わりだな」
眼鏡を外した私は強い達成感と満足を得ており、脳は強い喜びを感じていた。
私は腕を頭上へと伸ばすと「ふぅ……」と大きくため息をつく。
イヤフォンを外す。外したはずなのに何故だか寂しさを感じる。
「そういえば今、マキは何をしているのだろうか」
思ったことをそのまま口に出した私は、部屋の戸を開ける。それと同時に両隣の部屋の扉が開かれていることを瞬時に理解した。
とりあえず奥の部屋を確認。部屋では除湿を付けていたので部屋を出た瞬間に熱気と悪寒を腕から腹部へと感じることとなった。
部屋を覗くように見ると当然中は空。それはそうだろう、この部屋はマキが来てから一度も入っていない。ならなぜこっちに向かったかと言えばただの確認。この部屋は初めから開いていただろうかと不安になったからである。
廊下を歩み横目でトイレには誰も入っていないことを確認する。
換気扇をつけっぱなしにしているせいでトイレの周りだけ異様に音が鳴り続けていた。
そして私の部屋の隣。マキが勉強している部屋を覗くが、
「マキ?いないのか」
そこも空っぽであった。
話したところでいないのならば誰にも届いていないだろう。私は若干耳に熱を感じながら机上のそれを手に取った。
茶封筒だ。
それには何も書いていないが、中に紙が入ってることが厚みで分かる。
これは何なのか。疑問を解消するためにもマキを探そう。
そう思い部屋を出ようとしたところで不安を覚える。
「マキ、いないか」
私は廊下に出てリビングの方を見るが特別なイベントは何一つ起こっていない。
それどころか、マキがいない。
リビングに足を踏み入れ見渡すがそこはいつも通りの見慣れた部屋であった。
「……」
私は玄関へと早急に向かい目を凝らせる。
「まさか」
マキの靴がない。それどころか玄関には鍵がかかっていない。
マキが外に出る要因は二つに一つ。何故なら私はさっき買い物を済ませたのだ。そして過不足なくものを買ったはずだ。
つまりマキが外に出る要因は……
「……あそこだな」
私は思わず玄関のドアを開けると初めマキに会った場所まで走った。
最後にマキとあったことを思い出すとそれは四時間くらい前。マキのねじを回したときだ。
あの時のマキは自分のねじを回すことを忘れていた。そして去り際に放った一言にはどこか悲しそうな気を感じた。
私は考えもしなかった道理を考える。そして彼女は家出少女。ましてやここまでの記憶がなければ当然のことだ。私は一つの考えへと至った。
「まさか……マキ……?」
私は息を呑んだ。
マキの靴が落ちている。両足分の靴が乱暴に散らばっているのが分かった。
私はこのまま奥の路地へと向かって走る。
私は彼女の気持ちをもっと汲み取るべきだっただろう。人の家に上がり込むとき、一番初めにすることと言えば緊張でも心構えでもない。遠慮だろう。
しかも彼女はさながら家出少女。家に住むこととなるのだ。機械とはいえ人間のような思考を持つマキにそのような気持ちが湧かない方がおかしい。
マキが家を出た理由。
私のことが嫌いなわけではないだろう。何故ならマキは自分の名前を気に入っている様子だった。名前を付けた時も嫌そうではなかったし、感情をさらすようになった頃でも「マキ」と呼ぶと反射的に反応してくれた。
機械的な理由を視野に入れその可能性も考えた。だが彼女の心は普通の少女と同等。その可能性は無いだろう。
そろそろ着くだろうか。以前マキはここに来るまでの記憶がないと言っていた。
マキの記憶内のここ周辺のマップは、家から初め倒れていた場所以外はないと考える。マキにGPS機能がありここら一帯の位置情報が分かっていたとしてもマキならばこの場所に行くだろう。
何故ならば、
「……!」
「……」
そこには海が広がっていたからだ。
家からでてまるで一瞬のように感じた。そして予想通りそこには、マキがいた。
だがマキは砂浜でただ茫然と突っ立っており振り向こうとしない。
近づこうと足を進めた瞬間マキの体が前へ倒れようとした。
「大丈夫か」
私は力を振り絞りマキの腰を持つ。マキはこちらを向くことなくただ機械のように一点を見つめていた。海の方だ。
マキをゆっくりと座らせる。反応を起こす素振りもなくただ動かないマキ。ただ機能を停止させたわけではないだろう。何度も瞬きをしているのが分かる。
今のマキには私に対して言いたいことが山ほどあるだろう。私が質問するよりもマキに話してもらった方が両者にとって都合がいいだろう。
ストレスを与えすぎては駄目。だが優しすぎるとそれはそれで話をしてくれない可能性がある。
「どうしたんだ」
「……」
マキに反応はない。刹那の時間が惜しい今、できる限りに行動を早めたいが急いては事を仕損じる。
冷静にかつ適切に言葉をかけよう。
「私のことが嫌いになったか」
「それはっ……」
マキの目線が一瞬で私の目線とぶつかった。小さく唇が動き「ちがう」と声が聞こえる。
マキは気まずそうに目線を下に向ける。私は変わらず彼女の方を見続けた。
途端にマキがいつも以上に小さな声で話し始めた。
「アメは……優しいね」
「そうだろうか」
「そう。私のこと、よくわかってる」
さざ波の音でマキの声が瞬時に打ち消される。そんな儚い声に一生懸命耳を傾ける。
機械のマキは焦っているのか冷静なのか、ただ淡々と単語を並べる。
「アメはどうして私に親切なの?」
「そうだな、その理由をエピソードのように語りたいのはやまやまだが……」
「……?」
アメが目線を合わせ頭上に疑問符を浮かべている。そんなマキの指先へと私の腕を伸ばした。
指先はまだ使えるようで私の腕がマキの指に触れると、まるで赤ん坊のように腕を握った。その瞬間に息を呑むマキ。
「ア、アメ?」
「残念だが落ち着いて話せるほど私は冷静でない」
「ねじ……?」
「そうだ」
マキは腕を離す。私が事を説明すると話を察したのかマキは的確な答えを聞いた。
四肢が動かなくなるほどにマキのエネルギーは枯渇している。早くねじを回さなければ、時間は戻ってはくれないのだ。
塩の匂いが鼻の奥を刺激する。それと同時に握った拳に手汗を感じた。
「家からここまで十七分。往復で三十四分もかかるのにあの重たいねじを持ってこないと駄目。だから」
「だから何だ」
「……」
「死にたくないのだろ」
「そんなこと」
「そんなことない。ならばとっくにねじを抱えて海に体を放っておくことができた」
「そ、そんなこと……」
「助けてほしかったんじゃないのか?」
「……」
マキはまたしても目線を下げる。私は立ち上がるとマキに対して背中を向けた。
「ひとりでしぬのはいや!」
「……」
振り返ると顔をこちらに向けて目を見開いた彼女。
自分は死ぬものだと、レールはすでに敷いてあるのだと思い込んでいるのだろう。馬鹿馬鹿しい。
「お前が教えてくれたのだ」
「ア、メ?」
「撥条や機械による例外だ」
「……アメ」
「なんだ」
「机の下に、ねじがある」
マキはそういうとじっと私の目を見つめた。
虚像すら映す機械の目には、マキの期待が伺えた。
「……任せておけ」
私はそういいマキに再度背中を向けると、心を落ち着かせるため深呼吸を行い地面を蹴った。
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